転換仮定方式による1株当たり当期純利益(EPS)の算定実務
目次
企業が転換社債型新株予約権付社債や転換株式などの転換証券を発行している場合、1株当たり当期純利益(EPS)の算定において、それらが普通株式に転換された場合の希薄化効果を考慮する必要があります。本記事では、「1株当たり当期純利益に関する会計基準」等に基づき、転換仮定方式を用いた潜在株式調整後1株当たり当期純利益の詳細な算定ルールと実務上の留意点について解説いたします。
転換仮定方式の基本構造と意義
企業が発行する転換証券が1株当たり当期純利益に対して希薄化効果を有する場合、当該転換証券がすべて普通株式に転換されたと仮定して潜在株式調整後1株当たり当期純利益を算定します。この算定アプローチを転換仮定方式と呼びます(1株当たり当期純利益に関する会計基準 第27項、第57項、同適用指針 第24項)。
転換仮定方式の具体的な調整構造
転換仮定方式では、各転換証券について算定された数値を基本となるEPSの計算式に加算して調整を行います。具体的には、分母である期中平均株式数に普通株式増加数を加算し、分子である普通株式に係る当期純利益に当期純利益調整額を加算します(1株当たり当期純利益に関する会計基準 第28項、同適用指針 第24項)。
| 分母の調整項目 | 期中平均株式数に加算する普通株式増加数 |
|---|---|
| 分子の調整項目 | 普通株式に係る当期純利益に加算する当期純利益調整額 |
対象となる転換証券の限定要件
転換仮定方式の対象となる転換証券は、金融負債または株式の対価部分と、普通株式への転換請求権部分とを明確に区分せず、一体として処理する一括法により会計処理されたものに限定されます(1株当たり当期純利益に関する会計基準 第43項、同適用指針 第54項)。平成14年の商法改正前に発行され、一括法で処理されている旧制度下の転換社債も本方式の対象に含まれます(1株当たり当期純利益に関する会計基準の適用指針 第27項)。
| 対象となる処理方法 | 負債と権利を区分しない一括法 |
|---|---|
| 対象外となる処理方法 | 負債と権利を区分する区分法(自己株式方式を適用) |
普通株式増加数の算定(分母の調整)
分母に加算する普通株式増加数は、転換証券が当期の期首、または当期中の発行時において、すべて普通株式に転換されたと仮定して算定を行います(1株当たり当期純利益に関する会計基準 第30項)。
期間按分に基づく算定ルール
転換証券の状況に応じた期間按分が必要です。期末まで転換されていない部分は、期首または発行時から期末までの期間(例:365日間)に応じた株式数を加算します。一方、期中に実際に転換された部分は、期首または発行時から実際の転換日までの期間(例:214日間)に応じた株式数を加算します(1株当たり当期純利益に関する会計基準 第30項)。期間の算定は厳密な日数のほか、合理的な基礎に基づく月数による簡便法も認められています(1株当たり当期純利益に関する会計基準 第59項、同適用指針 第26項)。
| 期末まで未転換の部分 | 期首(又は発行時)から期末までの期間で按分して加算 |
|---|---|
| 期中に転換された部分 | 期首(又は発行時)から転換日までの期間で按分して加算 |
転換請求可能期間が未到来の場合の特例
実務上、転換請求可能期間が未到来であっても、単なる時間の経過によって転換請求権が生じる条件の場合は、既に転換可能とみなして期間計算に含めます。また、将来の株価に基づいて転換価格が決定される条件の場合は、期末日直前の特定の日の株価(期末日の終値など)を当期の転換価格とみなして普通株式増加数を算定します(実務対応報告第9号 Q5)。
| 時間経過で転換可能な場合 | 未到来でも転換可能とみなして期間計算に含める |
|---|---|
| 将来の株価に基づく場合 | 期末日直前の株価を当期の転換価格とみなして算定 |
期中に転換価格が修正された場合の期間計算
