労働組合の予算は、組合費という組合員から集めたお金を1年間どう使うかを、あらかじめ組合員自身の意思で決める仕組みです。決算が「使った結果の報告」であるのに対し、予算は「使う前の約束」にあたります。この約束が曖昧なままだと、年度の途中で支出の可否を判断する基準がなくなり、会計担当者と執行部の負担が一気に重くなります。
もっとも、労働組合法は予算の作り方までは定めていません。そのため、単組や企業内労組の会計担当・書記長の方からは「どの費目を立てればよいか」「組合費収入をどう見積もるか」という相談が絶えません。この記事では、公認会計士として労働組合の会計監査に関わる立場から、予算編成の年間の流れ、モデル予算書の費目、予算と決算の突合までを実務の型として整理します。
労働組合の予算の法令上の位置づけ
予算書を作り始める前に、どこまでが法律の要求で、どこからが組合の自治かを切り分けておくと迷いが減ります。労働組合の会計に関する法令上の要求は、実は限られています。
労働組合法に予算の規定がない事実
労働組合法は、労働組合の規約に含めなければならない事項を列挙していますが、そこに予算の作成・議決に関する規定はありません(労働組合法 第5条第2項)。同項が求めているのは、名称、主たる事務所の所在地、組合員の権利、役員の選挙方法、総会の開催、会計報告、争議行為の決定手続、規約の改正手続などです。
つまり、予算は法律が直接義務づけているものではなく、組合の規約と総会の議決に基づく自治の領域にあります。ただし「法律の義務でないから作らなくてよい」という結論にはなりません。単位労働組合の組合員は、その労働組合のすべての問題に参与する権利と均等の取扱いを受ける権利を有するとされており(労働組合法 第5条第2項第3号)、組合費の使い道を事前に組合員が決める場として予算が機能するためです。
会計報告義務と予算のつながり
労働組合法が明確に義務づけているのは、事後の会計報告のほうです。すべての財源および使途、主要な寄附者の氏名ならびに現在の経理状況を示す会計報告を、組合員によって委嘱された職業的に資格がある会計監査人による正確であることの証明書とともに、少なくとも毎年1回組合員に公表しなければならないとされています(労働組合法 第5条第2項第7号)。
この会計報告は、総会が少なくとも毎年1回開催されること(労働組合法 第5条第2項第6号)と組み合わせて運用されるのが一般的です。予算はこの年1回のサイクルの入口にあたります。予算の費目と決算書の科目をそろえておけば、決算のときに予算との対比表をそのまま作れるため、会計報告の説明が格段に楽になります。逆に費目がずれていると、決算のたびに組替え作業が発生します。
なお、この会計報告と監査の枠組みは、不当労働行為の救済申立てや法人登記のための資格証明書の交付などの場面で必要となる資格審査でも確認されます。資格審査では、労働組合法第2条および第5条第2項に定める資格要件を備えているかが審査されます。
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予算編成の年間スケジュール
予算編成でつまずく最大の理由は、着手が遅いことです。総会の直前に数字を作り始めると、前年度の決算見込みが固まっておらず、繰越金の額が確定しないまま編成することになります。年度末の3か月前から動き出すのが実務上の目安です。
編成から総会議決までの流れ
4月開始・3月終了の年度を前提とした標準的な流れは次のとおりです。組合の規約で総会の時期が定められている場合は、それに合わせて逆算してください。
| 時期 | 主な作業 |
|---|---|
| 1月 | 前年度実績の集計と当年度の着地見込みの試算、翌年度の活動方針案の確認 |
| 2月 | 各専門部・支部からの予算要求の取りまとめ、組合員数の見込みに基づく組合費収入の見積り |
| 2月下旬 | 会計担当による予算原案の作成、執行部での調整と査定 |
| 3月上旬 | 執行委員会での予算案の決定、議案書への収録 |
| 3月中旬 | 議案書の組合員への事前配布、質問の受付 |
| 3月下旬 | 総会での前年度決算報告および監査報告の承認、翌年度予算案の議決 |
| 4月以降 | 議決された予算に基づく執行、四半期ごとの執行状況の確認 |
総会では、前年度の決算と翌年度の予算を続けて審議するのが通例です。決算の承認が得られなければ繰越金の額も確定しないため、議案の順序は決算が先、予算が後になります。
予算要求の取りまとめ方
