労働協約は、本来その協約を結んだ労働組合と使用者との間で効力を持つものです。ところが労働組合法には、一定の地域で働く同種の労働者の大部分に一つの労働協約が及んでいるとき、その地域の他の労働者と使用者にも同じ協約を適用させる仕組みが置かれています。これが地域的拡張適用(地域的の一般的拘束力)です(労働組合法 第18条第1項)。
この制度は、労働組合が申立てを行い、労働委員会が決議し、行政庁が決定するという三段構えで動きます。そして申立てを行う労働組合には、労働委員会による資格審査という前提条件が待ち構えています。この記事では、地域的拡張適用の要件と手続の流れを条文に沿って整理したうえで、資格審査や会計報告・会計監査人の証明との関係までを解説します。
地域的拡張適用の全体像
労働協約とは、労働組合と使用者またはその団体との間で結ばれる、労働条件その他に関する取り決めです。書面に作成し、両当事者が署名または記名押印することによって効力が生じます(労働組合法 第14条)。労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は無効となり、無効となった部分は協約の基準によることになります(労働組合法 第16条)。
地域的拡張適用は、この効力の及ぶ範囲を、協約の当事者以外へ広げる制度です。条文は、一の地域において従業する同種の労働者の大部分が一の労働協約の適用を受けるに至ったときは、当該労働協約の当事者の双方または一方の申立てに基づき、労働委員会の決議により、厚生労働大臣または都道府県知事が、当該地域において従業する他の同種の労働者およびその使用者も当該労働協約の適用を受けるべきことの決定をすることができる、と定めています(労働組合法 第18条第1項)。
制度の目的は、労働条件の切下げ競争を防止して労働条件の維持改善を図るとともに、労働者間・使用者間の公正な競争を確保することにあるとされています。協約で定められた労働条件を、その地域における公正な労働条件として扱い、協約の当事者以外の労使にも適用するという発想です。
申立てから決定までに必要な要件
地域的拡張適用が実現するまでには、条文上、次の要素がすべて満たされる必要があります(労働組合法 第18条第1項から第3項まで)。
| 地域と労働者の範囲 | 一の地域において従業する同種の労働者の大部分が、一の労働協約の適用を受けるに至っていること |
|---|---|
| 当事者の申立て | 当該労働協約の当事者の双方または一方から申立てがあること。行政庁や労働委員会が職権で開始する仕組みではありません |
| 労働委員会の決議 | 労働委員会が、拡張適用について決議すること |
| 行政庁の決定 | 厚生労働大臣または都道府県知事が、当該地域の他の同種の労働者およびその使用者も労働協約の適用を受けるべきことを決定すること |
| 公告 | 決定は公告によって行われること |
一の地域と同種の労働者の大部分
条文は「一の地域」「同種の労働者」「大部分」という三つの言葉で対象範囲を画しています(労働組合法 第18条第1項)。工場事業場単位の一般的拘束力が「四分の三以上」という数値基準を置いているのに対し(労働組合法 第17条)、地域的拡張適用では割合が数値で示されておらず、「大部分」という評価を要する要件になっている点が特徴です。
そのため、どの範囲を一の地域とみるか、どこまでを同種の労働者と括るか、その中で協約の適用を受けている労働者が大部分といえるかは、申立ての段階で客観的な資料をそろえて示す必要があります。地域内の事業所数や労働者数の把握が、実務上の出発点になります。
当事者の双方または一方による申立て
地域的拡張適用は、労働協約の当事者からの申立てを起点とします(労働組合法 第18条第1項)。当事者の双方が共同して申し立てることもできますし、一方だけで申し立てることもできます。つまり、労働組合の側から単独で申立てを行う道も開かれています。
ここで見落とされやすいのが、申立てを行う労働組合が労働委員会の資格審査を経ている必要があるという点です。労働組合法に規定する手続に参与する資格は、労働委員会に証拠を提出して要件への適合を立証した組合にのみ認められます(労働組合法 第5条第1項)。この点は後述します。
決議・決定の主体と管轄
誰が決議し、誰が決定するかは、対象となる地域の広がりによって分かれます。この振り分けは、労働組合法施行令に定められています(労働組合法施行令 第15条)。
| 一の都道府県の 区域内のみにある地域 |
当該都道府県労働委員会が決議し、当該都道府県知事が決定します |
|---|---|
| 二以上の都道府県に わたる地域 |
中央労働委員会が決議し、厚生労働大臣が決定します |
