退職給付債務は、退職給付見込額のうち期末までに発生していると認められる額を割り引いて計算します(退職給付に関する会計基準 第16項)。実務でつまずきやすいのは、この「期末までに発生していると認められる額」をどう配分するかという期間帰属方法の選択と、割引率や予想昇給率といった計算基礎の設定です。
この記事では、公認会計士の立場から、退職給付債務の計算方法を3つのステップに分解し、期間定額基準と給付算定式基準のどちらを選ぶかの判断軸、計算基礎の設定と見直しの要否、そして勤務費用・利息費用の仕訳までを数値例で整理します。読み終えたときに、自社の計算結果を数理計算の担当者と検証できる状態を目指します。
退職給付債務の計算方法の全体像
退職給付債務とは、退職給付のうち認識時点までに発生していると認められる部分を割り引いたものをいいます(退職給付に関する会計基準 第6項)。将来支払う退職金や年金の総額そのものではなく、期末までの労働の対価として発生した部分を現在価値に引き直した金額である点が出発点です。
退職給付債務の計算を構成する3つのステップ
原則法による退職給付債務の計算は、次の3つのステップで構成されます(退職給付に関する会計基準の適用指針 第4項)。どのステップで数値が動いたのかを切り分けられるようにしておくと、前期との増減分析が格段に楽になります。
- 退職により見込まれる退職給付の総額(退職給付見込額)を見積る(適用指針 第7項、第8項)
- 退職給付見込額のうち期末までに発生していると認められる額を計算する(適用指針 第11項から第13項)
- その額を支払見込期間を反映した割引率で割り引き、合計して退職給付債務を計算する(適用指針 第14項)
あわせて、勤務費用は退職給付見込額のうち当期に発生したと認められる額を割り引いて計算し、利息費用は期首の退職給付債務に割引率を乗じて計算します(退職給付に関する会計基準 第17項、第21項)。退職給付債務の計算方法を押さえると、勤務費用と利息費用の計算も自動的に決まる構造になっています。
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計算単位とグルーピングの考え方
退職給付債務は、原則として個々の従業員ごとに計算します(退職給付に関する会計基準(注3)、適用指針 第5項)。ただし、勤続年数、残存勤務期間、退職給付見込額等について標準的な数値を用いて加重平均等により合理的な計算ができると認められる場合には、その方法を用いることができます(同(注3))。
この合理的な計算方法とは、従業員を年齢、勤続年数、残存勤務期間および職系(人事コース)等によりグルーピングし、当該グループの標準的な数値を用いて計算する方法であり、個々の従業員ごとに計算した場合と退職給付債務額に重要な差異がないと想定される場合に認められます(適用指針 第5項)。年数によりグルーピングを行う場合は、おおむね1年を基準とします(同 第5項)。
なお、従業員数が比較的少ない小規模な企業等では、期末の退職給付の要支給額を用いた見積計算を行う等の簡便法によることができます(退職給付に関する会計基準 第26項)。簡便法を適用できるのは、原則として従業員数300人未満の企業です(適用指針 第47項)。
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退職給付見込額の見積り
第1ステップの退職給付見込額は、予想退職時期ごとに、従業員に支給されると見込まれる退職給付額に退職率および死亡率を加味して見積ります(退職給付に関する会計基準の適用指針 第7項)。退職事由(自己都合退職、会社都合退職等)や支払方法(一時金、年金)により給付額が異なる場合には、原則として、退職事由および支払方法の発生確率を加味して計算します(同 第7項)。
見落としやすいのは、期末時点で受給権を有していない従業員も退職給付見込額の計算対象になる点です(適用指針 第7項)。勤続年数が短く自己都合退職では退職金が支給されない従業員であっても、将来の勤続により支給される可能性がある以上、退職率を加味したうえで計算に含めます。
退職給付見込額に含める給付と含めない給付
退職給付見込額の見積りでは、合理的に見込まれる退職給付の変動要因を考慮します(退職給付に関する会計基準 第18項)。この変動要因には予想される昇給等が含まれるため、退職給付額が給与に比例して定められている制度では、給与が将来どのように上昇するかを推定し、それに基づき算定された昇給額を反映して見積ります(同(注5)、適用指針 第8項)。
