税制適格ストックオプションは、権利行使時の給与課税が繰り延べられる税務上の優遇措置ですが、会計処理は税制適格か否かで変わりません。会計上は企業会計基準第8号「ストック・オプション等に関する会計基準」に従い、報酬として無償で付与する通常型ストックオプションは、原則として費用計上が必要です。本記事では、税制適格ストックオプションの会計処理と費用計上の要否、有償ストックオプションとの違いを、スタートアップや上場準備企業の実務目線で整理します。
税制適格ストックオプションと会計処理の関係
まず押さえるべき結論は、「税制適格」は税務上の区分であり、会計処理そのものを左右しないという点です。ストック・オプションとは、自社株式オプションのうち、企業がその従業員等に報酬として付与するものをいい、報酬とは従業員等から受けたサービスの対価を指します企業会計基準委員会 企業会計基準第8号 ストック・オプション等に関する会計基準。税制適格ストックオプションは、この報酬として無償で付与される通常型ストックオプションの一類型にすぎず、会計上は第8号の枠組みで処理します。
したがって、税制適格の要件を満たしていても、会計上の費用計上を免れるわけではありません。費用計上の要否を左右するのは「税制適格か否か」ではなく、「無償か有償か」「公開企業か未公開企業か」という会計上の切り口です。
ストック・オプション会計基準の全体像
費用計上の原則
ストック・オプションを付与し、これに応じて企業が従業員等から取得するサービスは、その取得に応じて費用として計上し、対応する金額を、権利の行使または失効が確定するまでの間、貸借対照表の純資産の部に新株予約権として計上します企業会計基準委員会 企業会計基準第8号 ストック・オプション等に関する会計基準。各会計期間の費用計上額は、ストック・オプションの公正な評価額のうち、対象勤務期間を基礎とする方法その他の合理的な方法により当期に発生したと認められる額です。
公正な評価額は、次の式で算定します。公正な評価単価は付与日現在で算定し、条件変更の場合を除きその後は見直しません。
公正な評価単価は、通常は市場価格を観察できないため、株式オプションの合理的な価額の見積りに広く受け入れられている算定技法を用います。ストック・オプション数は、付与数から権利不確定による失効の見積数を控除して算定し、権利確定日には権利の確定した数に一致させます。
権利確定日を境とした会計処理
会計処理は、権利確定日の前後で次のように整理できます。対象勤務期間とは、付与日から権利確定日までの期間をいいます。
| 権利確定日以前 | 取得するサービスを対象勤務期間にわたり費用計上し、対応額を新株予約権として純資産の部に計上します。 |
|---|---|
| 権利行使時 | 新株予約権として計上した額のうち、当該権利行使に対応する部分を払込資本に振り替えます。 |
| 権利不行使による失効時 | 新株予約権として計上した額のうち、当該失効に対応する部分を、失効が確定した期に利益として計上します。 |
権利行使されずに失効した場合でも、いったん計上した費用(新株予約権)は取り消さず、失効に対応する額を利益として計上する点が実務上のポイントです企業会計基準委員会 企業会計基準第8号 ストック・オプション等に関する会計基準。
税制適格ストックオプションの費用計上の要否
税制適格ストックオプションは無償で付与される通常型ストックオプションであるため、会計上は原則として費用計上の対象となります。ただし、未公開企業には重要な特例があります。未公開企業については、公正な評価単価に代えて、ストック・オプションの単位当たりの本源的価値の見積りに基づいて会計処理を行うことができます企業会計基準委員会 企業会計基準第8号 ストック・オプション等に関する会計基準。
単位当たりの本源的価値とは、算定時点でストック・オプションが権利行使されると仮定した場合の、原資産である自社株式の評価額と行使価格との差額をいいます。
税制適格の要件上、行使価格は付与時の株式の時価以上に設定されるのが通常です。未公開企業が本源的価値による算定を選択し、行使価格が付与日の株価以上であれば、本源的価値はゼロとなり、結果として費用計上額が生じないケースが多くなります。多くのスタートアップで税制適格ストックオプションの費用計上が実質的に問題とならないのは、この未公開企業の特例によるものです。
| 無償の通常型(税制適格・非適格) | 報酬として付与されるため、原則として費用計上が必要です。公開企業は公正な評価単価により算定します。 |
|---|---|
