原価計算基準は、製造原価をどのように計算し、財務諸表にどう結びつけるかを定めた実践規範です。1962年(昭和37年)に企業会計審議会の中間報告として公表されて以来、改正は行われておらず、現在も日本の原価計算制度の拠りどころとして用いられています。
製造業や上場準備企業の経理部門では、監査対応や内部統制の整備の過程で「自社の原価計算は原価計算基準に沿っているか」を問われる場面が少なくありません。原価計算は管理会計の道具と受け取られがちですが、原価計算基準が定める原価計算制度は、財務諸表に計上される製造原価・棚卸資産・売上原価を確定させるための計算体系そのものです。
本記事では、原価計算基準の目的と原価計算制度の体系、原価の本質と分類、非原価項目、実際原価計算と標準原価計算の使い分け、そして実務で判断を迷いやすい原価差異の会計処理までを、条項番号と仕訳例を示しながら整理します。
原価計算基準の概要と現在の位置づけ
公表の経緯と改正の有無
原価計算基準は、昭和37年11月8日に大蔵省企業会計審議会の中間報告として公表されました(原価計算基準の設定について)。企業会計審議会は現在、金融庁に設置されている審議会です。公表後、原価計算基準そのものの改正は行われておらず、公表時の本文がそのまま現行の基準として維持されています。
原価計算基準が設定された背景には、原価計算に与えられる目的が単一でなくなったという事情があります。従来の原価計算は財務諸表作成と価格計算のための資料提供を主たる任務としてきましたが、経営管理のため、とくに業務計画および原価管理に役立つための原価計算への要請が強まったため、これらの諸目的を調整して原価計算を制度化する必要が生じたとされています(原価計算基準の設定について)。
また、原価計算基準は、個々の企業の原価計算手続を画一に規定するものではなく、企業が有効な原価計算手続を規定し実施するための基本的なわくを明らかにしたものと位置づけられています。したがって企業は、この基準が弾力性をもつことを理解したうえで、業種・経営規模その他の条件に応じて実情に即するように適用すべきものとされています(原価計算基準の設定について)。実務で「基準どおりの手続が一通りに決まっているわけではない」と説明されるのは、この弾力性に由来します。
原価計算基準が定める5つの目的
原価計算には各種の異なる目的が与えられますが、原価計算基準は主たる目的として次の5つを掲げています(原価計算基準 1)。このうち第一に挙げられているのが財務諸表作成目的である点は、原価計算基準を理解するうえで重要です。
| 財務諸表作成目的 | 企業の出資者、債権者、経営者等のために、過去の一定期間における損益ならびに期末における財政状態を財務諸表に表示するために必要な真実の原価を集計すること |
|---|---|
| 価格計算目的 | 価格計算に必要な原価資料を提供すること |
| 原価管理目的 | 経営管理者の各階層に対して、原価管理に必要な原価資料を提供すること |
| 予算管理目的 | 予算の編成ならびに予算統制のために必要な原価資料を提供すること |
| 基本計画設定目的 | 経営の基本計画を設定するに当たり、これに必要な原価情報を提供すること |
ここでいう原価管理とは、原価の標準を設定してこれを指示し、原価の実際の発生額を計算記録し、これを標準と比較して、その差異の原因を分析し、これに関する資料を経営管理者に報告し、原価能率を増進する措置を講ずることをいいます(原価計算基準 1(三))。単に原価を集計することではなく、標準との差異分析と報告までを含む一連の活動を指している点が特徴です。
原価計算制度と特殊原価調査の区別
原価計算基準において原価計算とは、制度としての原価計算をいいます。原価計算制度は、財務諸表の作成、原価管理、予算統制等の異なる目的が、重点の相違はあるが相ともに達成されるべき一定の計算秩序であり、財務会計機構と有機的に結びつき常時継続的に行なわれる計算体系です。原価計算制度は、この意味で原価会計にほかならないとされています(原価計算基準 2)。
一方で、経営の基本計画や予算編成における選択的事項の決定に必要な特殊の原価、たとえば差額原価、機会原価、付加原価等を随時に統計的・技術的に調査測定することも、広い意味での原価の計算には含まれます。しかしこうした特殊原価調査は、制度としての原価計算の範囲外に属するものとして、原価計算基準には含められていません(原価計算基準 2)。