| 項目 | 退職給付見込額での取扱い |
|---|---|
| 予想される昇給等 | 合理的に見込まれる変動要因として見積りに含める |
| 予定退職加算金(年齢加算金・資格加算金等) | 年齢等の一定要件を満たすことが合理的に予測できる場合にのみ含める |
| 早期割増退職金 | 含めない。従業員が早期退職制度に応募し、金額が合理的に見積られる時点で費用処理する |
| 臨時に支給される退職給付等であらかじめ予測できないもの | 含めない |
予定退職加算金の取扱いは適用指針 第9項に、早期割増退職金の取扱いは適用指針 第10項に定められています。早期割増退職金は、勤務期間を通じた労働の提供に伴って発生した退職給付という性格を有しておらず、むしろ将来の勤務を放棄する代償や失業期間中の補償等の性格を有するものとして捉えられているためです(適用指針 第10項)。
退職給付見込額の期間帰属方法の選択
第2ステップである期間帰属方法は、期間定額基準と給付算定式基準のいずれかを選択適用します。いったん採用した方法は、原則として、継続して適用しなければなりません(退職給付に関する会計基準 第19項)。この選択が退職給付債務の金額を最も大きく左右します。
期間定額基準と給付算定式基準の内容
| 期間定額基準 | 退職給付見込額について全勤務期間で除した額を各期の発生額とする方法 |
|---|---|
| 給付算定式基準 | 退職給付制度の給付算定式に従って各勤務期間に帰属させた給付に基づき見積った額を、退職給付見込額の各期の発生額とする方法 |
いずれの方法も退職給付に関する会計基準 第19項(1)および(2)に定められています。給付算定式基準を採用する場合、勤務期間の後期における給付算定式に従った給付が初期よりも著しく高い水準となるときには、当該期間の給付が均等に生じるとみなして補正した給付算定式に従わなければなりません(同 第19項(2)なお書き)。
この均等補正の対象となる「当該期間」とは、従業員の勤務により、はじめて退職給付を生じさせる日から、それ以降の勤務により、それ以降の昇給の影響を除けば重要な追加の退職給付が生じなくなる日までの期間をいいます(退職給付に関する会計基準の適用指針 第13項)。日本の退職金制度は勤続年数の増加に伴って支給乗率が大きく上昇する設計が多く、この補正の要否は実務上の主要な論点になります。
期間帰属方法の選択の判定ポイント
会計基準は両者を優劣なく選択適用としており、どちらかが原則的な方法とされているわけではありません。国際的な会計基準では給付算定式基準に相当する方法が採用されている一方、期間定額基準についても適用の明確さで優れていると考えられることから、選択適用という形で認められています(退職給付に関する会計基準 第63項)。したがって、次の観点から自社の制度に即して判断することになります。
- 給付算定式の形状:支給乗率が勤続後期に急上昇する制度では、給付算定式基準を採用すると均等補正が必要になるかどうかの判定を毎期行うことになります。判定に必要な制度情報を継続的に整備できるかを確認します。
- 将来勤務を条件とする給付の有無:給付算定式に基づく退職給付の支払が将来の一定期間までの勤務を条件としているときであっても、当期までの勤務に対応する債務を認識するため、当該給付を各期に期間帰属させます(適用指針 第12項)。この場合、従業員が将来の勤務を提供しない可能性を退職給付債務および勤務費用の計算に反映しなければなりません(同 第12項)。
- ポイント制度・最終給与比例制度との整合:給付算定式が支給倍率で表現される最終給与比例制度において給付算定式基準を適用する場合、均等補正が必要になる場合を除き、結果的に支給倍率基準と類似した方法になります。また、給付算定式基準にはポイント基準と類似した方法も含まれると考えることが適当とされています(適用指針 第76項)。
- 連結グループ内での統一:期間帰属方法の選択は会計方針の選択適用にあたるため本来は連結会社間で統一すべきですが、財務諸表に与える影響や連結上の事務処理の経済性等を考慮し、必ずしも統一する必要はないものと考えられています(適用指針 第77項)。
なお、給付算定式に従う給付が著しく後加重であるかどうかについて、適用指針は具体的な数値基準を示していません。個々の事情を踏まえて検討を行う必要があるとされているため、判定の根拠を文書化し、監査人と早い段階で認識をそろえておくことが実務上の要点です(適用指針 第75項)。
退職給付債務の計算ステップと数値例