専門部や支部から予算要求を集めるときは、書式をそろえるだけで作業量が変わります。要求元・費目・金額・積算根拠・前年度実績の5項目を必ず記入させると、査定の際に金額の妥当性を短時間で判断できます。積算根拠のない要求は、原則として前年度実績の範囲内に抑えるという運用ルールを決めておくと、査定の恣意性を避けられます。
要求額の合計は、ほぼ確実に収入見込みを超えます。ここで削る順序をあらかじめ決めておくことが重要です。上部団体費や事務所家賃のような固定的な支出は削れないため、調整弁になるのは行事費・教育費・予備費です。この優先順位を執行部で共有しておけば、査定の議論が個別の思い入れの対立になりません。
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組合費収入の見積り
予算の精度は、収入見積りの精度でほぼ決まります。支出は執行部がコントロールできますが、収入は組合員数という外部要因に左右されるためです。
組合費収入の計算
組合費が定額制であれば、年間の組合費収入は次の式で見積もります。
ここで使う組合員数は、期首の在籍者数ではなく期中平均の見込み数です。定年退職者と新入組合員の人数、年度途中の異動や出向の予定を反映させます。組合費が基本給に対する定率制の場合は、次のように賃上げ率を織り込みます。
定率制で注意したいのは、賃上げ率を強気に見込むと収入が過大になり、支出予算も膨らんでしまう点です。賃上げの結果が確定するのは春闘の妥結後であり、予算編成の時点では未確定です。想定賃上げ率は前年実績を上回らない水準に置き、上振れした分は補正予算か次期繰越金で処理するほうが安全です。
使用者からの資金を収入に計上しない理由
予算書の収入の部に、会社からの補助金や活動費の名目で使用者からの資金を計上することはできません。団体の運営のための経費の支出につき使用者の経理上の援助を受けるものは、労働組合法上の労働組合に該当しないとされているためです(労働組合法 第2条第2号)。使用者の側から見ても、労働組合の運営のための経費の支払につき経理上の援助を与えることは不当労働行為にあたります(労働組合法 第7条第3号)。
ただし、すべての便宜供与が禁止されているわけではありません。労働者が労働時間中に時間または賃金を失うことなく使用者と協議・交渉することを使用者が許すこと、厚生資金または経済上の不幸もしくは災厄を防止・救済するための支出に実際に用いられる福利その他の基金に対する使用者の寄附、および最小限の広さの事務所の供与は、援助から除かれます(労働組合法 第2条第2号ただし書、第7条第3号ただし書)。
実務上迷いやすいのは、組合事務所の光熱費や複合機のリース料を会社が負担しているケースです。法文が除外しているのは最小限の広さの事務所の供与であり、範囲を超える負担は経理上の援助と評価される余地があります。予算編成の機会に、会社が負担している費目を洗い出し、組合が自ら負担すべきものを支出予算に組み入れるという整理をおすすめします。
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モデル予算書の費目と金額例
ここからは、具体的な予算書の形を示します。組合員数300人、月額組合費2,000円の企業内労組を想定した作例です。金額は説明のための架空の数値であり、単位は千円です。
収入の部
組合費収入は前掲の式で算定しています。期中平均組合員数300人、月額2,000円、12か月で年間7,200千円です。
| 収入の科目 | 予算額(千円) |
|---|---|
| 組合費収入 | 7,200 |
| 上部団体交付金 | 200 |
| 雑収入 | 100 |
| 前期繰越金 | 1,500 |
| 収入合計 | 9,000 |
前期繰越金を収入の部に含める形式は、単式簿記による収支計算を採用している組合で広く使われています。一方、複式簿記で正味財産増減計算書を作成している組合では、繰越金は収入ではなく前期末の正味財産として表示します。どちらの形式でも構いませんが、予算書と決算書で形式をそろえることが前提です。
支出の部
支出の費目は、活動の実態に合わせて設計します。以下は一般的な構成例です。
| 支出の科目 | 予算額(千円) |
|---|---|
| 上部団体費 | 1,800 |
| 会議費 | 600 |
| 活動費 | 1,200 |
| 教育宣伝費 | 400 |
| 慶弔共済費 | 800 |
| 事務費 | 700 |