この区別は実務上の意味が大きく、勘定組織に組み込まれ常時継続的に行われる計算だけが原価計算制度に当たります。意思決定のために都度実施する採算計算は、有用ではあっても原価計算基準が規律する制度としての原価計算ではありません。
原価計算制度は、大別して実際原価計算制度と標準原価計算制度とに分類されます。企業がこの基準にのっとって原価計算を実施するに当たっては、いずれかを、当該企業が原価計算を行なう目的の重点その他企業の個々の条件に応じて適用するものとされています(原価計算基準 2)。
原価の本質と原価計算基準における諸概念
原価が満たすべき4つの要件
原価計算制度において原価とは、経営における一定の給付にかかわらせて把握された財貨または用役の消費を、貨幣価値的に表わしたものをいいます。そのうえで、原価は次の4つの性質を備えるものとされています(原価計算基準 3)。
| 経済価値の消費 | 原価は、一定の財貨を作り出すために必要な財貨すなわち経済価値を消費する過程における価値の消費を意味する |
|---|---|
| 給付への転嫁 | 原価は、経営において作り出された一定の給付に転嫁される価値であり、その給付にかかわらせて把握されたものである |
| 経営目的への関連 | 原価は、財貨の生産・販売に関して消費された経済価値であり、経営目的に関連しない価値の消費を含まない |
| 正常性 | 原価は、正常な状態のもとにおける経営活動を前提として把握された価値の消費であり、異常な状態を原因とする価値の減少を含まない |
財務活動は、財貨の生成および消費の過程たる経営過程以外の、資本の調達、返還、利益処分等の活動であり、これに関する費用たるいわゆる財務費用は、原則として原価を構成しません(原価計算基準 3(三))。支払利息を製造原価に含めるかどうかで迷う場面がありますが、原価計算基準の枠組みでは原則として原価を構成しないと整理されています。
実際原価と標準原価
原価は、その消費量および価格の算定基準を異にするにしたがって、実際原価と標準原価とに区別されます(原価計算基準 4(一))。
実際原価とは、財貨の実際消費量をもって計算した原価をいいます。ただしその実際消費量は経営の正常な状態を前提とするものであり、異常な状態を原因とする異常な消費量は、実際原価の計算においても実際消費量と解さないものとされています。また実際原価は、厳密には実際の取得価格をもって計算した原価の実際発生額ですが、原価を予定価格等をもって計算しても、消費量を実際によって計算する限り、それは実際原価の計算です(原価計算基準 4(一)1)。
この点は実務で誤解が生じやすい箇所です。予定価格を使っているから標準原価計算だ、という理解は正しくありません。消費量を実際で把握している限り、それは実際原価計算制度の枠内にあります。
標準原価とは、財貨の消費量を科学的、統計的調査に基づいて能率の尺度となるように予定し、かつ、予定価格または正常価格をもって計算した原価をいいます。標準原価計算制度において用いられる標準原価は、現実的標準原価または正常原価です(原価計算基準 4(一)2)。技術的に達成可能な最大操業度のもとにおける最低の原価である理想標準原価は、原価管理のために用いられることがあっても、この基準にいう制度としての標準原価ではありません(原価計算基準 4(一)2)。
製品原価と期間原価、全部原価と部分原価
原価は、財務諸表上収益との対応関係に基づいて、製品原価と期間原価とに区別されます。製品原価とは一定単位の製品に集計された原価をいい、期間原価とは一定期間における発生額を当期の収益に直接対応させて把握した原価をいいます。両者の範囲の区別は相対的ですが、通常、売上品およびたな卸資産の価額を構成する全部の製造原価を製品原価とし、販売費および一般管理費はこれを期間原価とします(原価計算基準 4(二))。
また原価は、集計される原価の範囲によって全部原価と部分原価とに区別されます。最も重要な部分原価は、変動直接費および変動間接費のみを集計した直接原価(変動原価)です(原価計算基準 4(三))。直接原価計算を採用する場合であっても、会計年度末においては、当該会計期間に発生した固定費額を期末の仕掛品および製品と当年度の売上品とに配賦することとされています(原価計算基準 30)。財務諸表は全部原価を前提に作られるという整理です。
非原価項目の範囲
非原価項目とは、原価計算制度において原価に算入しない項目をいい、おおむね次の4区分に整理されています(原価計算基準 5)。
| 経営目的に関連しない 価値の減少 |
