会計方針変更・誤謬訂正時の1株当たり当期純利益(EPS)算定実務
目次
企業が過去の財務諸表に対して会計方針の変更や過去の誤謬の訂正を行った場合、あるいは企業結合において暫定的な会計処理が確定した場合、1株当たり情報(EPSおよびBPS)の算定にも重大な影響が生じます。本記事では、「1株当たり当期純利益に関する会計基準」および「同適用指針」に基づき、これらの事象が発生した際の具体的な再計算ルールや実務上の留意点について詳細に解説いたします。
会計方針の変更又は過去の誤謬の訂正が行われた場合
企業が、過去の財務諸表に対して会計方針の変更による遡及適用、あるいは過去の誤謬の訂正による修正再表示を行った場合、1株当たり情報についても、遡及・修正された新たな数値を基礎として再計算する義務があります。
1株当たり当期純利益の遡及算定
「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」に従い、財務諸表に遡及適用又は修正再表示が行われた場合には、表示期間の1株当たり当期純利益および潜在株式調整後1株当たり当期純利益を、遡及適用後又は修正再表示後の当期純利益等の金額により算定し直すことが求められます。参考:「1株当たり当期純利益に関する会計基準」第30-4項
| 項目 | 算定の基礎となる金額 |
|---|---|
| 1株当たり当期純利益 | 遡及適用後又は修正再表示後の当期純利益 |
| 潜在株式調整後1株当たり当期純利益 | 遡及適用後又は修正再表示後の当期純利益 |
1株当たり純資産額の遡及算定
損益計算書のみならず、貸借対照表上の純資産額等が修正された場合には、表示期間の1株当たり純資産額(BPS)についても、遡及適用後又は修正再表示後の金額により算定しなければなりません。株主の持分価値を正確に示すため、純資産の変動を確実に反映させる必要があります。参考:「1株当たり当期純利益に関する会計基準の適用指針」第36-2項
| 項目 | 算定の基礎となる金額 |
|---|---|
| 1株当たり純資産額 | 遡及適用後又は修正再表示後の純資産額 |
潜在株式の仮定事項に関する遡及修正の禁止(例外規定)
金額ベースの遡及計算は求められますが、過去の期間の財務諸表に注記された潜在株式調整後1株当たり当期純利益の算定上の前提(仮定)については、事後的な事実に基づいて遡及的に修正することは認められていません。その後の期間において転換証券が実際に普通株式へ転換されたり、株価の変動が生じたりするなど、潜在株式に係る権利の行使の際に仮定した事項が事後的に変化した場合であっても、過去の数値を遡及的に修正することは禁止されています。参考:「1株当たり当期純利益に関する会計基準」第30-5項
| 事象の性質 | 遡及修正の可否 |
|---|---|
| 利益や純資産の金額的修正 | 必須(修正再表示を行う) |
| 潜在株式の権利行使等の仮定事項 | 禁止(過去の前提を維持する) |
暫定的な会計処理の確定が行われた場合
M&Aなどの企業結合が行われた際、決算日までに取得原価の配分(PPA)が完了せず、暫定的な会計処理が行われることがあります。この暫定的な会計処理が翌年度に確定した場合の1株当たり情報の取扱いについても厳密な規定が設けられています。
企業結合年度の財務諸表(比較情報)の修正
「企業結合に関する会計基準」に従い、企業結合年度の翌年度の財務諸表において、前年度の財務諸表を比較情報として併せて表示する際、暫定的な会計処理の確定による取得原価の配分額の見直しが反映されている場合があります。この場合、当該企業結合年度の財務諸表に表示される1株当たり当期純利益および潜在株式調整後1株当たり当期純利益は、当該見直しが反映された後の金額により算定し直さなければなりません。参考:「1株当たり当期純利益に関する会計基準」第30-6項
| 対象となる情報 | 算定の基礎となる金額 |
|---|---|
| 比較情報としての1株当たり当期純利益 | 取得原価の配分額の見直し反映後の当期純利益 |
1株当たり純資産額の修正
適用指針においても同様に、企業結合年度の翌年度の財務諸表において比較情報として表示される企業結合年度の1株当たり純資産額は、暫定的な会計処理の確定による取得原価の配分額の見直しが反映された後の純資産額により算定することが規定されています。参考:「1株当たり当期純利益に関する会計基準の適用指針」第36-3項
| 対象となる情報 | 算定の基礎となる金額 |
|---|---|
| 比較情報としての1株当たり純資産額 | 取得原価の配分額の見直し反映後の純資産額 |
背景と結論の根拠(BC)
これらの規定が設けられた背景には、国際的な会計基準との整合性や、投資家に対する情報提供の有用性を向上させるという明確な意図が存在します。
会計基準第24号との整合性と国際的コンバージェンス
「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」では、表示期間における遡及適用後又は修正再表示後の1株当たり情報に対する影響額を開示することが求められました。また、国際的な会計基準(IFRS等)においても同様の遡及的な取扱いが定められています。これらの動向を踏まえ、日本の会計基準においても、国際的な会計基準とのコンバージェンスを図りつつ、遡及適用後又は修正再表示後の1株当たり情報の開示を求めることとされました。参考:「1株当たり当期純利益に関する会計基準」第59-4項
比較情報の有用性の向上
