企業の経営成績を事業部門ごとに把握し、投資家へ適切な情報を提供するための基準であるIFRS第8号「事業セグメント」。本基準はすべての企業に無条件で適用されるわけではなく、明確な適用範囲が定められています。本記事では、IFRS第8号の第2項から第4項における適用範囲の原則、その規定が設けられた背景、そしてIPO準備企業や非上場企業を想定した具体的なケーススタディについて、実務に即して詳しく解説いたします。
IFRS第8号「事業セグメント」の適用範囲と原則
IFRS第8号は、特定の条件を満たす企業の個別財務諸表、および親会社を含む企業集団の連結財務諸表に対して適用されます。ここでは、どのような企業が本基準の適用対象となるのか、その具体的な要件を解説いたします。
適用対象となる企業の具体的な要件
本基準書の適用対象となるのは、主に公開市場で資金調達を行っている、あるいは行う予定のある企業です。具体的には以下の表に示す要件のいずれかを満たす必要があります。(参考:IFRS8.2)
| 適用対象の条件 | 具体的な内容 |
|---|---|
| 公開市場で証券が取引されている企業 | 負債性金融商品または資本性金融商品が、国内・国外の証券取引所や地方・店頭取引市場で取引されている企業 |
| 証券発行に向けて手続中の企業 | 公開市場で証券を発行する目的で、財務諸表を証券委員会等の規制機関に提出している、または提出の手続中である企業 |
このように、すでに上場している企業だけでなく、将来の株式公開(IPO)を目指して上場申請の準備を進めている企業も適用範囲に含まれる点に留意が必要です。
自発的な情報開示における厳格な名称制限
IFRS第8号の適用が要求されない非上場企業などが、自発的に事業部別の売上高などを開示しようとするケースがあります。しかし、その開示情報が本基準書に完全に準拠していない場合、当該情報を「セグメント情報」という名称で記載してはならないと厳格に規定されています。(参考:IFRS8.3)
これは、投資家や利害関係者がIFRS第8号に準拠した正式なセグメント情報であると誤認することを防ぐための措置です。完全準拠していない場合は、「事業部別売上高の内訳」など、誤解を招かない別の名称を使用する必要があります。
連結財務諸表と個別財務諸表の取り扱い
財務報告書の中に、本基準書の範囲に含まれる親会社の連結財務諸表と親会社の個別財務諸表の両方が含まれている場合、セグメント情報の開示は連結財務諸表にのみ要求されます。(参考:IFRS8.4)
親会社の個別財務諸表においても重複してセグメント情報を開示することは求められておらず、財務諸表作成企業の実務的な負担を軽減するための配慮がなされています。
適用範囲が限定された背景とIASBの意図
IFRS第8号の適用範囲が公開市場で取引されている企業などに限定された背景には、国際会計基準審議会(IASB)における様々な議論と実務への配慮が存在します。
公的説明責任と中小企業プロジェクトの影響
当初の公開草案では、幅広い外部者のために受託者の資格で資産を保有する企業を含め、「公的な説明責任(パブリック・アカウンタビリティ)のある企業」全体へ適用範囲を広げることが提案されていました。(参考:IFRS8.BC18)
しかし、中小企業(SME)プロジェクトにおいて公的説明責任の定義が確定する前に範囲を拡大すべきではないという懸念が関係者から寄せられました。IASBはこの意見を妥当と判断し、中小企業プロジェクトで定義が適切に開発されるまでは範囲の拡大を見送ることとしました。(参考:IFRS8.BC19、IFRS8.BC20)
個別財務諸表での開示免除の背景
親会社の個別財務諸表での開示を免除する規定は、実務上の負担軽減を目的としています。連結財務諸表と個別財務諸表の両方で詳細なセグメント開示を求めることは、作成者にとって過度なコストと労力を強いることになります。そのため、旧基準であるIAS第14号における適用除外の規定を引き継ぐことが妥当であると判断されました。(参考:IFRS8.BC21)
自発的開示の制限と非上場子会社の明確化
適用対象外の企業が自発的に情報を開示すること自体を禁止する意図はありません。開示情報が「セグメント情報」と呼ばれない限り、独自の財務情報を提供することは可能であることが確認されています。(参考:IFRS8.BC22)
また、親会社自身の金融商品は上場されていないものの、上場された非支配持分(少数株主持分)や上場された負債を有する子会社が含まれている企業グループの連結財務諸表は、本基準書の適用範囲に含まれないことが明確化されています。(参考:IFRS8.BC23)