株価の変動等の理由により期中に転換価格が修正された場合、修正日前の期間については修正前の転換価格を用い、修正日以後の期間については修正後の転換価格を用いて普通株式増加数を算定します(実務対応報告第9号 Q5-2)。
| 修正日前の期間 | 修正前の転換価格を用いて算定 |
|---|---|
| 修正日以後の期間 | 修正後の転換価格を用いて算定 |
当期純利益調整額の算定(分子の調整)
分子に加算する当期純利益調整額は、発行している転換証券が負債であるか株式であるかによって算定方法が異なります。
転換負債(転換社債型新株予約権付社債等)の調整額
期首にすべて転換されたと仮定するため、当期に計上された支払利息や社債発行費の当期償却額などは免除されたものとみなし、当期純利益に加算(足し戻し)します。ただし、利払いに係る事務手数料など重要性の乏しい費用は調整額に含めないことが可能です。また、期中の実際の転換に伴って発生した償還損益や為替差損益は、期首転換の仮定と矛盾するため当期純利益調整額には含めません(1株当たり当期純利益に関する会計基準 第29項、同適用指針 第25項、実務対応報告第9号 Q4)。
| 加算する項目 | 支払利息、社債発行費の当期償却額 |
|---|---|
| 加算しない項目 | 実際の転換に伴う償還損益、為替差損益 |
法定実効税率による税額相当額の控除
足し戻す支払利息等の金額は、課税されたと仮定した場合の税額相当額を控除した後の税引後金額とします。この税額相当額の算定には、原則として法定実効税率(例:30%)を用います。繰越欠損金が存在する等の理由で将来の税金費用が実際に発生しない状況であっても、便宜的な取扱いとして一律に法定実効税率による税額相当額を控除する必要があります(1株当たり当期純利益に関する会計基準 第29項、同適用指針 第25項、実務対応報告第9号 Q4)。
| 使用する税率 | 原則として法定実効税率 |
|---|---|
| 税金費用が発生しない場合 | 便宜的に法定実効税率による控除を適用する |
転換株式(転換型の優先株式等)の調整額
転換株式の場合、基本となるEPSの算定過程において当期純利益から控除された、当該転換株式に関連する普通株主に帰属しない金額(優先配当額など)を当期純利益調整額として加算(足し戻し)します。転換型の参加型株式についても、これに準じて転換仮定方式による計算を行います(1株当たり当期純利益に関する会計基準 第29項、同適用指針 第48項)。
| 対象となる証券 | 転換型の優先株式、転換型の参加型株式 |
|---|---|
| 加算する金額 | 普通株主に帰属しない金額(優先配当額など) |
背景と結論の根拠
会計基準の設定にあたり、なぜ転換仮定方式が採用され、かつ一括法に限定されたのか、その背景となる結論の根拠を解説します。
転換仮定方式が採用された理由
希薄化効果を反映させる方法として、期末の株価が行使価格を上回る場合にのみ転換を仮定する期末転換仮定方式なども検討されました。しかし、1株当たり当期純利益の算定目的は企業の成果を過去の情報として開示することにあります。将来の予測要素や期末時点のみの株価事情を考慮することは不適切と判断され、一貫して期首から転換されたものとみなす客観的な転換仮定方式が採用されました(1株当たり当期純利益に関する会計基準 第57項、第58項)。
| 採用された方式 | 客観性を重視した転換仮定方式 |
|---|---|
| 不採用となった方式 | 株価事情を考慮する期末転換仮定方式など |
一括法に限定された会計的根拠
転換仮定方式の対象を一括法により会計処理されたものに限定した理由は、区分法を採用した場合、区分された転換請求権部分が独立したワラントと同様の性格を持つためです。この場合、会計処理の実態との整合性を図るため、転換仮定方式ではなくワラントとしての自己株式方式を適用すべきと判断されました(1株当たり当期純利益に関する会計基準 第43項)。
| 一括法の場合の算定方式 | 転換仮定方式を適用 |
|---|---|
| 区分法の場合の算定方式 | ワラントと同様に自己株式方式を適用 |
