企業の多角化が進む現代において、投資家や債権者が企業の将来キャッシュ・フローを正確に予測するためには、事業ごとの詳細な情報が不可欠です。本記事では、IFRS第8号「事業セグメント」に基づくセグメント情報の開示ルールについて、マネジメント・アプローチの基本概念から、報告セグメントを特定するための具体的な量的基準、調整表の作成方法までを網羅的に解説いたします。
IFRS第8号の基本原則と適用範囲
セグメント情報開示の基本原則
企業は、自らが従事する事業活動や事業を展開する経済環境の性質、およびそれらがもたらす財務的な影響を、財務諸表の利用者が適切に評価できるように情報を開示しなければなりません。例えば、ソフトウェア開発事業と自動車部品製造事業という全く異なるリスクプロファイルを持つ事業を合算した全社数値だけでは、投資家は成長性やリスクを正確に見極めることができません。そのため、事業ごとの業績や活動実態を切り分けて開示することが求められます。(参考: IFRS8.1)
IFRS第8号が適用される企業の範囲
本基準書は、負債性または資本性金融商品が公開市場で取引されている企業、および証券発行目的で規制機関に財務諸表を提出している企業の、個別財務諸表と連結財務諸表に適用されます。なお、親会社の連結財務諸表と個別財務諸表の両方が含まれる財務報告書においては、連結財務諸表のみにセグメント情報の開示が要求されます。未上場企業が自発的に部分的な情報を開示する場合、すべての要件を満たさなければ「セグメント情報」という名称を使用することは禁止されています。(参考: IFRS8.2, IFRS8.3, IFRS8.4)
| 適用対象企業 | 公開市場で取引される企業、または規制機関へ提出中の企業 |
|---|---|
| 開示対象財務諸表 | 連結財務諸表(個別財務諸表との併記時は連結のみ) |
事業セグメントの特定とマネジメント・アプローチ
事業セグメントを構成する3つの要件
IFRS第8号では、経営者が内部管理で使用する組織構造を外部報告に用いるマネジメント・アプローチが採用されています。事業セグメントとして特定されるためには、以下の3つの特徴をすべて満たす必要があります。本社機能など収益を伴わない部門は該当しません。(参考: IFRS8.5, IFRS8.6)
| 要件1 | 収益を稼得し費用が発生する事業活動を行っていること |
|---|---|
| 要件2 | 最高経営意思決定者が資源配分や業績評価のために定期的に検討していること |
| 要件3 | 分離した財務情報を入手できること |
最高経営意思決定者とマトリックス組織の扱い
最高経営意思決定者とは特定の役職名ではなく、資源配分や業績評価を行う機能を指します。グローバル企業などで、製品別の管理者と地域別の管理者の双方が存在し、最高経営意思決定者が両方のレポートを基に意思決定を行う「マトリックス組織」を採用している場合、企業は基本原則に立ち返り、投資家が自社のビジネス環境やリスクを最も理解しやすい軸を選択して事業セグメントを決定しなければなりません。(参考: IFRS8.7, IFRS8.9, IFRS8.10)
報告セグメントの集約要件と量的基準
類似する事業セグメントの集約
特定された複数の事業セグメントが、類似の長期的財務業績(例えば類似の総利益率)を見込め、かつ、製品・サービスの性質、製造工程、顧客の類型、配送方法、規制環境のすべての点で類似している場合、それらを1つの報告セグメントに集約することが認められています。これにより、細かすぎる情報による情報過多を防ぐことができます。(参考: IFRS8.11, IFRS8.12)
報告セグメントを判定する量的基準
事業セグメントが区分報告の対象となるか否かは、具体的な量的基準(10%テスト)によって判定されます。以下のいずれかの基準を1つでも満たす場合、独立した報告セグメントとして開示が必要です。さらに、報告セグメントの外部収益の合計が企業全体の外部収益の75%未満である場合、75%に達するまで追加のセグメントを報告セグメントに指定しなければなりません。(参考: IFRS8.13, IFRS8.15)
| 収益基準 | 外部および内部の収益合計が、全セグメントの収益合計の10%以上 |
|---|---|
| 利益基準 | 純損益の絶対額が、黒字合計額と赤字合計額の絶対額のうち大きい方の10%以上 |
| 資産基準 | セグメント資産が、全セグメント資産合計の10%以上 |