投資資産たる不動産・有価証券・貸付金等、未稼動の固定資産、長期にわたり休止している設備に関する減価償却費・管理費・租税等、経営目的に関連しない寄付金等の支出、支払利息・割引料・社債発行費償却等の財務費用、有価証券の評価損および売却損 |
|---|---|
| 異常な状態を原因とする 価値の減少 |
異常な仕損・減損・たな卸減耗等、火災・震災・風水害・盗難・争議等の偶発的事故による損失、予期し得ない陳腐化等による臨時償却費、延滞償金・違約金・罰課金・損害賠償金、偶発債務損失、訴訟費、臨時多額の退職手当、固定資産売却損および除却損、異常な貸倒損失 |
| 税法上とくに認められている 損金算入項目 |
価格変動準備金繰入額、租税特別措置法による償却額のうち通常の償却範囲額をこえる額 |
| その他の利益剰余金に 課する項目 |
法人税・所得税・都道府県民税・市町村民税、配当金、役員賞与金、任意積立金繰入額、建設利息償却 |
実務では、災害による棚卸資産の廃棄損や、稼動していない設備の減価償却費を製造原価に含めてしまう誤りが起こりがちです。非原価項目に該当するものを製造原価に取り込むと、製品原価と期末棚卸資産の金額が過大になり、損益計算書の区分も誤ることになります。
製造原価要素の分類基準
原価要素は、まず製造原価要素と販売費および一般管理費の要素に分類されます。そのうえで、製造原価要素を分類する基準として5つの視点が示されています(原価計算基準 8)。
| 形態別分類 | 財務会計における費用の発生を基礎とする分類であり、材料費・労務費・経費に分類する |
|---|---|
| 機能別分類 | 原価が経営上いかなる機能のために発生したかによる分類であり、材料費を主要材料費・補助材料費等に、賃金を直接賃金・間接作業賃金等に分類する |
| 製品との関連における分類 | 原価の発生が一定単位の製品の生成に関して直接的に認識されるかどうかによる分類であり、直接費と間接費に分類する |
| 操業度との関連における分類 | 操業度の増減に対する原価発生の態様による分類であり、固定費と変動費に分類する |
| 原価の管理可能性に 基づく分類 |
原価の発生が一定の管理者層によって管理しうるかどうかによる分類であり、管理可能費と管理不能費に分類する |
形態別分類が財務会計との接点になる理由
材料費とは物品の消費によって生ずる原価をいい、素材費(原料費)、買入部品費、燃料費、工場消耗品費、消耗工具器具備品費に細分されます。労務費とは労働用役の消費によって生ずる原価をいい、賃金、給料、雑給、従業員賞与手当、退職給与引当金繰入額、福利費に細分されます。経費とは材料費・労務費以外の原価要素をいい、減価償却費、たな卸減耗費、福利施設負担額、賃借料、修繕料、電力料、旅費交通費等の諸支払経費に細分されます(原価計算基準 8(一))。
原価要素の形態別分類は財務会計における費用の発生を基礎とする分類であるため、原価計算は財務会計から原価に関するこの形態別分類による基礎資料を受け取り、これに基づいて原価を計算します。この意味でこの分類は原価に関する基礎的分類であり、原価計算と財務会計との関連上重要であるとされています(原価計算基準 8(一))。原価計算システムが総勘定元帳と切り離されて運用されている企業では、この接続が弱くなりがちで、監査上も論点になりやすい部分です。
直接費と間接費、固定費と変動費
直接費は直接材料費、直接労務費および直接経費に分類し、間接費は間接材料費、間接労務費および間接経費に分類して、さらに適当に細分します。必要ある場合には、直接労務費と製造間接費とを合わせ、または直接材料費以外の原価要素を総括して、これを加工費として分類することができます(原価計算基準 8(三))。
操業度との関連における分類では、固定費とは操業度の増減にかかわらず変化しない原価要素をいい、変動費とは操業度の増減に応じて比例的に増減する原価要素をいいます。ある範囲内の操業度の変化では固定的でありこれをこえると急増する原価要素や、操業度が零の場合にも一定額が発生し同時に操業度の増加に応じて比例的に増加する原価要素は、準固定費または準変動費と名づけられ、固定費と変動費のいずれかに帰属させるか、固定費の部分と変動費の部分とに分解します(原価計算基準 8(四))。
実際原価計算の3つの計算段階
実際原価の計算においては、製造原価は原則として、その実際発生額を、まず費目別に計算し、次いで原価部門別に計算し、最後に製品別に集計します。販売費および一般管理費は、原則として一定期間における実際発生額を費目別に計算します(原価計算基準 7)。この3段階が実際原価計算の骨格です。