| 会計監査費用 | 300 |
| 特別会計繰入金 | 1,000 |
| 予備費 | 300 |
| 次期繰越金 | 1,900 |
| 支出合計 | 9,000 |
各費目の中身を簡単に補足します。上部団体費は、上部団体の規約で1人あたりの月額が定められていることが多く、組合員数の見込みから機械的に算定できます。会議費は執行委員会・職場会・総会の会場費と資料印刷費です。活動費は春闘や職場行事などの取り組みに要する費用で、年度の運動方針と直結します。
教育宣伝費は組合ニュースの発行費や研修参加費、慶弔共済費は組合員への見舞金・祝金です。事務費は事務用品費や通信費のほか、専従者を置く組合では人件費が加わります。会計監査費用は、外部の会計専門家に監査を委嘱する場合の報酬です。
特別会計と積立金の扱い
争議に備える闘争積立金や、共済給付のための共済会計は、一般会計と分けて特別会計として管理するのが一般的です。一般会計から特別会計へ資金を移す場合は、一般会計側で特別会計繰入金として支出予算に計上し、特別会計側で繰入金収入として計上します。両方に計上することで、組合全体の資金の流れが追えるようになります。
特別会計についても、予算と決算を一般会計と同じように作成してください。会計報告はすべての財源および使途を示すものとされているため(労働組合法 第5条第2項第7号)、特別会計を報告から外すことはできません。積立金の残高が大きいほど組合員の関心も高く、取り崩しの条件を規約や総会の議決で明確にしておくことが求められます。
予備費の設定水準
予備費は、年度中に生じる想定外の支出に充てるための費目です。金額の決まりはありませんが、支出合計の3%から5%程度を目安に置く組合が多く見られます。作例では支出合計9,000千円に対して予備費300千円としており、およそ3%の水準です。
予備費を過大に設定すると、事実上の使途未定の資金となり、組合員から見て予算の意味が薄れます。逆に予備費がないと、小さな支出のたびに補正予算や執行委員会の個別承認が必要になります。予備費から支出する場合は、どの費目へ充当したかを執行委員会の議事録に残し、決算時に予備費充当の内訳を説明できるようにしておいてください。
予算と決算の突合
予算は作って終わりではありません。年度末に決算と突き合わせ、差異を組合員に説明するところまでが一連の流れです。
予算差異の把握
決算書は、予算額・決算額・差額の3つを並べた対比の形で作成すると、説明の手間が大きく減ります。差異の大きさは金額だけでなく率でも把握しておくと、優先して説明すべき費目が特定できます。
実務上は、差異率が10%を超える費目、または差異額が一定金額を超える費目について、その理由を書き出しておく運用が扱いやすいと感じます。理由の類型は、活動の中止・延期による未執行、単価や参加人数の見込み違い、年度途中の方針変更、組合員数の増減による収入の変動に整理できます。
差異が出ること自体は問題ではありません。説明できない差異が残ることが問題です。とくに支出が予算を超過した費目については、超過分をどの財源で賄ったのか(予備費の充当か、他費目からの流用か、繰越金の取崩しか)を明らかにする必要があります。
会計報告と監査への接続
突合した結果は、そのまま会計報告の材料になります。会計報告は、すべての財源および使途、主要な寄附者の氏名ならびに現在の経理状況を示すものであることが求められ、職業的に資格がある会計監査人による正確であることの証明書とともに、少なくとも毎年1回組合員に公表されなければなりません(労働組合法 第5条第2項第7号)。
監査を受ける側の準備としては、予算書・決算書・総勘定元帳・預金通帳・領収書綴り・執行委員会議事録を一式そろえておくと進行がスムーズです。予算からの流用や予備費の充当があった場合、その根拠となる議事録は必ず求められます。予算という事前の意思決定と、実際の支出との整合が確認できることが、会計の適正性を裏づける重要な要素になるためです。
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予算編成でつまずきやすい点
最後に、実際の労働組合でよく見かける課題を挙げます。いずれも予算編成の段階で手を打てるものです。
第一に、費目名が予算書と決算書で一致していないケースです。予算書では活動費と一括りにしているのに、決算書では行事費と会議費に分かれている、といった状態です。この場合、対比表を作るたびに組替えが必要になり、担当者が交代すると引き継ぎが困難になります。予算書の費目と会計ソフトの勘定科目を年度初めにそろえておくことをおすすめします。