| 全国的に重要な問題に係る事案 | 中央労働委員会が当該事案を全国的に重要な問題に係るものと認めたときは、地域が一の都道府県内であっても、中央労働委員会が決議し、厚生労働大臣が決定します |
労働協約の拡張適用に関する決議は、労働委員会の内部でも重い位置づけを与えられています。都道府県労働委員会でも中央労働委員会でも、この決議は部会等ではなく総会に付議すべき事項とされています(労働委員会規則 第5条第1項第1号、第5条第2項第1号)。また、中央労働委員会の権限に属する事件について、中央労働委員会が必要と認めて関係都道府県労働委員会の一つを指定したときは、その都道府県労働委員会が処理することになります(労働組合法施行令 第27条の2)。
労働委員会による修正と公告
労働委員会は、決議をする場合において、当該労働協約に不適当な部分があると認めたときは、これを修正することができます(労働組合法 第18条第2項)。拡張適用の対象となるのは、この修正があったものを含む労働協約です(労働組合法 第18条第1項)。当事者が結んだ協約がそのまま地域全体へ及ぶとは限らない、ということです。
そして決定は、公告によって行われます(労働組合法 第18条第3項)。公告という手続が置かれているのは、協約の当事者ではない労働者・使用者に対して効力が及ぶ以上、その内容を広く知らせる必要があるためです。拡張適用の効果がいつから生じるかを確認するうえでも、公告の内容が基準になります。
工場事業場単位の一般的拘束力との違い
労働組合法には、地域的拡張適用のほかに、工場事業場単位の一般的拘束力が定められています。一の工場事業場に常時使用される同種の労働者の四分の三以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至ったときは、当該工場事業場に使用される他の同種の労働者に関しても、当該労働協約が適用されます(労働組合法 第17条)。両者の主な違いは次のとおりです。
- 単位:第17条は一の工場事業場、第18条は一の地域を単位とします。
- 数の要件:第17条は四分の三以上という数値基準、第18条は大部分という評価要件です。
- 効力の生じ方:第17条は要件を満たせば当然に適用されるのに対し、第18条は申立て・決議・決定・公告という手続を経て初めて効力が生じます。
- 効力が及ぶ相手方:第17条は当該工場事業場に使用される他の同種の労働者、第18条は当該地域で従業する他の同種の労働者およびその使用者です。
単組や企業内労組の役員にとって身近なのは第17条ですが、産業別組織や地域の連合体として労働条件の底上げを図る場面では、第18条が選択肢になります。第18条を使うには労働委員会という公的機関を動かす必要があり、その入口が資格審査です。
申立ての前提となる資格審査
労働組合は、労働委員会に証拠を提出して、労働組合法第2条および第5条第2項の規定に適合することを立証しなければ、労働組合法に規定する手続に参与する資格を有しないとされています(労働組合法 第5条第1項)。地域的拡張適用の申立ても労働組合法に定められた手続ですから、申立てを行う労働組合は、この資格審査を通っている必要があります。
資格審査を行う労働委員会は、当該労働組合が参与しようとする手続について管轄権を有する労働委員会とされています(労働組合法施行令 第1条)。地域的拡張適用の申立てであれば、その事案の決議を行う労働委員会が窓口になるという整理です。
第2条が求める自主性の要件
資格審査の一つ目の軸が、労働組合法上の労働組合に当たるかどうかです。労働組合とは、労働者が主体となって自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体またはその連合団体をいいます(労働組合法 第2条)。ただし、使用者の利益を代表する者の参加を許すもの、団体の運営のための経費の支出につき使用者の経理上の援助を受けるもの、共済事業その他福利事業のみを目的とするもの、主として政治運動または社会運動を目的とするものは除かれます(労働組合法 第2条第1号から第4号まで)。
第5条第2項が求める規約の記載事項
二つ目の軸が、組合規約の内容です。労働組合の規約には、名称、主たる事務所の所在地、組合員の均等待遇、人種・宗教・性別・門地・身分による組合員資格の剥奪の禁止、役員の直接無記名投票による選挙、毎年1回以上の総会開催、会計報告の公表、同盟罷業の開始手続、規約改正の手続に関する規定を含まなければなりません(労働組合法 第5条第2項第1号から第9号まで)。
規約の整備が済んでいなければ、拡張適用の申立て以前の段階でつまずくことになります。設立から資格審査までの一連の流れは、次の記事でも整理しています。