第一次の計算段階:費目別計算
原価の費目別計算とは、一定期間における原価要素を費目別に分類測定する手続をいい、財務会計における費用計算であると同時に、原価計算における第一次の計算段階です(原価計算基準 9)。
材料費については、直接材料費、補助材料費等であって出入記録を行なう材料に関する原価は、各種の材料につき原価計算期間における実際の消費量に、その消費価格を乗じて計算します。材料の実際の消費量は、原則として継続記録法によって計算します(原価計算基準 11(一)(二))。材料の消費価格は原則として購入原価をもって計算し、同種材料の購入原価が異なる場合には、先入先出法、移動平均法、総平均法、後入先出法、個別法のいずれかによります(原価計算基準 11(三))。
労務費については、直接賃金等であって作業時間または作業量の測定を行なう労務費は、実際の作業時間または作業量に賃率を乗じて計算します。賃率は、実際の個別賃率または職場もしくは作業区分ごとの平均賃率により、必要ある場合には予定平均賃率をもって計算することができます(原価計算基準 12(一))。
経費については、原則として当該原価計算期間の実際の発生額をもって計算します。減価償却費、不動産賃借料等であって数カ月分を一時に総括的に計算しまたは支払う経費については、これを月割り計算します(原価計算基準 13(一)(二))。
第二次の計算段階:部門別計算
原価の部門別計算とは、費目別計算において把握された原価要素を、原価部門別に分類集計する手続をいい、原価計算における第二次の計算段階です(原価計算基準 15)。原価部門は、諸製造部門と諸補助部門とに分けられ、補助部門はさらに補助経営部門と工場管理部門とに分けられます(原価計算基準 16)。
原価要素は、当該部門において発生したことが直接的に認識されるかどうかによって、部門個別費と部門共通費とに分類します。部門個別費は原価部門における発生額を直接に当該部門に賦課し、部門共通費は適当な配賦基準によって関係各部門に配賦します(原価計算基準 17)。次いで補助部門費は、直接配賦法、階梯式配賦法、相互配賦法等にしたがい、適当な配賦基準によってこれを各製造部門に配賦し、製造部門費を計算します(原価計算基準 18(二))。
個別原価計算における間接費は、原則として部門間接費として各指図書に配賦し、その配賦は原則として予定配賦率をもって行ないます(原価計算基準 33(一)(二))。部門間接費の予定配賦率は次のように算定します(原価計算基準 33(三))。
予定配賦率の計算の基礎となる予定操業度は、原則として1年または一会計期間において予期される操業度であり、技術的に達成可能な最大操業度ではなく、この期間における生産ならびに販売事情を考慮して定めた操業度です(原価計算基準 33(五))。実務では、この操業度の置き方が原価差異の大きさを左右するため、期首の予算編成と整合させておく必要があります。
第三次の計算段階:製品別計算
原価の製品別計算とは、原価要素を一定の製品単位に集計し、単位製品の製造原価を算定する手続をいい、原価計算における第三次の計算段階です。製品別計算のためには、原価を集計する一定の製品単位すなわち原価単位を定めます(原価計算基準 19)。製品別計算は、経営における生産形態の種類別に対応して、次の4類型に区分されます(原価計算基準 20)。
| 単純総合原価計算 | 同種製品を反復連続的に生産する生産形態に適用する(原価計算基準 21) |
|---|---|
| 等級別総合原価計算 | 同一工程において同種製品を連続生産するが、形状・大きさ・品位等によって等級に区別する場合に適用する(原価計算基準 22) |
| 組別総合原価計算 | 異種製品を組別に連続生産する生産形態に適用する(原価計算基準 23) |
| 個別原価計算 | 種類を異にする製品を個別的に生産する生産形態に適用する(原価計算基準 31) |
総合原価計算における完成品総合原価と期末仕掛品原価は、まず当期製造費用および期首仕掛品原価を原則として直接材料費と加工費とに分け、期末仕掛品の完成品換算量を算定したうえで、平均法、先入先出法、後入先出法等のいずれかの方法により完成品と期末仕掛品とに分割して計算します(原価計算基準 24)。個別原価計算においては、特定製造指図書について個別的に直接費および間接費を集計し、製品原価は当該指図書に含まれる製品の生産完了時に算定します(原価計算基準 31)。
