労働組合の会計監査を外部の公認会計士へ依頼するとき、最初に気になるのが報酬の水準です。ところが、労働組合の会計監査の報酬について、国や公的機関が「相場表」を公表している事実はありません。金額は組合の規模や会計の整い方によって幅があり、同じ規模でも条件が違えば見積りは変わります。
この記事では、労働組合法が求める監査の中身から逆算して、報酬がどのような仕組みで決まるのか、そして見積りを取る前に何を整えておくと費用を抑えられるのかを、公認会計士事務所の実務目線で整理します。
労働組合の会計監査の報酬相場は公表されていない
結論から書くと、労働組合の会計監査(会計監査人による証明)について、公的機関が金額の相場を示した統計は公表されていません。したがって「単組ならいくら」と一律に言い切れる数字は存在せず、金額は個別見積りで決まります。
報酬の性質そのものは法律に位置づけがあります。公認会計士は、他人の求めに応じ報酬を得て、財務書類の監査又は証明をすることを業とするとされており(公認会計士法 第2条第1項)、労働組合から依頼を受けて行う会計証明も、この業務として報酬を得て提供されるものです。
参考になる公的な統計としては、日本公認会計士協会が、会員から提出された監査概要書などをもとに、監査に関与する者の人数・監査時間・監査報酬額を取りまとめた調査を毎年公表しています。これは会社等の監査を対象とした集計であり、労働組合の会計証明の相場を示すものではありません。ただし、公認会計士の監査報酬が「関与する人数」と「監査時間」と結び付けて把握される性質のものである点は、労働組合の場合も変わりません。
実務でも、労働組合の会計監査の見積りは、必要な手続を洗い出して所要時間を積み上げ、そこに時間単価を掛けて算定するのが一般的です。つまり報酬を左右するのは「工数」であり、工数を決めるのは組合側の状況です。
報酬の対象になる監査の範囲
費用の話をする前提として、労働組合の会計監査が何を求められているのかを押さえておく必要があります。ここが曖昧なまま見積りを取ると、事務所ごとに前提が違って比較できなくなります。
労働組合法が規約に求める会計報告と証明書
労働組合の規約には、すべての財源及び使途、主要な寄附者の氏名並びに現在の経理状況を示す会計報告を、組合員によって委嘱された職業的に資格がある会計監査人による正確であることの証明書とともに、少なくとも毎年1回組合員に公表する旨の規定を含めなければならないとされています(労働組合法 第5条第2項第7号)。
この規定が示すとおり、証明の対象は決算書の一部ではなく、財源・使途・主要な寄附者・経理状況を示す会計報告の全体です。一般会計のほかに特別会計や共済関係の会計を持つ組合では、その分だけ確かめる範囲が広がります。
証明書が必要になる場面
労働組合は、労働委員会に証拠を提出して法第2条および第5条第2項の規定に適合することを立証しなければ、労働組合法に規定する手続に参与する資格を持たず、同法に規定する救済も与えられません(労働組合法 第5条第1項)。この資格審査は、中央労働委員会の案内によれば、不当労働行為の救済申立て、労働委員会の労働者委員候補者の推薦、法人登記のための資格証明書の交付などの場面で必要になります。
また、法人格を得る場合も同様です。労働組合法の規定に適合する旨の労働委員会の証明を受けた労働組合は、その主たる事務所の所在地において登記することによって法人となります(労働組合法 第11条第1項)。法人登記や資格審査を予定している組合は、そこから逆算して会計監査のスケジュールと予算を組むことになります。
関連コラム労働組合の法人登記の手順|資格審査と登記事項・必要書類▸
証明できるのは公認会計士と監査法人
「職業的に資格がある会計監査人」に該当する者の範囲については行政解釈が示されており、公認会計士法に規定する公認会計士および監査法人、ならびに信託業法に規定する信託会社が該当するとされています。かつて存在した計理士は、制度の廃止により該当しないものとされています。