企業結合会計基準の改正により、暫定的な会計処理の確定が企業結合年度の翌年度に行われ、比較情報として企業結合年度の財務諸表を表示するときには、確定した取得原価の配分額の見直しを比較情報に反映させることとされました。この変更は、投資家に対する比較情報の有用性を高める観点から行われたものです。したがって、1株当たり情報についても同様に、見直しが反映された後の金額により算定することが、的確な投資判断に資すると結論付けられました。参考:「1株当たり当期純利益に関する会計基準」第59-5項
実務ケーススタディ
これらの規定が、実際のビジネスや会計実務においてどのように適用されるか、2つの具体的なケーススタディを通じて説明いたします。
過去の誤謬の訂正に伴うEPSとBPSの遡及処理
当期の決算作業中において、前期の売上計上基準に誤謬があったことを発見し、前期の売上および利益を減額する修正再表示を行ったと仮定します。この場合、当期の有価証券報告書を作成する際、比較情報として記載される前期の1株当たり当期純利益および1株当たり純資産額について、誤謬訂正によって減少した純利益および純資産額を基礎として再計算し、新たな数値を記載する実務処理を行います。参考:「1株当たり当期純利益に関する会計基準」第30-4項
ただし、前期に開示した潜在株式調整後1株当たり当期純利益の算定において使用した前期の期中平均株価などの仮定事項については、当期になって株価が大きく変動していたとしても、それを遡及して修正することはせず、あくまで前期時点の仮定のまま、利益金額の修正のみを反映させます。参考:「1株当たり当期純利益に関する会計基準」第30-5項
| 実務対応項目 | 具体的な処理方法 |
|---|---|
| 純利益・純資産額の減少 | 減少後の数値を基礎としてEPS・BPSを再計算 |
| 期中平均株価などの仮定事項 | 前期時点の仮定を維持し、事後的な修正は行わない |
M&A後の暫定的な会計処理の確定に伴うEPSの修正
前期の期末近くに他社を買収し、決算発表までに無形資産等の公正価値評価が終わらず、暫定的な会計処理としてのれんを計上したと仮定します。当期に入り取得原価の配分(PPA)が完了し、特許権に多額の価値が配分され、それに伴う償却費が前期から発生していたものとして前期の利益が下方修正されました。
この場合、当期の有価証券報告書を作成する際、比較情報として表示される前期の1株当たり当期純利益について、当初開示した数値をそのまま記載するのではなく、特許権の償却費等による見直しが反映された後の利益金額に基づいて再計算し、開示します。参考:「1株当たり当期純利益に関する会計基準」第30-6項
| 実務対応項目 | 具体的な処理方法 |
|---|---|
| 比較情報のEPS | PPA完了による見直し反映後の利益金額で再算定 |
| 比較情報のBPS | PPA完了による見直し反映後の純資産額で再算定 |
まとめ
会計方針の変更や過去の誤謬の訂正、あるいは企業結合における暫定的な会計処理の確定が行われた場合、1株当たり当期純利益(EPS)や1株当たり純資産額(BPS)は、修正後の新たな数値を基礎として正確に再計算する必要があります。ただし、潜在株式の権利行使等に関する過去の仮定事項については事後的な修正が禁止されている点に留意が必要です。これらの実務対応は、国際的な会計基準との整合性を保ち、投資家に対して有用かつ精緻な比較情報を提供するために不可欠なプロセスです。
EPSおよびBPSの遡及算定に関するよくある質問まとめ
Q.会計方針の変更があった場合、過去のEPSはどうなりますか?
A.表示期間の1株当たり当期純利益および潜在株式調整後1株当たり当期純利益は、遡及適用後の当期純利益の金額により算定し直す必要があります(「1株当たり当期純利益に関する会計基準」第30-4項)。
Q.過去の誤謬を訂正した際、BPSも再計算が必要ですか?
A.はい、過去の誤謬の訂正により貸借対照表上の純資産額等が修正された場合、表示期間の1株当たり純資産額も修正再表示後の金額により算定しなければなりません(「1株当たり当期純利益に関する会計基準の適用指針」第36-2項)。
Q.潜在株式の仮定事項は遡及修正できますか?
A.いいえ、潜在株式調整後1株当たり当期純利益の算定上、潜在株式に係る権利の行使の際に仮定した事項については、事後的な事実に基づいて遡及的に修正することは禁止されています(「1株当たり当期純利益に関する会計基準」第30-5項)。
Q.暫定的な会計処理が確定した場合のEPSの扱いはどうなりますか?
A.企業結合年度の翌年度の財務諸表において比較情報を表示する際、取得原価の配分額の見直しが反映された後の金額により1株当たり当期純利益を算定し直す必要があります(「1株当たり当期純利益に関する会計基準」第30-6項)。
Q.なぜ暫定的な会計処理の確定で比較情報を修正するのですか?
A.投資家に対する比較情報の有用性を高め、的確な投資判断に資するためです。確定した取得原価の配分額の見直しを比較情報に反映させることが求められています(「1株当たり当期純利益に関する会計基準」第59-5項)。
Q.EPSの遡及算定において国際的な会計基準との差異はありますか?
A.日本の会計基準は国際的な会計基準(IFRS等)とのコンバージェンスを図っており、同様に遡及適用後又は修正再表示後の1株当たり情報の開示を求めているため、基本的な考え方に大きな差異はありません(「1株当たり当期純利益に関する会計基準」第59-4項)。
実際の会計処理は個別事情によって判断が分かれます。具体的なケースは公認会計士へのご相談をおすすめします。
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