原価の流れを示す仕訳例
費目別計算で把握した原価要素は、部門別計算・製品別計算を経て、仕掛品・製品・売上原価へと振り替えられます。原価計算は財務会計機構と有機的に結合して行なわれるものとされ、このために勘定組織には、原価に関する細分記録を統括する諸勘定を設けることとされています(原価計算基準 6(一)4)。すべての製造原価要素を製品に集計し、損益計算書上売上品の製造原価を売上高に対応させ、貸借対照表上仕掛品、半製品、製品等の製造原価をたな卸資産として計上することを可能にさせるのが、原価計算の役割です(原価計算基準 6(一)1)。
次の仕訳例は、当月の直接材料費12,000千円、直接労務費8,000千円、製造間接費配賦額5,000千円を仕掛品に集計し、当月完成品22,000千円を製品に振り替え、そのうち18,000千円を販売したという前提の自社作例です(単位:千円)。月末仕掛品は差額の3,000千円となります。
| 借方科目 | 借方金額 | 貸方科目 | 貸方金額 |
|---|---|---|---|
| 仕掛品 | 25,000 | 材料 | 12,000 |
| 賃金 | 8,000 | ||
| 製造間接費 | 5,000 | ||
| 製品 | 22,000 | 仕掛品 | 22,000 |
| 売上原価 | 18,000 | 製品 | 18,000 |
このように、原価計算の各段階は勘定の振替と一対一で対応します。原価計算システムの計算結果と総勘定元帳の残高が一致しない状態は、原価計算制度が財務会計機構と有機的に結合していないことを意味するため、上場準備の過程では早い段階で解消しておく必要があります。
実際原価計算制度と標準原価計算制度の使い分け
2つの制度の違い
実際原価計算制度は、製品の実際原価を計算し、これを財務会計の主要帳簿に組み入れ、製品原価の計算と財務会計とが実際原価をもって有機的に結合する原価計算制度です。標準原価計算制度は、製品の標準原価を計算し、これを財務会計の主要帳簿に組み入れ、製品原価の計算と財務会計とが標準原価をもって有機的に結合する原価計算制度であり、必要な計算段階において実際原価を計算し、これと標準との差異を分析し報告する計算体系です(原価計算基準 2)。
| 実際原価計算制度 | 標準原価計算制度 |
|---|---|
| 製品の実際原価を財務会計の主要帳簿に組み入れる | 製品の標準原価を財務会計の主要帳簿に組み入れる |
| 原価管理上必要ある場合には、必要な原価の標準を勘定組織のわく外において設定し、実際との差異を分析し報告することがある | 必要な計算段階において実際原価を計算し、これと標準との差異を分析し報告する |
| 原価の一部を予定価格等をもって計算した場合に、原価と実際発生額との間に原価差異が生ずる | 標準原価と実際発生額との間に生ずる差額を標準差異と名づけることがある |
いずれの制度を採用するかは、当該企業が原価計算を行なう目的の重点その他企業の個々の条件に応じて決めるものとされています(原価計算基準 2)。原価管理を重視し、部門ごとの能率を継続的に評価したい企業では標準原価計算制度が適合しやすく、少量多品種で標準の設定・改訂コストが見合わない企業では実際原価計算制度に予定価格等を組み合わせる形が選ばれることが多いのが実情です。
標準原価算定の目的と算定方法
標準原価算定の目的としては、おおむね次の4つが挙げられています。すなわち、原価管理を効果的にするための原価の標準として標準原価を設定すること(これが最も重要な目的とされています)、標準原価は真実の原価として仕掛品・製品等のたな卸資産価額および売上原価算定の基礎となること、標準原価は予算とくに見積財務諸表の作成に信頼しうる基礎を提供すること、標準原価は勘定組織の中に組み入れることによって記帳を簡略化しじん速化することです(原価計算基準 40)。
標準原価は、直接材料費、直接労務費等の直接費および製造間接費について、さらに製品原価について算定します。原価要素の標準は、原則として物量標準と価格標準との両面を考慮して算定します(原価計算基準 41)。標準直接材料費は、直接材料の種類ごとに、製品単位当たりの標準消費量と標準価格とを定め、両者を乗じて算定します(原価計算基準 41(一)1)。