ここでは自社作例の数値を用いて、期間帰属から割引までの流れを追います。前提は、従業員1名、全勤務期間30年、当期末時点の勤続年数10年、退職時に支給されると見込まれる退職給付見込額30,000千円、割引率は年1.0%、期末から退職給付の支払見込日までの期間は20年とします。金額の単位はすべて千円です。
期間帰属額の算定
期間定額基準では、退職給付見込額を全勤務期間で除した額を各期の発生額とするため、期末までに発生していると認められる額は次のとおり計算します(退職給付に関する会計基準 第19項(1))。
一方、給付算定式基準では、給付算定式に従って各勤務期間に帰属させた給付に基づき見積った額を用います(同 第19項(2))。この作例で、退職金規程の支給乗率に基づき勤続10年時点までに帰属する給付が7,500千円と算定されたとすると、期末までに発生していると認められる額は7,500千円となります。支給乗率が勤続後期に高くなる制度では、給付算定式基準による期間帰属額が期間定額基準を下回るのが一般的です。
割引計算と退職給付債務の算定
第3ステップでは、予想退職時期ごとの期間帰属額を、退職給付の支払見込日までの期間を反映した割引率を用いて割り引き、その合計額を退職給付債務とします(退職給付に関する会計基準の適用指針 第14項)。
同一の従業員、同一の割引率であっても、期間帰属方法の選択だけで退職給付債務が2,048千円異なる結果になります。この差は全社ベースでは相当な金額になり得るため、方法の選択は経営数値に直結する意思決定として扱う必要があります。
勤務費用と利息費用の計算
勤務費用は、予想退職時期ごとの退職給付見込額のうち当期において発生すると認められる額を、割引率を用いて割り引いて計算します(退職給付に関する会計基準 第17項、適用指針 第15項)。当期において発生すると認められる額は、退職給付債務の計算で用いた方法と同一の方法により計算します(適用指針 第15項(2))。また、勤務費用の計算においては、期首時点で当期の勤務費用を計算する手法を用います(同 第15項)。
先ほどの作例で期間定額基準を採用している場合、当期の発生額は30,000千円を30年で除した1,000千円です。期首時点から支払見込日までの期間は21年となるため、勤務費用は次のとおりです。
利息費用は、期首の退職給付債務に割引率を乗じて計算します(退職給付に関する会計基準 第21項)。期首の勤続年数は9年ですから、期首の期間帰属額は30,000千円の30分の9にあたる9,000千円であり、これを21年で割り引いた7,303千円が期首の退職給付債務です。
なお、期中に退職給付債務の重要な変動があった場合には、これを利息費用の計算に反映させます(適用指針 第16項)。期中に制度改訂や大量退職があった年度は、期首残高に割引率を乗じるだけでは足りない点に注意が必要です。従業員からの拠出がある企業年金制度を採用している場合には、勤務費用の計算にあたり、従業員からの拠出額を勤務費用から差し引きます(退職給付に関する会計基準(注4))。
期待運用収益は、期首の年金資産の額に長期期待運用収益率を乗じて計算します(退職給付に関する会計基準 第23項)。こちらも期中に年金資産の重要な変動があった場合には反映させます(適用指針 第21項)。年金資産の額は、期末における時価により計算します(同基準 第22項)。
計算基礎(基礎率)の設定と見直し
退職給付債務の計算方法を決めても、計算基礎の設定を誤れば結果は大きくずれます。退職給付債務の計算における割引率、期待運用収益の算定に用いる長期期待運用収益率、退職給付見込額の見積りに用いる退職率や予想昇給率等の設定は、適用指針 第23項から第28項に従います(退職給付に関する会計基準の適用指針 第22項)。
5つの計算基礎の設定方法
| 割引率 | 安全性の高い債券の利回りを基礎として決定する。ここには期末における国債、政府機関債および優良社債の利回りが含まれる |
|---|---|
| 長期期待運用収益率 | 年金資産が退職給付の支払に充てられるまでの時期、保有している年金資産のポートフォリオ、過去の運用実績、運用方針および市場の動向等を考慮して設定する |
| 予想昇給率 | 個別企業における給与規程、平均給与の実態分布および過去の昇給実績等に基づき、合理的に推定して算定する |
| 退職率 | 在籍する従業員が自己都合や定年等により生存退職する年齢ごとの発生率。異常値を除いた過去の実績に基づき合理的に算定する |
| 死亡率 | 従業員の在職中および退職後における年齢ごとの死亡発生率。事業主の所在国における全人口の生命統計表等を基に合理的に算定する |