【ケーススタディ】IPO準備企業と非上場企業の実務対応
ここでは、IFRS第8号の適用範囲に関する規定が実務においてどのように適用されるのか、具体的なケーススタディを通じて解説いたします。
上場準備中のソフトウェア開発企業Z社の事例
未上場企業でありながら、将来的な株式公開(IPO)を目指しているソフトウェア開発企業Z社を想定します。Z社は現在、株式や社債を公開市場で取引していませんが、来年のIPOに向けて証券委員会へ上場申請用の財務諸表を提出する手続を進めています。
| Z社の状況 | IFRS第8号の適用判断 |
|---|---|
| 公開市場での取引はなし | この時点では適用要件を満たさない |
| 規制機関へ財務諸表を提出手続中 | 適用対象となる(参考:IFRS8.2) |
Z社は子会社を複数保有し、「Z社グループの連結財務諸表」と「Z社単体の個別財務諸表」を作成しています。この場合、Z社は連結財務諸表においてのみセグメント情報を開示する義務を負い、個別財務諸表での重複開示は免除されます。(参考:IFRS8.4、IFRS8.BC21)
非上場企業W社による自発的な情報開示の事例
Z社の同業他社であり、完全な非上場企業で上場の予定もないW社のケースです。W社はIFRS第8号の適用対象外ですが、自社のウェブサイトで社内管理用の大まかな事業部別売上高をアピールしたいと考えています。
W社が経営者アプローチの厳密な適用や調整表の作成など、IFRS第8号のすべての要件を満たした情報を作成していない場合、その数値を「セグメント情報」という公式な名称で公表することは禁止されます。(参考:IFRS8.3)
ただし、「事業部別売上高の内訳」など別の名称を用いる限りにおいては、W社が自発的に独自の財務情報を提供することは一切妨げられません。(参考:IFRS8.BC22)
まとめ
IFRS第8号「事業セグメント」は、公開市場で証券が取引されている企業や、IPOに向けて手続中の企業を明確な適用対象としています。実務上の負担を考慮し、連結財務諸表と個別財務諸表の両方が提示される場合は、連結財務諸表のみでの開示が求められます。また、適用対象外の企業が自発的に事業部別の数値を公表する際には、基準に完全準拠していない限り「セグメント情報」という名称を使用してはならない点に十分注意が必要です。自社の状況に照らし合わせ、適切な情報開示を心掛けましょう。
IFRS第8号「事業セグメント」のよくある質問まとめ
Q.IFRS第8号「事業セグメント」はどのような企業に適用されますか?
A.負債性または資本性金融商品が公開市場で取引されている企業、および公開市場で証券を発行する目的で財務諸表を規制機関に提出の手続中である企業に適用されます。(参考:IFRS8.2)
Q.非上場企業が自発的に事業部別の売上高を開示することは可能ですか?
A.可能ですが、IFRS第8号の規定に完全に準拠していない場合、その情報を「セグメント情報」という名称で開示することは禁止されています。別の名称を用いる必要があります。(参考:IFRS8.3、IFRS8.BC22)
Q.連結財務諸表と個別財務諸表の両方を作成している場合、どちらにもセグメント情報の開示が必要ですか?
A.いいえ、両方の財務諸表が含まれている場合、セグメント情報は連結財務諸表にのみ開示が要求され、個別財務諸表での開示は免除されます。(参考:IFRS8.4)
Q.IPOに向けて証券委員会に財務諸表を提出準備中の企業は、IFRS第8号の適用対象になりますか?
A.はい、公開市場で証券を発行する目的で財務諸表を規制機関に提出の手続中である企業は、IFRS第8号の適用対象となります。(参考:IFRS8.2)
Q.なぜIFRS第8号の適用範囲はすべての企業に拡大されなかったのですか?
A.当初は公的説明責任のある企業全体への適用が提案されましたが、中小企業プロジェクトにおいて定義が確定するまでは範囲の拡大を見送るべきとの懸念が寄せられ、IASBがこれを妥当と認めたためです。(参考:IFRS8.BC18、IFRS8.BC19、IFRS8.BC20)
Q.親会社は非上場ですが、上場している子会社を持つ企業グループの連結財務諸表は適用対象ですか?
A.親会社自身の金融商品が上場されておらず、上場された非支配持分や負債を有する子会社が含まれているだけの企業グループの連結財務諸表は、IFRS第8号の適用範囲に含まれません。(参考:IFRS8.BC23)