標準消費量は、製品の生産に必要な各種素材・部品等の種類、品質、加工の方法および順序等を定め、科学的、統計的調査により製品単位当たりの標準消費量を定めます。標準消費量は、通常生ずると認められる程度の減損、仕損等の消費余裕を含みます(原価計算基準 41(一)2)。標準直接労務費は、直接作業の区分ごとに、製品単位当たりの直接作業の標準時間と標準賃率とを定め、両者を乗じて算定します(原価計算基準 41(二)1)。
製造間接費の標準は部門別に算定し、部門間接費予算として固定予算または変動予算として設定します(原価計算基準 41(三))。変動予算とは、製造間接費予算を、予算期間に予期される範囲内における種々の操業度に対応して算定した予算をいい、実際間接費額を当該操業度の予算と比較して部門の業績を管理することを可能にします(原価計算基準 41(三)2)。
標準原価の改訂と指示
標準原価は、原価管理のためにも、予算編成のためにも、また、たな卸資産価額および売上原価算定のためにも、現状に即した標準でなければならないため、常にその適否を吟味し、機械設備、生産方式等生産の基本条件ならびに材料価格、賃率等に重大な変化が生じた場合には、現状に即するようにこれを改訂します(原価計算基準 42)。
また標準原価は、一定の文書に表示されて原価発生について責任をもつ各部署に指示されるとともに、この種の文書は標準原価会計機構における補助記録となります。文書の例としては、標準製品原価表、材料明細表、標準作業表、製造間接費予算表が挙げられています(原価計算基準 43)。実務では、標準の改訂履歴と承認記録が残っていないことが内部統制上の指摘につながるため、この文書化の要求は軽視できません。
原価差異の算定・分析と会計処理
原価差異の意味と種類
原価差異とは、実際原価計算制度において、原価の一部を予定価格等をもって計算した場合における原価と実際発生額との間に生ずる差額、ならびに標準原価計算制度において、標準原価と実際発生額との間に生ずる差額をいいます。原価差異が生ずる場合には、その大きさを算定記録し、これを分析します。その目的は、原価差異を財務会計上適正に処理して製品原価および損益を確定するとともに、その分析結果を各階層の経営管理者に提供することによって、原価の管理に資することにあります(原価計算基準 44)。
実際原価計算制度において生ずる主要な原価差異としては、材料副費配賦差異、材料受入価格差異、材料消費価格差異、賃率差異、製造間接費配賦差異、加工費配賦差異、補助部門費配賦差異、振替差異の8つが挙げられています(原価計算基準 45)。このうち材料消費価格差異は、材料の消費価格を予定価格等をもって計算することによって生ずる原価差異をいい、一期間におけるその材料費額と実際発生額との差額として算定します(原価計算基準 45(三))。
標準原価計算制度において生ずる主要な原価差異は、材料受入価額、直接材料費、直接労務費および製造間接費のおのおのにつき算定分析します。直接材料費差異は材料種類別に価格差異と数量差異とに分析し、直接労務費差異は部門別または作業種類別に賃率差異と作業時間差異とに分析します。製造間接費差異は、原則として一定期間における部門間接費差異として算定し、これを能率差異、操業度差異等に適当に分析します(原価計算基準 46)。数量差異は、直接材料の標準消費数量と実際消費数量との差異に、標準消費価格を乗じて算定します(原価計算基準 46(二)2)。
原価差異の会計処理
原価計算において、原価を予定価格等または標準原価をもって計算する場合には、これと原価の実際発生額との差異は、これを財務会計上適正に処理しなければならないとされています(原価計算基準 6(一)3)。その具体的な処理方法を定めているのが原価差異の会計処理の規定です。
実際原価計算制度における原価差異は、材料受入価格差異を除き、原則として当年度の売上原価に賦課します(原価計算基準 47(一)1)。次の仕訳例は、予定消費価格による材料費額10,000千円に対し実際発生額が10,400千円となり、材料消費価格差異400千円(不利差異)が生じた場合の自社作例です(単位:千円)。差異の把握と、年度末に売上原価へ賦課する処理を示しています。
| 借方科目 | 借方金額 | 貸方科目 | 貸方金額 |
|---|---|---|---|
| 材料消費価格差異 | 400 | 材料 | 400 |
| 売上原価 | 400 | 材料消費価格差異 | 400 |