実務ケーススタディ
具体的な金額を用いたケーススタディを通じて、転換仮定方式の計算手順を確認します。
転換社債型新株予約権付社債のEPS算定事例
3月決算の企業が、前期に額面10億円の転換社債型新株予約権付社債(一括法処理、転換価格1,000円、全転換で100万株)を発行したとします。当期の10月31日に額面2億円分(20万株相当)が転換されました。当期の普通株式に係る当期純利益は5億円、期中平均株式数は500万株、支払利息は1,000万円、法定実効税率は30%とします。
ステップ1:普通株式増加数(分母)の算定。期末まで未転換の80万株は通年(365日)存在したと仮定し800,000株。期中転換の20万株は期首から10月31日の前日までの214日間存在したと仮定し117,260株。合計917,260株を分母に加算します。
ステップ2:当期純利益調整額(分子)の算定。支払利息1,000万円から法定実効税率30%による税額相当額を控除した700万円を分子に加算します。
ステップ3:潜在株式調整後EPSの算定。調整後の分子(5億700万円)を調整後の分母(5,917,260株)で除し、85.68円と算定されます(1株当たり当期純利益に関する会計基準 第27項、第29項、第30項)。
| 調整後の分母(株式数) | 500万株 + 917,260株 = 5,917,260株 |
|---|---|
| 調整後の分子(純利益) | 5億円 + 700万円 = 5億700万円 |
まとめ
転換仮定方式を用いた潜在株式調整後1株当たり当期純利益の算定は、転換証券が期首にすべて普通株式に転換されたという客観的な仮定に基づき実施されます。分母である株式数の期間按分や、分子である純利益の税引後支払利息の足し戻しなど、会計基準および適用指針に定められた厳密なルールを遵守することが実務上極めて重要です。期中転換や転換価格の修正など特有の事象が発生した場合は、実務対応報告の規定も併せて確認し、正確な財務情報開示に努めてください。
転換仮定方式のよくある質問まとめ
Q. 転換仮定方式の対象となる転換証券の条件は何ですか?
A. 金融負債または株式の対価部分と転換請求権部分を区分せず、一体として処理する一括法により会計処理された転換証券に限定されます(1株当たり当期純利益に関する会計基準 第43項)。
Q. 転換請求可能期間が未到来の場合、普通株式増加数はどのように算定しますか?
A. 単なる時間経過で転換可能となる場合は未到来でも期間計算に含め、将来の株価に基づく条件の場合は期末日直前の特定の日の株価を当期の転換価格とみなして算定します(実務対応報告第9号 Q5)。
Q. 期中に転換価格が修正された場合、分母の計算はどのように行いますか?
A. 修正日前の期間は修正前の転換価格を用い、修正日以後の期間は修正後の転換価格を用いて期間按分を行い、普通株式増加数を算定します(実務対応報告第9号 Q5-2)。
Q. 転換負債の当期純利益調整額に、償還損益や為替差損益は含めますか?
A. 期首にすべて転換されたと仮定するため、期中の実際の転換に伴って発生した償還損益や為替差損益は当期純利益調整額に含めません(実務対応報告第9号 Q4)。
Q. 繰越欠損金があり税金費用が発生しない場合でも、税額相当額の控除は必要ですか?
A. はい、将来の税金費用が実際に発生しない状況であっても、便宜的な取扱いとして法定実効税率による税額相当額を控除した金額を足し戻す必要があります(実務対応報告第9号 Q4)。
Q. 転換仮定方式が一括法による会計処理に限定されているのはなぜですか?
A. 区分法を採用した場合、転換請求権部分は独立したワラントと同様の性格を持つため、会計処理の実態に合わせて自己株式方式を適用すべきと判断されたためです(1株当たり当期純利益に関する会計基準 第43項)。
実際の会計処理は個別事情によって判断が分かれます。具体的なケースは公認会計士へのご相談をおすすめします。
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