つまり、組合内部の会計監査委員による点検は運営上重要ですが、それだけでは規約が求める証明書にはなりません。外部への報酬支払いが前提になるのは、この資格要件があるためです。
関連コラム「職業的に資格がある会計監査人」とは|労働組合法第5条の要件▸
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報酬を左右する5つの要因
工数は、次のような要因の組み合わせで決まります。見積りに幅が出るのは、組合ごとにこれらの条件が大きく異なるためです。
| 財政規模と 取引の件数 |
収入・支出の総額そのものよりも、確かめるべき取引の件数と種類が工数を決めます。組合費の徴収方法が一本化されているか、現金取引がどの程度あるかで手続量が変わります。 |
|---|---|
| 会計単位と 特別会計の数 |
一般会計に加えて、闘争資金、共済、レクリエーションなどの特別会計を持つ場合、会計単位ごとに残高と収支を確かめる必要があり、その分だけ時間が増えます。 |
| 支部・下部組織の 数と往査先 |
支部や分会が各地にあり、それぞれが独自に現金や預金を管理している場合、往査先が増えて移動時間も発生します。本部で一元管理されている組合より工数は大きくなります。 |
| 帳簿と証憑の 整備状況 |
会計帳簿、預金通帳、領収書、総会議事録などが揃っていて突合できる状態かどうかが、実務では最も報酬に響きます。資料の探索に時間がかかると、その分が工数に反映されます。 |
| 依頼する時期と 報告書の提出期限 |
総会や資格審査の日程が迫っていて短期集中の対応が必要な場合、体制の確保に制約が生じます。年間スケジュールに余裕を持たせるほど、無理のない見積りになります。 |
ここで挙げた要因は、いずれも「監査人が確かめなければならない範囲」を広げるものです。逆に言えば、この範囲を組合側の準備で狭められれば、報酬も抑えられます。
見積り依頼の前に整えておく情報
正確な見積りを受け取るには、監査人が工数を判断できる材料を先に渡すことが近道です。情報が足りないと、事務所側は不確実性を織り込んだ厚めの金額を提示せざるを得ません。
| 提示する情報 | 見積りに与える影響 |
|---|---|
| 組合規約と組合員数 | 会計報告の公表方法や総会の時期が分かり、作業時期の設計ができます |
| 直近の決算書と予算書 | 会計単位の数と収支の構造が分かり、必要な手続の見当がつきます |
| 会計単位の一覧 | 一般会計と特別会計の別、それぞれの規模が分かります |
| 支部・分会の一覧と経理の所在 | 往査先の数と移動の要否が確定します |
| 証明書が必要な時期と用途 | 法人登記や資格審査の期限から逆算した日程が組めます |
| 会計処理の担当体制 | 質問対応や資料提出の速度が見込め、余裕分の見積りを圧縮できます |
特に「証明書を何に使うのか」は必ず伝えてください。用途によって必要な時期が変わり、時期が変われば体制の組み方も変わります。
報酬を抑えるための実務ポイント
費用の削減は、単価の値引き交渉ではなく工数の削減で実現するのが本筋です。実務では、次の取り組みが効きます。
- 会計資料を通年で整える。証憑を月次で綴じ、帳簿と預金残高を毎月照合しておけば、監査時の確認作業が短縮されます。
- 現金取引を減らす。組合費の口座振替や振込への一本化は、確かめるべき取引の性質を単純にします。
- 会計単位を整理する。実質的に稼働していない特別会計が残っていれば、総会の決議を経て統合や廃止を検討します。
- 支部の経理を標準化する。様式と締め日を揃え、本部で集約する仕組みにすると、往査の負担が下がります。
- 依頼を早める。総会の直前ではなく、決算期の前から相談しておくと、日程の選択肢が広がります。
- 複数年で継続を前提にする。初年度は組合の実態把握に時間がかかりますが、次年度以降は前年の理解を引き継げます。
会計監査の進め方そのものを把握しておくと、どの作業が工数になるのかが具体的に見えます。