これに対して材料受入価格差異は、当年度の材料の払出高と期末在高に配賦します。この場合、材料の期末在高については、材料の適当な種類群に配賦します(原価計算基準 47(一)2)。次の仕訳例は、材料受入価格差異600千円(借方差異)が生じ、当年度の払出高と期末在高の比が3対1であったため、払出高に450千円、期末在高に150千円を配賦したという前提の自社作例です(単位:千円)。払出分はすべて当年度の売上原価に含まれているものとしています。
| 借方科目 | 借方金額 | 貸方科目 | 貸方金額 |
|---|---|---|---|
| 売上原価 | 450 | 材料受入価格差異 | 600 |
| 材料 | 150 |
なお、予定価格等が不適当なため比較的多額の原価差異が生ずる場合には、直接材料費、直接労務費、直接経費および製造間接費に関する原価差異の処理は、個別原価計算の場合には当年度の売上原価と期末におけるたな卸資産に指図書別または科目別に配賦する方法により、総合原価計算の場合には当年度の売上原価と期末におけるたな卸資産に科目別に配賦する方法によります(原価計算基準 47(一)3)。差異が多額であるにもかかわらず全額を売上原価に賦課すると、期末棚卸資産の金額が実態から乖離するため、この取扱いが用意されています。
標準原価計算制度における原価差異については、数量差異、作業時間差異、能率差異等であって異常な状態に基づくと認められるものは、これを非原価項目として処理します。これ以外の原価差異は、すべて実際原価計算制度における処理の方法に準じて処理します(原価計算基準 47(二))。異常な状態を原因とする価値の減少は原価に含めないという原価の本質(原価計算基準 3(四))が、差異の処理の段階でも貫かれている点が重要です。
実務では、期中は全額を売上原価に賦課しておき、期末に多額の差異が残った場合にのみ棚卸資産への配賦を検討する、という運用が多く見られます。監査上は「多額かどうか」の判断根拠と、配賦した場合の計算過程の文書化が求められます。
上場準備・財務諸表監査における原価計算制度の実務
原価計算基準は、企業会計原則の一環を成し、そのうちとくに原価に関して規定したものであり、すべての企業によって尊重されるべきであるとされています。あわせて、たな卸資産の評価、原価差額の処理など企業の原価計算に関係ある事項について、法令の制定、改廃等が行なわれる場合にも、この基準が充分にしん酌されることが要望されています(原価計算基準の設定について)。原価計算基準が管理会計だけの基準ではなく、財務諸表作成の前提を成す基準であることは、この記述からも明らかです。
原価計算によって算定された製造原価は、そのまま棚卸資産の取得原価になります。通常の販売目的(販売するための製造目的を含みます)で保有する棚卸資産は、取得原価をもって貸借対照表価額とし、期末における正味売却価額が取得原価よりも下落している場合には、当該正味売却価額をもって貸借対照表価額とします(棚卸資産の評価に関する会計基準 第7項)。つまり原価計算の精度が低ければ、簿価切下げの要否判定そのものが不確かなものになります。
また、収益性の低下による簿価切下額は売上原価としますが、棚卸資産の製造に関連し不可避的に発生すると認められるときには製造原価として処理します(棚卸資産の評価に関する会計基準 第17項)。この判断も、原価計算上どの費目をどこまで製品原価に集計しているかという整理と切り離せません。なお、2019年改正の同会計基準は、2021年4月1日以後開始する連結会計年度および事業年度の期首から適用されています(棚卸資産の評価に関する会計基準 第21-5項)。
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上場準備の実務では、原価計算制度そのものが未整備というケースよりも、原価計算は行っているものの、勘定組織との結合が弱い、標準の改訂ルールが定まっていない、原価差異の処理方針が文書化されていない、といった不備が指摘されることが多く見られます。原価計算は、経営における管理の権限と責任の委譲を前提とし、作業区分等に基づく部門を管理責任の区分とし、各部門における作業の原価を計算して、各管理区分における原価発生の責任を明らかにさせるものとされています(原価計算基準 6(二)5)。責任区分と部門設定が組織図と整合しているかは、内部統制の観点からも確認すべき点です。
あわせて、原価情報は財務諸表作成の他の局面でも用いられます。たとえば一定の期間にわたり充足される履行義務について進捗度を発生原価に基づいて見積る場合、その基礎になるのは原価計算が生み出す原価情報です。原価計算の信頼性は、収益認識の測定精度にも波及します。
