企業結合における取得企業の決定方法とは?原則と逆取得を解説
目次
M&Aや組織再編において企業結合が「取得」と判定された場合、パーチェス法を適用するために、結合当事企業のうちいずれが買手である取得企業となるかを決定する必要があります。本記事では、「企業結合に関する会計基準(企業会計基準第21号)」および「企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針(企業会計基準適用指針第10号)」に基づき、取得企業の決定方法や逆取得の判定要素について、具体的なケーススタディを交えながら詳細に解説いたします。
取得企業決定の基本原則
企業結合における取得企業の決定は、法形式にとらわれず経済的な実態に基づいて行われます。ここでは、その根幹となる支配概念の適用について解説します。
支配概念の適用による決定
取得企業を決定するにあたっては、「連結財務諸表に関する会計基準(企業会計基準第22号)」における支配を獲得する企業という考え方(支配概念)を用います。これは、法的な存続会社や親会社という形式的な位置づけではなく、実質的に他の企業を支配することになった企業を買手(取得企業)とするための大原則です。
| 基本原則 | 連結会計基準における「支配概念」を用いて決定する |
|---|---|
| 支配株主の存在 | 結合後企業に支配株主が存在する場合、企業結合前から支配されていた結合当事企業(子会社)を取得企業とする |
参考:企業結合会計基準 第18項、第78項、企業結合適用指針 第32項、第354項
対価の種類に基づく決定方法
連結会計基準の支配概念だけではどの結合当事企業が取得企業となるかが明確に判定できない場合、企業結合に際して支払われた対価の種類を考慮して決定します。
現金やその他の資産等を対価とする場合
企業結合の対価として現金やその他の資産が用いられる場合、資金や資産を提供する側が買手となるのが一般的です。したがって、現金若しくは他の資産を引き渡す、又は負債を引き受けることとなる企業結合においては、通常、当該資産を引き渡す又は負債を引き受ける結合企業が取得企業となります。
| 主な対価 | 原則的な取得企業 |
|---|---|
| 現金・その他の資産の引渡し、負債の引受け | 資産を引き渡す、又は負債を引き受ける企業 |
参考:企業結合会計基準 第19項
株式を対価とする場合
株式交換や吸収合併など、主な対価の種類が株式である企業結合の場合には、通常、当該株式を新たに発行して交付する結合企業が取得企業となります。ただし、株式を対価とする場合は、後述する逆取得の可能性を慎重に検討する必要があります。
| 主な対価 | 原則的な取得企業 |
|---|---|
| 自社の株式 | 株式を交付する企業 |
参考:企業結合会計基準 第20項、第79項
対価が株式である場合の逆取得判定要素
株式を交付した企業が法律上の親会社や存続会社になるのが通常ですが、実質的な支配権が相手方の株主に移る場合があり、これを逆取得と呼びます。対価が株式である場合の取得企業の決定にあたっては、以下の要素を総合的に勘案しなければなりません。
議決権比率と株主の構成
結合後の企業において、どの株主グループが議決権の主導権を握るかが重要な判定要素となります。単なる過半数だけでなく、相対的な割合や特定の株主の存在が考慮されます。
| 勘案要素 | 判定の基準 |
|---|---|
| 総体としての株主の議決権比率 | 結合後企業の議決権比率のうち「最も大きい割合」を占める株主が属していた企業 |
| 最も大きな議決権比率を有する株主 | 他に重要な議決権を持つ株主がいない場合、「最も大きな割合」を有する特定株主が属していた企業 |
議決権の内容や、権利行使の可能性が見込まれる潜在株式の存在についても考慮する必要があります。
参考:企業結合会計基準 第20項(1)(2)、企業結合適用指針 第32-2項、第32-3項
取締役会等の経営支配権
議決権比率に加えて、結合後企業の経営方針を決定する取締役会等の機関を事実上支配しているかどうかも、実質的な買手を判定する上で極めて重要な要素です。