関連コラム労働組合の会計監査のやり方|進め方・必要書類と年間スケジュール▸
複数の見積りを比べるときの着眼点
金額だけを並べると、前提の違いを見落とします。比較するときは、次の点が各見積りで揃っているかを確認してください。
- 対象となる会計の範囲。一般会計だけか、特別会計まで含むか。
- 往査の回数と場所。本部のみか、支部の往査を含むか。旅費が別途かどうか。
- 成果物。会計報告に添付する証明書のほか、報告書や指摘事項の一覧が含まれるか。
- 提出時期。総会や資格審査の期限に間に合う日程が明記されているか。
- 追加費用の条件。資料の追加提出や範囲の拡大が生じた場合の扱いが書かれているか。
安い見積りが、対象範囲を絞った前提で作られていることは珍しくありません。範囲と成果物を揃えて初めて、金額の比較が意味を持ちます。
まとめ
労働組合の会計監査の報酬には、公的に示された相場はありません。金額は、労働組合法第5条第2項第7号が求める会計報告の範囲を確かめるために必要な工数から積み上がり、その工数は財政規模、会計単位の数、支部の所在、帳簿と証憑の整備状況、依頼の時期によって決まります。
費用を抑えたいときは、単価を値切るのではなく、通年の会計整備と会計単位の整理によって確かめるべき範囲を小さくすることが有効です。見積りを取る際は、規約・決算書・会計単位の一覧・証明書の用途をあらかじめ揃えて渡し、複数の事務所を比べるときは対象範囲と成果物を揃えて比較してください。
会計監査の要否や必要な範囲、そこから導かれる費用は組合ごとの個別性が高い事項です。具体的なケースは公認会計士へのご相談をおすすめします。
労働組合監査の無料見積り・ご相談はこちら ▸参考文献
- e-Gov法令検索 労働組合法
- e-Gov法令検索 公認会計士法
- 中央労働委員会 労働組合の資格審査について
- 厚生労働省 職業的に資格がある会計監査人に該当する者の範囲
- 日本公認会計士協会 監査実施状況調査(2024年度)
よくある質問
労働組合の会計監査の費用に決まった相場はありますか
公的機関が労働組合の会計監査の報酬相場を示した統計は公表されていません。報酬は、確かめるべき会計の範囲から必要な工数を見積もって算定されるため、組合の規模、会計単位の数、支部の所在、帳簿の整備状況によって幅が出ます。金額は個別の見積りで確認してください。
報酬はどのように計算されるのですか
実務では、必要な監査手続を洗い出して所要時間を積み上げ、関与する人員の時間単価を掛けて算定します。公認会計士は、他人の求めに応じ報酬を得て財務書類の監査又は証明をすることを業とするとされており(公認会計士法 第2条第1項)、労働組合から依頼を受けて行う会計証明もこの業務として提供されます。
組合内部の会計監査委員が監査すれば費用はかかりませんか
内部の点検だけでは、規約に定めるべき証明書の要件を満たしません。会計報告は、組合員によって委嘱された職業的に資格がある会計監査人による正確であることの証明書とともに、少なくとも毎年1回組合員に公表することとされています(労働組合法 第5条第2項第7号)。この会計監査人には公認会計士および監査法人などが該当するとされているため、外部への依頼が前提になります。
費用を抑えるために組合側でできることはありますか
会計資料を通年で整えること、現金取引を減らすこと、稼働していない特別会計を整理すること、支部の経理様式を標準化することが有効です。いずれも監査人が確かめる範囲や資料の探索時間を減らす取り組みで、単価の交渉よりも効果があります。
法人登記を予定していますが、いつまでに監査を終えるべきですか
労働組合は、労働組合法の規定に適合する旨の労働委員会の証明を受けたうえで、主たる事務所の所在地において登記することによって法人となります(労働組合法 第11条第1項)。資格審査では法第2条および第5条第2項への適合が問われるため(労働組合法 第5条第1項)、審査の申請時期から逆算して、会計報告と証明書が揃う日程を組む必要があります。