割引率は退職給付に関する会計基準 第20項および同(注6)、適用指針 第24項に、長期期待運用収益率は適用指針 第25項に、退職率は同 第26項に、死亡率は同 第27項に、予想昇給率は同 第28項に定められています。優良社債には、例えば、複数の格付機関による直近の格付けがダブルA格相当以上を得ている社債等が含まれます(適用指針 第24項)。
割引率については、退職給付の支払ごとの支払見込期間を反映するものでなければならない点が重要です(適用指針 第24項)。具体的には、支払見込期間および支払見込期間ごとの金額を反映した単一の加重平均割引率を使用する方法や、支払見込期間ごとに設定された複数の割引率を使用する方法が含まれます(同 第24項)。単に10年国債の利回りを機械的に当てはめる運用は、この要件を満たしません。
また、同一事業主が複数の退職給付制度を採用している場合における各計算基礎は、同一でなければなりません(適用指針 第23項)。ただし、単一の加重平均割引率、年金資産のポートフォリオまたは運用方針等が異なる場合の長期期待運用収益率等、退職給付制度ごとに異なる計算基礎を採用することに合理的な理由がある場合は除かれます(同 第23項)。
計算基礎の見直しの要否と10%基準
割引率等の計算基礎に重要な変動が生じていない場合には、これを見直さないことができます(退職給付に関する会計基準(注8))。この重要性基準における「重要な変動が生じていない」かどうかの判断は、適用指針 第30項から第32項に従って行います(適用指針 第29項)。
| 割引率 | 各事業年度において再検討し、割引率の変動が退職給付債務に重要な影響を及ぼすと判断した場合には見直して再計算する |
|---|---|
| 長期期待運用収益率 | 当期損益に重要な影響があると認められる場合のほかは、見直さないことができる |
| 予想昇給率・退職率 などその他の計算基礎 |
企業固有の実績等に基づいて退職給付債務等に重要な影響があると認められる場合は再検討し、それ以外の事業年度では見直さないことができる |
割引率については具体的な数値基準が置かれています。前期末に用いた割引率により算定した場合の退職給付債務と比較して、期末の割引率により計算した退職給付債務が10%以上変動すると推定されるときには、重要な影響を及ぼすものとして、期末の割引率を用いて退職給付債務を再計算しなければなりません(退職給付に関する会計基準の適用指針 第30項)。長期期待運用収益率の取扱いは適用指針 第31項、その他の計算基礎の取扱いは同 第32項に定められています。
この10%の判定は「変動すると推定されるとき」に行うものであり、毎期の決算で判定プロセスを実施した記録を残すことが求められます。判定を行わずに前期の割引率を据え置いた場合、結果的に金額が同じであっても、内部統制上の不備として指摘される可能性があります。計算基礎の見直しにより生じる差異は数理計算上の差異として処理されます(退職給付に関する会計基準 第11項、適用指針 第34項)。
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退職給付費用の会計処理と仕訳例
計算した勤務費用、利息費用および期待運用収益は、数理計算上の差異に係る当期の費用処理額および過去勤務費用に係る当期の費用処理額とあわせて、退職給付費用として当期純利益を構成する項目に含めて計上します(退職給付に関する会計基準 第14項)。退職給付費用は、原則として売上原価または販売費及び一般管理費に計上します(同 第28項)。
貸借対照表では、退職給付債務から年金資産の額を控除した積立状況を示す額を負債として計上し、年金資産の額が退職給付債務を超える場合には資産として計上します(退職給付に関する会計基準 第13項)。負債となる場合は「退職給付に係る負債」等の科目で固定負債に計上します(同 第27項)。個別財務諸表上は、当面の間、「退職給付引当金」および「前払年金費用」の科目に読み替えます(同 第39項(3)、第39項(5))。
退職給付費用の計上
ここからは全社ベースの作例に切り替えます。単位は千円とし、当期の勤務費用は12,000千円、利息費用は3,000千円、期待運用収益は2,000千円、数理計算上の差異および過去勤務費用の当期の費用処理額はないものとします。連結財務諸表を前提とした決算時の仕訳は次のとおりです(退職給付に関する会計基準 第13項、第14項、第27項)。
| 借方科目 | 借方金額 | 貸方科目 | 貸方金額 |