| 未公開企業の本源的価値法 | 本源的価値による算定を選択でき、行使価格が付与日株価以上であれば費用計上額はゼロとなり得ます。 |
| 有償ストックオプション | 公正な価値で払込みを受けるため原則は費用計上不要ですが、権利確定条件付きの場合は別途の取扱いに留意が必要です。 |
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有償ストックオプションの会計処理との違い
有償ストックオプションは、従業員等がその公正な価値に相当する金額を払い込んで取得する新株予約権です。付与時点で対価が支払われるため、報酬としての性格が乏しく、原則として費用計上は不要と整理されてきました。これが、費用計上を避けたい企業が有償ストックオプションを検討する主な理由です。
ただし、権利確定条件が付されている有償新株予約権については、企業会計基準委員会が実務対応報告第36号を公表し、こうした有償新株予約権はストック・オプション会計基準にいうストック・オプションに該当するとして、第8号に準じた会計処理を求めています企業会計基準委員会 実務対応報告第36号 従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引に関する取扱い。したがって、有償だからといって一律に費用計上が不要になるわけではなく、権利確定条件の有無を踏まえた検討が必要です。
実務上の落とし穴
- 税制適格でも費用計上は免れない:税制上の優遇と会計上の費用計上は別問題です。無償で付与する限り、会計上は第8号に基づく費用認識の検討が必要です。
- 上場により本源的価値法が使えなくなる:本源的価値による算定は未公開企業の特例です。上場後に付与するストック・オプションは公正な評価単価による算定が原則となり、費用計上額が生じやすくなります。
- 失効しても費用は戻らない:権利不行使による失効時は、計上済みの費用を取り消すのではなく、対応額を利益として計上します。
- 有償SOでも安心できない:権利確定条件付きの有償新株予約権は、実務対応報告第36号によりストック・オプションに準じた処理が求められます。
会計処理の判断手順
- 付与するオプションが「無償の報酬型」か「有償」かを区分します。
- 有償の場合、権利確定条件の有無を確認し、条件付きであれば実務対応報告第36号に基づきストック・オプションに準じて処理します。
- 無償の場合、自社が公開企業か未公開企業かを確認します。
- 未公開企業であれば、本源的価値による算定を選択できるかを検討し、行使価格と付与日株価の関係から費用計上額を見積ります。
- 公開企業であれば、公正な評価単価によりストック・オプションの公正な評価額を算定し、対象勤務期間にわたり費用配分します。
ストック・オプションの設計は税務・会社法・会計が交錯する領域であり、具体的なケースは公認会計士へのご相談をおすすめします。
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税制適格ストックオプションの会計処理は、税制適格か否かではなく、企業会計基準第8号に基づく「無償か有償か」「公開企業か未公開企業か」という切り口で決まります。無償の通常型は原則として費用計上が必要ですが、未公開企業は本源的価値による算定を選択でき、行使価格が付与日株価以上であれば費用計上額が生じないケースが多くなります。有償ストックオプションも、権利確定条件付きであれば実務対応報告第36号によりストック・オプションに準じた処理が求められる点に注意が必要です。
参考文献
よくある質問
税制適格ストックオプションは費用計上が不要ですか。
税制適格であることは税務上の区分であり、会計上の費用計上を左右しません。無償で付与する通常型ストックオプションは、企業会計基準第8号に基づき原則として費用計上が必要です。ただし未公開企業は本源的価値による算定を選択でき、行使価格が付与日株価以上であれば費用計上額が生じないことがあります。
有償ストックオプションは費用計上が不要ですか。
公正な価値で払込みを受ける有償ストックオプションは、原則として費用計上は不要と整理されます。ただし権利確定条件が付されている場合は、実務対応報告第36号によりストック・オプション会計基準に準じた会計処理が求められます。
権利行使されずに失効した場合、計上した費用は取り消しますか。
取り消しません。権利不行使による失効が生じた場合は、新株予約権として計上した額のうち当該失効に対応する部分を、失効が確定した期に利益として計上します。