1株当たり当期純利益(EPS:Earnings Per Share)は、普通株主に帰属する一会計期間の成果を1株あたりで示す指標です。企業会計基準第2号「1株当たり当期純利益に関する会計基準」は、この基本EPSと、潜在株式の希薄化を織り込んだ潜在株式調整後1株当たり当期純利益(希薄化EPS)の算定方法を定めています。上場準備企業にとっては、公開価格の算定や投資家への説明の基礎となる重要な数値です。本記事では、算式・潜在株式の扱い・希薄化効果の判定・実務上の落とし穴を、原典に沿って整理します。
企業会計基準委員会 企業会計基準第2号 1株当たり当期純利益に関する会計基準
1株当たり当期純利益(EPS)とは
1株当たり当期純利益とは、普通株式に係る当期純利益を普通株式の期中平均株式数で除して算定する指標です。企業の成果を1株という共通の単位に落とし込むことで、同一企業の時系列比較や他企業との企業間比較を可能にし、投資家の的確な投資判断に資する情報を提供することを目的としています。基準では、利益だけでなく損失の場合も同様に「1株当たり当期純損失」を算定するものとされています。
本会計基準は、財務諸表においてEPSまたは希薄化EPSを開示するすべての場合に適用されます。連結財務諸表では、分子となる当期純利益は親会社株主に帰属する当期純利益を用います。なお本会計基準は開示項目としての算定方法を定めたものであり、損益計算書上の当期純利益の算定そのもの、すなわち会計処理に影響を与えるものではない点に留意が必要です。
基本EPSの算式
基本となる1株当たり当期純利益は、分子に「普通株式に係る当期純利益」、分母に「普通株式の期中平均株式数」を置いて算定します。分子は損益計算書上の当期純利益から、優先配当額など普通株主に帰属しない金額を控除して求めます。分母は期中平均発行済株式数から期中平均自己株式数を控除した数です。
普通株主に帰属しない金額に含まれる優先配当額は、累積型配当優先株式では算定対象期間に係る要支払額、非累積型配当優先株式では算定対象期間に基準日が属する剰余金の配当を基礎として算定した額とされています。実務では、種類株式を発行しているスタートアップやIPO準備企業で、この優先配当額の控除漏れが基本EPSを過大に見せてしまう論点になりやすい点に注意が必要です。
希薄化EPS(潜在株式調整後1株当たり当期純利益)
潜在株式調整後1株当たり当期純利益(希薄化EPS)は、新株予約権や転換証券などの潜在株式がすべて権利行使されたと仮定した場合のEPSです。潜在株式に係る権利の行使を仮定して算定したEPSが基本EPSを下回る場合に、その潜在株式は「希薄化効果を有する」ものとされ、希薄化EPSの算定に取り込みます。分子には当期純利益調整額を加え、分母には権利行使を仮定したことによる普通株式増加数を加えます。
潜在株式が複数存在する場合は、最大希薄化効果を反映した潜在株式調整後1株当たり当期純利益を算定します。潜在株式調整後の指標は、将来の潜在的な変動性を示す警告指標ではなく、あくまで過去の情報として時系列比較などに役立てる位置づけである点も、基準が明確にしている考え方です。
潜在株式の種類と希薄化効果の判定
基準は潜在株式の代表例として、ワラントと転換証券を挙げています。ワラントには新株予約権が、転換証券には新株予約権付社債や一定の取得請求権付株式が含まれます。それぞれ希薄化効果の判定方法と、普通株式増加数・当期純利益調整額の算定方法が異なります。
| 潜在株式の種類 | 内容と希薄化効果の判定 |
|---|---|
| ワラント(新株予約権など) | 普通株式の期中平均株価が行使価格を上回る場合に、すべて行使されたと仮定したEPSが基本EPSを下回るため希薄化効果を有する。行使を仮定して発行される株式数から、期中平均株価で買い受けたと仮定した株式数を差し引いて普通株式増加数を算定する。 |
| 転換証券(新株予約権付社債・取得請求権付株式など) | 当期純利益を普通株式増加数で除した増加1株当たりの調整額を、基本EPSが上回る場合に希薄化効果を有する。転換を仮定した株式数を分母に加え、支払利息の税引後相当額などを分子の当期純利益調整額に加える。 |
希薄化効果を有しない潜在株式は算定に取り込みません。次の場合は、その旨を開示したうえで、潜在株式調整後1株当たり当期純利益の開示自体を行わないものとされています。すなわち、(1)潜在株式が存在しない場合、(2)潜在株式が存在しても希薄化効果を有しない場合、(3)1株当たり当期純損失の場合です。実務では、権利行使価格が期中平均株価を上回るアウト・オブ・ザ・マネーの新株予約権は希薄化効果を持たず算定から除外される、いわゆる逆希薄化の論点を取り違えやすいため注意が必要です。