セグメント情報の開示項目と測定・調整
純損益・資産・負債の開示要件
各報告セグメントについては、必ず純損益の測定値を開示しなければなりません。一方で、セグメントの資産合計および負債合計については、それらの数値が最高経営意思決定者に定期的に提供されている場合に限り開示が求められます。また、減価償却費や金利収益なども、経営者が業績評価に含めている場合には個別に開示する必要があります。(参考: IFRS8.23, IFRS8.24)
社内管理数値の利用と調整表の作成
セグメント情報の測定値は、IFRSの厳密な会計基準に準拠して計算し直す必要はなく、最高経営意思決定者に報告される社内管理用の数値をそのまま使用します。ただし、社内数値とIFRSに基づく連結財務諸表の数値(収益、純損益、資産、負債など)との間には差異が生じるため、企業全体レベルでの調整表を作成し、セグメント間取引の消去や未配分費用などの重要な調整項目を個別に識別して開示しなければなりません。(参考: IFRS8.25, IFRS8.28)
組織変更時の修正再表示と企業全体の開示
過去情報の組み替えと修正再表示
経営方針の転換などにより内部組織の構造が変更され、報告セグメントの構成が変わった場合、実務上不可能で過大なコストがかかる場合を除き、過去の期間のセグメント情報も新しい構成に合わせて修正再表示しなければなりません。これにより、財務諸表利用者は過年度との比較に基づくトレンド分析を継続して行うことが可能になります。(参考: IFRS8.29, IFRS8.30)
製品・地域・主要顧客に関する全社的開示
マネジメント・アプローチを採用した結果、セグメント情報が地域別や製品別のどちらか一方でしか開示されない場合があります。これを補完するため、すべての企業に対して企業全体の開示が義務付けられています。各製品・サービスごとの外部収益や、国内外の地域別収益・非流動資産の開示に加えて、単一の外部顧客からの収益が全収益の10%以上を占める場合には、その事実と収益合計額、該当するセグメント名を開示し、集中リスクを明示しなければなりません。(参考: IFRS8.32, IFRS8.33, IFRS8.34)
まとめ
IFRS第8号「事業セグメント」は、経営者の視点をそのまま外部報告に反映させるマネジメント・アプローチを中核としています。企業は、事業セグメントの特定から10%基準や75%基準を用いた報告セグメントの決定、社内測定値を利用した開示と調整表の作成まで、一連のプロセスを正確に実施する必要があります。また、組織再編時の過去情報の修正再表示や、主要顧客に対する依存度などの全社的な開示要件を満たすことで、投資家に対して自社の事業構造と内在するリスクを透明性高く伝達することが求められます。
IFRS第8号「事業セグメント」のよくある質問まとめ
Q.IFRS第8号の適用対象となる企業はどのような企業ですか?
A.負債性または資本性金融商品が公開市場で取引されている企業、および証券発行目的で規制機関に財務諸表を提出している企業です。(参考: IFRS8.2)
Q.事業セグメントとして認められるための要件は何ですか?
A.収益を稼得し費用が発生する事業活動を行い、最高経営意思決定者が業績を定期的に検討し、分離した財務情報を入手できる構成単位です。(参考: IFRS8.5)
Q.報告セグメントとして独立させる基準となる数値要件を教えてください。
A.セグメントの収益、純損益の絶対額、または資産が、全セグメントの合計額の10%以上を占める場合に区分報告が必要です。(参考: IFRS8.13)
Q.報告セグメントの外部収益合計が全社の75%未満の場合はどうなりますか?
A.外部収益の合計が企業全体の75%に達するまで、10%基準を満たさない追加のセグメントも報告セグメントに指定する必要があります。(参考: IFRS8.15)
Q.セグメント情報の測定にはIFRS準拠の数値を使用する必要がありますか?
A.IFRSベースに修正する必要はなく、最高経営意思決定者に報告される社内管理用の測定値をそのまま使用することが認められています。(参考: IFRS8.25)
Q.企業全体の開示として求められる主要な顧客に関する情報とは何ですか?
A.単一の外部顧客からの収益が全収益の10%以上を占める場合、その事実、収益合計額、および報告先セグメント名を開示します。(参考: IFRS8.34)