関連コラム労働組合の設立手続き|結成から資格審査・法人登記までの流れ▸
会計報告と会計監査人の証明
資格審査の要件のうち、単組の役員が最も対応に迷いやすいのが会計に関する規定です。条文は、すべての財源および使途、主要な寄附者の氏名ならびに現在の経理状況を示す会計報告を、組合員によって委嘱された職業的に資格がある会計監査人による正確であることの証明書とともに、少なくとも毎年1回組合員に公表することを、規約に定めるよう求めています(労働組合法 第5条第2項第7号)。
つまり、地域的拡張適用の申立てを視野に入れる労働組合は、会計報告と証明書の体制を先に整えておく必要があります。会計監査が形式的な組合内部の点検にとどまっていると、資格審査の段階で規定への適合を立証しきれず、申立てに進めないおそれがあります。
なお、労働委員会の証明を受けた労働組合は、主たる事務所の所在地において登記することによって法人となります(労働組合法 第11条第1項)。法人格の取得と拡張適用の申立ては別の手続ですが、いずれも資格審査を共通の入口としている点は同じです。職業的に資格がある会計監査人の範囲については、次の記事で詳しく整理しています。
関連コラム「職業的に資格がある会計監査人」とは|労働組合法第5条の要件▸
まとめ
労働協約の地域的拡張適用は、一の地域で従業する同種の労働者の大部分に一つの労働協約が及んでいることを前提に、当事者の申立て、労働委員会の決議、厚生労働大臣または都道府県知事の決定、そして公告という手続を経て効力が生じる制度です(労働組合法 第18条第1項から第3項まで)。決議・決定の主体は、対象地域が一の都道府県内か、二以上の都道府県にわたるかによって分かれます(労働組合法施行令 第15条)。
制度を使う側から見ると、条文の要件を満たす資料をそろえることに加えて、申立ての主体である労働組合自身が労働委員会の資格審査を通っていることが不可欠です(労働組合法 第5条第1項)。その資格審査では、規約に会計報告と会計監査人の証明に関する規定を置き、実際に運用していることが求められます(労働組合法 第5条第2項第7号)。地域的な労働条件の底上げを目指すのであれば、日々の会計体制の整備がその土台になります。
参考文献
よくある質問
地域的拡張適用は労働組合が単独で申し立てられますか
申し立てられます。条文は、当該労働協約の当事者の双方または一方の申立てに基づき、と定めています(労働組合法 第18条第1項)。したがって、使用者側の同意がなくても、労働協約の当事者である労働組合が単独で申立てを行うことは可能です。ただし、申立てを行う労働組合が労働組合法に規定する手続に参与する資格を有していることが前提になります(労働組合法 第5条第1項)。
同種の労働者の大部分とは何割を指しますか
条文に数値基準はありません。工場事業場単位の一般的拘束力が四分の三以上という数値を明示しているのに対し(労働組合法 第17条)、地域的拡張適用は「大部分」という要件にとどまっています(労働組合法 第18条第1項)。そのため、対象地域の設定、同種の労働者の範囲、協約の適用を受けている労働者の割合を、客観的な資料で示すことが実務上の課題になります。
申立てた労働協約はそのままの内容で拡張適用されますか
必ずしもそのままとは限りません。労働委員会は、決議をする場合において、当該労働協約に不適当な部分があると認めたときは、これを修正することができます(労働組合法 第18条第2項)。拡張適用の対象となるのは、この修正を含んだ労働協約です(労働組合法 第18条第1項)。
拡張適用の決定はどのように知らされますか
公告によって行われます(労働組合法 第18条第3項)。協約の当事者ではない労働者と使用者に効力が及ぶため、決定の内容を広く知らせる手続が置かれています。どの範囲の労働者と使用者に、どの条項が適用されるのかは、公告された決定の内容で確認します。
拡張適用の申立てのために会計監査を整える必要はありますか
整えておくことをおすすめします。申立てには労働委員会の資格審査を経ていることが前提となり(労働組合法 第5条第1項)、その審査では、会計報告を職業的に資格がある会計監査人による正確であることの証明書とともに少なくとも毎年1回組合員に公表する旨が規約に定められていることが求められます(労働組合法 第5条第2項第7号)。会計体制の整備には時間がかかるため、申立てを検討し始めた段階で着手するのが安全です。
対象地域の設定や資格審査に向けた会計体制の整備は、組合の規模や業種によって進め方が変わります。具体的なケースは公認会計士へのご相談をおすすめします。
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