|---|---|---|---|
| 退職給付費用 | 15,000 | 退職給付に係る負債 | 15,000 |
| 退職給付に係る負債 | 2,000 | 退職給付費用 | 2,000 |
1行目が勤務費用12,000千円と利息費用3,000千円の合計額の計上、2行目が期待運用収益2,000千円の控除です。期待運用収益は年金資産の増加要因であり、退職給付債務から年金資産を控除した積立状況を示す額を減らす方向に働くため、退職給付に係る負債を減額します。当期の退職給付費用は差引13,000千円となります。
掛金の拠出と退職一時金の支払
期中に企業年金制度へ掛金8,000千円を拠出し、退職一時金制度から退職者へ4,000千円を支払った場合の仕訳は次のとおりです。単位は千円です。掛金の拠出は年金資産を増加させ、退職一時金の支払は退職給付債務を減少させるため、いずれも退職給付に係る負債の減少として処理します(退職給付に関する会計基準 第13項)。
| 借方科目 | 借方金額 | 貸方科目 | 貸方金額 |
|---|---|---|---|
| 退職給付に係る負債 | 8,000 | 現金預金 | 8,000 |
| 退職給付に係る負債 | 4,000 | 現金預金 | 4,000 |
期中の拠出額と支払額は、退職給付債務および年金資産の期首残高と期末残高の調整表として注記する項目にもそのまま結びつきます(退職給付に関する会計基準 第30項(3)、第30項(4)、適用指針 第54項、第55項)。総勘定元帳の集計と数理計算の担当者へ提出したデータが一致しているかを、決算手続の中で必ず突合してください。
退職給付債務の計算実務で起きやすい誤り
数理計算そのものは外部の年金数理人が行うことが多いものの、計算の前提となるデータと方針は企業側の責任です。監査の現場で頻繁に論点となるのは次の4点です。
- 期間帰属方法を注記から追えない:退職給付見込額の期間帰属方法は「退職給付の会計処理基準に関する事項」として注記する項目です(退職給付に関する会計基準 第30項(1)、適用指針 第52項(1))。数理計算の報告書と注記の記載が食い違っていないかを毎期確認します。
- 基準日のデータのまま調整していない:貸借対照表日における退職給付債務は、原則として貸借対照表日現在のデータ等を用いて計算します(適用指針 第6項)。貸借対照表日前の一定日を基準日とする場合は、基準日から貸借対照表日までの勤務費用等を適切に調整するか、異動データを用いてデータ等を補正する必要があります(同 第6項)。基準日から貸借対照表日までに重要なデータ等の変更があったときは、退職給付債務等を再度計算し、合理的な調整を行います(同 第6項、第73項)。
- 退職率・予想昇給率に異常値が混入している:退職率はリストラクチャリングに伴う大量解雇や退職加算金を上乗せした退職の勧誘による大量退職等に基づく値を、予想昇給率は急激な業績拡大に伴う大幅な給与加算額や急激なインフレによる給与テーブルの改訂等に基づく値を、それぞれ除いて算定しなければなりません(適用指針 第26項、第28項)。過去データをそのまま渡すと、異常値が将来予測に持ち込まれます。
- 早期割増退職金を退職給付債務に取り込んでいる:早期割増退職金は退職給付見込額の見積りには含めず、従業員が早期退職制度に応募し、かつ、当該金額が合理的に見積られる時点で費用処理します(適用指針 第10項)。希望退職を実施した年度は、退職給付費用と特別損失の区分を誤りやすい領域です。
適用時期と改正の経緯
企業会計基準第26号「退職給付に関する会計基準」は2012年5月17日に公表され、2013年4月1日以後開始する事業年度の年度末に係る財務諸表から適用されています(退職給付に関する会計基準 第34項、適用指針 第1項)。この記事で扱った退職給付債務および勤務費用の定め(同基準 第16項から第21項)並びに特別損益における表示の定めについては、2014年4月1日以後開始する事業年度の期首から適用されています(同基準 第35項)。実務上困難な場合には、所定の注記を行うことを条件に2015年4月1日以後開始する事業年度の期首からの適用も認められていました(同 第35項)。
期間帰属方法の選択に関しては、適用初年度の期首において、それ以前に期間定額基準を採用していた場合であっても給付算定式基準を選択することができるという取扱いが置かれていました(退職給付に関する会計基準 第38項)。現在は通常の会計方針の変更として扱われるため、変更には正当な理由が必要です。