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原価計算基準は弾力性をもつ基準であるため、自社の業種・生産形態・管理体制に照らして、どの計算形態を選び、どこまで部門を細分し、どの原価要素に予定価格等を用いるかを設計する必要があります。設計の巧拙が、決算早期化と原価管理の実効性の両方を左右します。
まとめ
原価計算基準は、1962年(昭和37年)に企業会計審議会の中間報告として公表され、その後改正されることなく、現在も原価計算制度の実践規範として用いられています。財務諸表作成、価格計算、原価管理、予算管理、基本計画設定という5つの目的を調整するために設定された基準であり、第一に掲げられているのが財務諸表作成目的である点は押さえておくべきポイントです。
実務上の要点を整理すると、第一に、原価計算制度は財務会計機構と有機的に結合した常時継続的な計算体系であり、意思決定のための特殊原価調査とは区別されます。第二に、非原価項目に該当するものを製造原価に取り込まないことが、製品原価と期末棚卸資産の正確性を担保します。第三に、実際原価計算制度と標準原価計算制度の選択は、原価計算を行なう目的の重点と企業の条件に応じて決めるものであり、予定価格の使用の有無だけでは決まりません。第四に、原価差異は原則として当年度の売上原価に賦課しますが、材料受入価格差異は払出高と期末在高に配賦し、多額の差異が生じた場合には棚卸資産への配賦が求められます。
原価計算制度の設計と原価差異の処理は、財務諸表の金額に直接影響し、上場準備や監査対応では設計思想の説明まで求められる領域です。
参考文献
よくある質問
原価計算基準は現在も有効な基準ですか。
有効です。原価計算基準は昭和37年11月8日に企業会計審議会の中間報告として公表されて以来、改正は行われておらず、公表時の本文がそのまま現行の基準として維持されています。原価計算制度の実践規範として、現在も原価計算の設計・運用の拠りどころになっています。
原価計算基準は、企業の原価計算手続を一通りに定めたものですか。
いいえ。原価計算基準は、わが国の企業における原価計算の慣行のうちから一般に公正妥当と認められるところを要約して設定されたものであり、個々の企業の原価計算手続を画一に規定するものではなく、有効な原価計算手続を規定し実施するための基本的なわくを明らかにしたものとされています。企業は、この基準が弾力性をもつことの理解のもとに、業種・経営規模その他の条件に応じて実情に即するように適用すべきものとされています(原価計算基準の設定について)。
実際原価計算と標準原価計算は、どちらを採用すべきですか。
いずれか一方を、当該企業が原価計算を行なう目的の重点その他企業の個々の条件に応じて適用するものとされています(原価計算基準 2)。なお、予定価格等を用いて原価を計算していても、消費量を実際によって計算する限り、それは実際原価の計算に当たります(原価計算基準 4(一)1)。予定価格を使っているかどうかで両制度が分かれるわけではありません。
原価差異は必ず売上原価に賦課するのですか。
実際原価計算制度における原価差異は、材料受入価格差異を除き、原則として当年度の売上原価に賦課します(原価計算基準 47(一)1)。材料受入価格差異は、当年度の材料の払出高と期末在高に配賦します(原価計算基準 47(一)2)。また、予定価格等が不適当なため比較的多額の原価差異が生ずる場合には、当年度の売上原価と期末におけるたな卸資産に配賦する方法によります(原価計算基準 47(一)3)。
支払利息や有価証券売却損を製造原価に含めることはできますか。
できません。支払利息、割引料、社債発行割引料償却、社債発行費償却、株式発行費償却等の財務費用や、有価証券の評価損および売却損は、経営目的に関連しない価値の減少として非原価項目に区分されています(原価計算基準 5(一))。また、異常な仕損・減損・たな卸減耗、災害による損失、固定資産売却損および除却損なども、異常な状態を原因とする価値の減少として非原価項目とされています(原価計算基準 5(二))。
原価計算制度の設計、原価差異の処理方針、上場準備における原価計算体制の整備は、業種や生産形態によって適切な形が異なります。具体的なケースは公認会計士へのご相談をおすすめします。
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