第二に、繰越金が年々積み上がっているのに、使途の議論がされていないケースです。組合費は組合員から集めたお金であり、必要以上の内部留保は組合費の引下げか活動の拡充で還元すべきものです。繰越金が年間の組合費収入を大きく上回る水準になっている場合は、予算編成の機会に水準の妥当性を総会で議論することが望まれます。
第三に、予算の執行状況を年度途中で確認していないケースです。年度末になって初めて大幅な超過が判明すると、対応の選択肢がありません。四半期ごとに費目別の執行率を執行委員会で共有し、進捗が想定と乖離している費目については早い段階で補正予算の要否を判断してください。
第四に、会計担当が特定の1人に固定されているケースです。予算の作成から執行、記帳までを1人が担うと、けん制が働かず、組合費の私的流用が生じる余地が残ります。予算の作成者と支出の承認者を分ける、通帳と印鑑の保管者を分けるといった役割分担は、担当者自身を守ることにもつながります。
まとめ
労働組合法は予算の作成そのものを義務づけていませんが、組合員がすべての問題に参与する権利を持ち(労働組合法 第5条第2項第3号)、年1回以上の総会と会計報告が求められている(労働組合法 第5条第2項第6号、第7号)以上、予算は組合運営の実質的な要になります。収入見積りは期中平均組合員数を基礎に保守的に置き、支出は費目ごとに積算根拠を残す。予備費は支出合計の3%から5%を目安に置き、充当の記録を残す。そして年度末に予算と決算を突き合わせ、差異の理由を説明できる状態にしておく。この4点を押さえれば、予算は組合員への説明責任を果たす道具として機能します。
あわせて、使用者からの経費援助を収入に計上できないという制約(労働組合法 第2条第2号、第7条第3号)は、予算編成の段階で確認しておくべき論点です。会社負担になっている費目がないかを毎年点検し、必要なものは組合の支出予算へ組み入れてください。予算書の作り方や特別会計の設計、外部監査の受け方など、具体的なケースは公認会計士へのご相談をおすすめします。
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よくある質問
労働組合に予算書の作成義務はありますか
労働組合法は、規約の必要記載事項として予算の作成や議決を挙げていません(労働組合法 第5条第2項)。したがって法律上の直接の義務ではありません。ただし多くの組合は規約で予算の総会議決を定めており、その場合は規約上の義務となります。また、年1回以上の会計報告が義務づけられている以上(労働組合法 第5条第2項第7号)、事前の予算がなければ報告時に使途の妥当性を説明しにくくなります。
予算を超える支出が必要になった場合はどうしますか
まず予備費からの充当を検討し、予備費で賄えない場合は他費目からの流用、それでも不足する場合は補正予算を編成して総会または規約で定められた機関の議決を得ます。いずれの方法をとる場合も、判断の経緯を執行委員会の議事録に残してください。決算時に差異の理由を説明する根拠となり、会計監査でも確認されます。
会社から組合事務所の家賃補助を受けても問題ありませんか
団体の運営のための経費の支出につき使用者の経理上の援助を受けるものは、労働組合法上の労働組合に該当しないとされています(労働組合法 第2条第2号)。ただし、最小限の広さの事務所の供与は援助から除かれます(労働組合法 第2条第2号ただし書)。範囲を超える負担を受けている場合は、組合が自ら負担する形へ切り替え、その分を支出予算に計上する整理が必要になります。
特別会計も予算を作る必要がありますか
闘争積立金や共済会計などの特別会計についても、一般会計と同様に予算と決算を作成することをおすすめします。会計報告はすべての財源および使途を示すものとされているため(労働組合法 第5条第2項第7号)、特別会計を報告の対象から外すことはできません。一般会計から資金を移す場合は、一般会計に繰入金として支出計上し、特別会計に繰入金収入として計上します。
予備費はどのくらい置くのが適切ですか
法令上の基準はありません。実務では支出合計の3%から5%程度を置く組合が多く見られます。過大に置くと使途未定の資金となって予算の意味が薄れ、置かないと小さな支出のたびに手続が必要になります。過去数年の予算外支出の実績を踏まえて水準を決め、充当した場合は費目と理由を記録してください。