その後、本会計基準は2016年に改正され、2017年1月1日以後適用されています(同基準 第38-2項)。この改正は、実務対応報告第33号「リスク分担型企業年金の会計処理等に関する実務上の取扱い」においてリスク分担型企業年金の会計処理および開示を明らかにしたことに伴い、確定拠出制度に係る注記事項を整備したものです(同基準 第49-2項)。企業会計基準適用指針第25号についても、厚生年金基金および確定給付企業年金における貸借対照表の表示方法の変更に伴う2015年の改正が行われ、公表日以後最初に終了する事業年度の年度末に係る財務諸表から適用されています(適用指針 第69-2項、第72-2項)。
まとめ
退職給付債務の計算方法は、退職給付見込額の見積り、期末までに発生していると認められる額の期間帰属、支払見込期間を反映した割引率による割引という3つのステップで構成されます(退職給付に関する会計基準の適用指針 第4項)。このうち期間帰属方法は期間定額基準と給付算定式基準の選択適用であり、いったん採用した方法は原則として継続適用しなければなりません(退職給付に関する会計基準 第19項)。
実務では、給付算定式の形状に応じた均等補正の要否、支払見込期間を反映した割引率の設定、そして計算基礎の見直しに関する10%基準の判定記録が要点になります(同基準 第19項(2)なお書き、適用指針 第24項、第30項)。数理計算を外部に委託していても、前提データと方針の妥当性は企業側で説明できるようにしておく必要があります。
期間帰属方法の変更や制度改訂を検討している場合、判定の根拠づくりと監査人との事前協議が結果を左右します。具体的なケースは公認会計士へのご相談をおすすめします。
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よくある質問
期間定額基準と給付算定式基準では、どちらの退職給付債務が大きくなりますか。
一般的には、支給乗率が勤続後期に上昇する日本の退職金制度では、期間定額基準のほうが早期に多くの給付を各期へ配分するため、勤続年数の短い従業員が多い企業ほど期間定額基準による退職給付債務が大きくなる傾向があります。ただし、給付算定式基準では勤務期間の後期における給付が初期よりも著しく高い水準となるときに均等補正が必要となり(退職給付に関する会計基準 第19項(2)なお書き)、制度設計によって結果は変わります。どちらが大きいかを一般論で決めず、自社の給付算定式で試算して比較してください。
期間帰属方法は、連結グループ内で統一しなければなりませんか。
統一する必要はありません。期間帰属方法の選択は会計方針の選択適用にあたるため本来は連結会社間で統一すべきですが、財務諸表に与える影響や連結上の事務処理の経済性等を考慮し、必ずしも統一する必要はないものと考えられています(退職給付に関する会計基準の適用指針 第77項)。ただし、統一しない場合は、その理由を説明できるようにしておくことが望まれます。
割引率は毎期見直さなければなりませんか。
毎期の見直しは必須ではありません。割引率等の計算基礎に重要な変動が生じていない場合には、これを見直さないことができます(退職給付に関する会計基準(注8))。ただし、各事業年度において割引率を再検討する必要があり、前期末の割引率による退職給付債務と比較して期末の割引率による退職給付債務が10%以上変動すると推定されるときは、期末の割引率を用いて再計算しなければなりません(退職給付に関する会計基準の適用指針 第30項)。判定を実施した記録は毎期残してください。
退職給付債務は従業員1人ずつ計算しなければなりませんか。
原則は個々の従業員ごとの計算です(退職給付に関する会計基準(注3))。ただし、年齢、勤続年数、残存勤務期間および職系等によりグルーピングし、当該グループの標準的な数値を用いて計算する方法により、個々の従業員ごとに計算した場合と退職給付債務額に重要な差異がないと想定される場合には、その方法を用いることができます(退職給付に関する会計基準の適用指針 第5項)。年数によるグルーピングはおおむね1年を基準とします(同 第5項)。
期末に在籍しているものの退職金の受給権がまだない従業員も計算に含めますか。
含めます。期末時点において受給権を有していない従業員についても、退職給付見込額の計算の対象となります(退職給付に関する会計基準の適用指針 第7項)。退職事由や支払方法により給付額が異なる場合には、原則としてそれらの発生確率を加味して計算するため、勤続年数が短い従業員も退職率および死亡率を通じて計算に反映されます(同 第7項)。