| 勘案要素 | 判定の基準 |
|---|---|
| 取締役等を選解任できる株主 | 取締役会その他これに準ずる機関の構成員の「過半数」を選解任できる株主が属していた企業 |
| 取締役会等の構成 | 役員若しくは従業員であった者が、結合後企業の重要な経営意思決定機関を「事実上支配」する企業 |
参考:企業結合会計基準 第20項(3)(4)
株式の交換条件(プレミアム)
企業結合前の株式の時価に対して、どちらの企業がプレミアムを支払っているかも経済的実態を示す指標となります。株式の交換比率等にプレミアムが反映されており、相手企業の時価を超える価値を提供している場合、当該プレミアムを支払った企業が取得企業と判定されるのが通常です。
| 勘案要素 | 判定の基準 |
|---|---|
| 株式の交換条件 | 結合前における相手企業株式の時価を超える「プレミアム」を支払った企業 |
参考:企業結合会計基準 第20項(5)、企業結合適用指針 第32-4項
その他の考慮要素(規模・3社以上・会社分割)
議決権や役員構成以外の要素も、総合的な判断を行う上で補完的に考慮されます。特に規模の差違や複雑な再編スキームにおいては重要な判断材料となります。
相対的な規模と3社以上の結合
結合当事企業の事業規模に著しい差がある場合や、複数の企業が同時に結合する場合には、以下の要素も考慮して取得企業を決定します。
| 考慮要素 | 内容 |
|---|---|
| 相対的な規模 | 総資産額、売上高、純利益などの規模が「著しく大きい」企業を取得企業とする |
| 3社以上の企業結合 | これまでの要素に加えて「いずれの企業がその企業結合を最初に提案したか」を考慮する |
参考:企業結合会計基準 第21項、第22項、第82項、第83項
会社分割における取扱い
組織再編の形式が共同新設分割又は吸収分割といった会社分割である場合、取得企業の捉え方が合併等とは異なります。この場合、取得企業としては「分離元企業における分離元企業から移転された事業自体」を指すことがあります。
| 組織再編の形式 | 取得企業の捉え方 |
|---|---|
| 会社分割(共同新設分割・吸収分割) | 分離元企業から移転された事業自体を取得企業とみなす場合がある |
参考:企業結合適用指針 第32-5項
取得企業決定基準の背景と目的
現在の会計基準において、なぜこれほど多面的で複雑な判定要素が設けられているのか、その背景について解説します。
持分プーリング法の廃止と実質支配の重視
かつての日本の会計基準では、持分プーリング法とパーチェス法を識別するための基準として議決権比率などが用いられていました。しかし、国際的な会計基準(IFRS等)とのコンバージェンスの観点から持分プーリング法が廃止され、すべての企業結合を原則として「取得」として処理することになりました。これに伴い、法形式にとらわれず、実質的にどの企業が買手として支配を獲得したかを経済的実態に即して適正に決定するアプローチへと移行したのです。
| 基準の変遷 | 特徴 |
|---|---|
| 旧基準(平成15年) | 持分プーリング法かパーチェス法かの識別が主目的 |
| 現行基準(平成20年以降) | 法形式にとらわれず、実質的な支配者を総合的に勘案して決定 |
参考:企業結合会計基準 第77項、第80項、第81項
実務における具体的なケーススタディ
実務において、取得企業の判定要素がどのように適用されるのか、2つの対照的なケーススタディを用いて解説します。
法形式と実態が一致する通常の吸収合併
上場企業A社(売上高1,000億円)が、非上場企業B社(売上高200億円)を吸収合併し、A社が存続会社として新株を交付したケースです。合併後の議決権比率は旧A社株主が約80%、旧B社株主が約20%となり、取締役も大半がA社出身者で構成されます。
| 判定要素 | ケース1の状況 |
|---|---|
| 法形式(株式交付) | A社が存続し株式を交付 |
| 議決権比率 | A社株主が80%で圧倒的 |