株式併合・株式分割が行われた場合
当期に株式併合または株式分割が行われた場合、EPSの算定上、普通株式の期中平均株式数は、表示する財務諸表のうち最も古い期間の期首に当該株式併合または株式分割が行われたと仮定して算定します。貸借対照表日後にこれらが行われた場合も同様に仮定します。潜在株式調整後の普通株式増加数についても、同じ仮定を置いて算定します。これは、株式数の変動が資本の実質に影響を与えない事象について、期間比較の連続性を保つための取扱いです。
上場準備の過程では、上場前に無償割当てや株式分割で発行済株式数を調整するケースが多く、EPSの遡及的な換算を誤ると過年度との比較可能性が損なわれます。表示するすべての期間で同一の株式数ベースに揃える点を、監査対応の早い段階で確認しておくことが実務上のポイントです。
適用時期と改正の経緯
本会計基準は、平成13年の商法改正で自己株式の取得・保有規制の見直しや新株予約権・新株予約権付社債の導入が行われたことなどを契機に、平成14年(2002年)9月に公表されました。その後、平成18年(2006年)に会社法の施行等に伴う改正、平成22年(2010年)改正は平成23年(2011年)4月1日以後開始する事業年度から適用され、さらに平成25年(2013年)改正では連結財務諸表に関する会計基準の表示方法に係る事項の見直しが反映されています。これらの改正はいずれもすでに適用されており、現在は最新改正までを織り込んだ内容で運用されています。
本会計基準を適用する際には、算定の具体的な指針を定めた企業会計基準適用指針第4号「1株当たり当期純利益に関する会計基準の適用指針」もあわせて参照する必要があります。
上場準備で押さえたい実務ポイント
上場準備企業でEPSが論点になりやすいのは、潜在株式の網羅性です。役職員に付与したストック・オプション(新株予約権)や、資金調達で発行した新株予約権付社債は、いずれも希薄化EPSの算定対象になり得ます。付与・発行の都度、行使価格や条件を一覧化し、期中平均株価との比較で希薄化効果の有無を判定する運用を整えておくと、決算開示での漏れを防げます。
また、当期純損失の期は希薄化EPSを開示しないため、赤字期を含む複数期を並べる目論見書や有価証券報告書では、期ごとに開示の有無が変わる点をあらかじめ関係者と共有しておくとよいでしょう。EPSは公開価格の算定にも用いられるため、優先配当額の控除や自己株式の期中平均の扱いを正確に押さえることが、投資家への説明の説得力にもつながります。
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まとめ
1株当たり当期純利益(EPS)は、普通株式に係る当期純利益を普通株式の期中平均株式数で除して算定し、潜在株式の希薄化を織り込んだ希薄化EPSとあわせて、投資家の投資判断に資する情報として開示されます。企業会計基準第2号は基本EPSと希薄化EPSの算定方法を定め、平成25年改正までの内容ですでに適用されています。上場準備企業では、優先配当額の控除、潜在株式の網羅的な把握と希薄化効果の判定、株式併合・分割時の遡及換算が実務の要点となります。具体的なケースは公認会計士へのご相談をおすすめします。
参考文献
よくある質問(FAQ)
基本EPSと希薄化EPSはどう違いますか。
基本EPSは普通株式に係る当期純利益を普通株式の期中平均株式数で除した指標です。希薄化EPS(潜在株式調整後1株当たり当期純利益)は、新株予約権や転換証券などの潜在株式がすべて権利行使されたと仮定し、その希薄化効果を織り込んで算定した指標で、通常は基本EPSより小さくなります。
希薄化EPSを開示しなくてよいのはどのような場合ですか。
(1)潜在株式が存在しない場合、(2)潜在株式は存在しても希薄化効果を有しない場合、(3)1株当たり当期純損失の場合には、その旨を開示したうえで潜在株式調整後1株当たり当期純利益の開示を行わないものとされています。
この会計基準はいつから適用されていますか。
企業会計基準第2号は平成14年(2002年)9月に公表され、その後平成18年・平成22年・平成25年の改正を経て、いずれもすでに適用されています。適用にあたっては企業会計基準適用指針第4号もあわせて参照します。
株式分割を行うとEPSはどう扱いますか。
当期に株式分割や株式併合を行った場合は、表示する財務諸表のうち最も古い期間の期首にその事象が行われたと仮定して株式数を算定します。これにより過年度との比較可能性が保たれます。上場前の株式分割では遡及換算の漏れに注意が必要です。
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