| 取締役会の構成 | A社出身者が過半数を占め支配 |
| 相対的な規模 | A社(1,000億円)が著しく大きい |
すべての要素がA社を指し示しているため、法形式通りA社が取得企業と決定されます。参考:企業結合会計基準 第20項、第21項
法形式と実態が逆転する「逆取得」のケース
業績低迷中の上場企業X社(売上高10億円)が、急成長中の未上場企業Y社(売上高90億円)を吸収合併しました。上場維持のため法形式上はX社を存続会社とし、Y社株主にX社新株を大量発行しました。結果、議決権比率は旧Y社株主が90%となり、取締役の過半数もY社から就任します。
| 判定要素 | ケース2の状況 |
|---|---|
| 法形式(株式交付) | X社が存続し株式を交付 |
| 議決権比率 | 消滅会社Y社の株主が90%を占める |
| 取締役会の構成 | 消滅会社Y社出身者が過半数を占め支配 |
| 相対的な規模 | 消滅会社Y社(90億円)が著しく大きい |
法形式上はX社が存続会社ですが、議決権比率、取締役会の構成、相対的な規模のすべてにおいてY社が実質的な支配を獲得しています。これらの要素を総合的に勘案した結果、法律上は消滅会社となるY社が取得企業であると判定されます。これが逆取得であり、連結財務諸表上は消滅会社Y社を買手とみなして会計処理を行います。参考:企業結合会計基準 第20項、第21項、第79項
まとめ
企業結合における取得企業の決定は、パーチェス法を適用する上での出発点となる極めて重要なプロセスです。法形式上の存続会社や株式発行会社を無条件に取得企業とするのではなく、議決権比率、取締役会の構成、相対的な規模などを総合的に勘案し、経済的実態として「支配を獲得した企業」を見極めることが求められます。特に株式交換や合併においては逆取得となるケースも存在するため、会計基準および適用指針に則った慎重な判定が必要です。
企業結合の取得企業決定に関するよくある質問まとめ
Q.企業結合において取得企業はどのように決定されますか?
A.連結財務諸表に関する会計基準における「支配を獲得する企業」という概念に基づき、法形式にとらわれず実質的に他の企業を支配することになった企業を取得企業として決定します(企業結合会計基準 第18項)。
Q.現金を対価とする場合の取得企業はどちらになりますか?
A.企業結合の主な対価として現金やその他の資産を引き渡す、又は負債を引き受ける場合には、通常、当該資産を引き渡す又は負債を引き受ける企業が取得企業となります(企業結合会計基準 第19項)。
Q.逆取得とはどのようなケースですか?
A.株式を交付して法律上の存続会社や親会社となった企業ではなく、議決権比率や役員構成などの実態から、法律上は消滅会社や子会社となる企業が実質的な支配を獲得したと判定されるケースです(企業結合会計基準 第79項)。
Q.議決権比率以外にどのような要素を考慮しますか?
A.対価が株式の場合、取締役等を選解任できる株主の存在、取締役会等の経営意思決定機関の構成、株式の交換条件(プレミアムの支払い)、および相対的な規模(売上高や総資産など)を総合的に勘案します(企業結合会計基準 第20項、第21項)。
Q.結合当事企業が3社以上の場合の特有の判定要素は何ですか?
A.議決権比率や役員構成、相対的な規模といった要素に加えて、「いずれの企業がその企業結合を最初に提案したか」という事実についても考慮して取得企業を決定します(企業結合会計基準 第22項)。
Q.なぜ取得企業の決定において複数の要素を総合的に勘案するのですか?
A.持分プーリング法が廃止されたことに伴い、組織再編の法形式にとらわれず、実質的にどの企業が買手として経済的な支配を獲得したかを適正に判定し、国際的な会計基準と整合させるためです(企業結合会計基準 第80項、第81項)。
実際の会計処理は個別事情によって判断が分かれます。具体的なケースは公認会計士へのご相談をおすすめします。
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