本記事では、国際財務報告基準(IFRS)の中でも特に重要な基準の一つであるIFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」について、その全体像を網羅的に解説します。IFRS第15号は、従来のIAS第18号「収益」やIAS第11号「工事契約」などに代わる包括的な収益認識基準として2018年1月1日以後開始する事業年度から強制適用されました。この基準の目的は、顧客との契約から生じる収益に関する有用な情報を財務諸表利用者に提供することにあり、その中心には「5ステップアプローチ」という統一的なフレームワークが据えられています。企業の経理・財務担当者様が実務で適用する際に役立つよう、各ステップの要点を分かりやすく整理していきます。
IFRS第15号の中心原則と収益認識の5ステップ
IFRS第15号の中心となる原則は、「企業が、約束した財又はサービスの顧客への移転を、当該財又はサービスと交換に企業が権利を得ると見込んでいる対価を反映する金額で収益の認識を行う」というものです。この原則を適用するために、すべての顧客との契約に対して以下の5つのステップを順番に適用します(第2項)。
| ステップ | 内容 |
|---|---|
| ステップ1 | 顧客との契約を識別する |
| ステップ2 | 契約における履行義務を識別する |
| ステップ3 | 取引価格を算定する |
| ステップ4 | 取引価格を契約における履行義務に配分する |
| ステップ5 | 企業が履行義務の充足時に(又は充足するにつれて)収益を認識する |
企業は、類似した特性を持つ契約ポートフォリオに対して本基準を適用することも可能ですが、その場合は個々の契約に適用した場合と比較して重要性のある差異が生じないと合理的に見込まれることが条件となります(第4項)。
適用範囲と対象となる契約
IFRS第15号は、原則として顧客とのすべての契約に適用されます。ここでいう「顧客」とは、企業の通常の活動のアウトプットである財又はサービスを対価と交換に獲得するために契約した当事者を指します。したがって、リスクと便益を共有する提携契約の相手方などは顧客に該当しません(第6項)。
適用が除外される契約
一方で、以下の基準書の範囲に含まれる特定の契約は、IFRS第15号の適用範囲から除外されます(第5項)。
- IFRS第16号「リース」の範囲に含まれるリース契約
- IFRS第17号「保険契約」の範囲に含まれる保険契約
- IFRS第9号「金融商品」などの範囲に含まれる金融商品及び他の契約上の権利又は義務
- 同業他社との非貨幣性の交換(例:石油会社間での石油の交換)
ただし、契約の一部がIFRS第15号の範囲に、別の一部が他の基準書の範囲に含まれる場合もあります。その際は、まず他の基準書を適用し、残りの取引価格をIFRS第15号に従って処理する必要があります(第7項)。
収益認識の具体的なプロセス
収益を認識するまでの具体的なプロセスは、5ステップモデルのステップ1、2、5に沿って進められます。契約の識別から始まり、提供する義務を特定し、その義務がいつ充足されるかを判断します。
契約の識別(ステップ1)
企業は、以下の5つの要件をすべて満たす場合にのみ、顧客との契約を会計処理します(第9項)。
| 要件 | 説明 |
|---|---|
| 契約の承認と確約 | 契約当事者が契約を承認し、それぞれの義務の履行を確約していること。 |
| 権利の識別 | 移転される財又はサービスに関する各当事者の権利を識別できること。 |
| 支払条件の識別 | 移転される財又はサービスに関する支払条件を識別できること。 |
| 経済的実質 | 契約に経済的実質があること(将来キャッシュ・フローが変動すると見込まれる)。 |
| 回収可能性 | 対価を回収する可能性が高いこと。 |
これらの要件を満たさない場合、顧客から受け取った対価は、企業が残りの義務を負わなくなるか、契約が解約されるまで負債として認識されます(第16項)。
履行義務の識別(ステップ2)
次に、契約に含まれる「約束した財又はサービス」を評価し、個別の履行義務として識別します。履行義務とは、顧客に「別個の」財又はサービス(またはその束)を移転する約束のことです(第22項)。財又はサービスが「別個のもの」であると判断されるためには、以下の2つの要件を満たす必要があります(第27項)。
- 顧客がその財又はサービスから単独で、又は容易に利用可能な他の資源と組み合わせて便益を得ることができる。
- 財又はサービスを移転する約束が、契約内の他の約束と区分して識別可能である。
例えば、企業が提供するサービスが、他の財やサービスを大幅にカスタマイズする場合や、複数の財・サービスが相互に強く依存している場合、それらは区分して識別可能ではなく、単一の履行義務として結合されることがあります(第29項)。
履行義務の充足(ステップ5)
収益は、企業が履行義務を充足した時、すなわち、約束した財又はサービスの支配を顧客に移転した時に(又は移転するにつれて)認識されます(第31項)。この充足のタイミングは、「一定の期間にわたり」行われるか、「一時点で」行われるかを契約開始時に判断する必要があります(第32項)。
一定の期間にわたり充足される履行義務
以下のいずれかの要件を満たす場合、履行義務は一定の期間にわたり充足されると判断され、進捗度に応じて収益を認識します(第35項)。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 便益の同時享受 | 顧客が、企業の履行につれて便益を同時に受け取り、消費する。 |
| 顧客による資産支配 | 企業の履行により創出・増価される資産を、顧客がその創出・増価につれて支配する。 |
| 転用不能かつ対価への権利 | 企業の履行により創出される資産に代替用途がなく、かつ、完了した履行分に対する支払を受ける強制可能な権利を企業が有している。 |
一時点で充足される履行義務
上記のいずれにも該当しない場合、履行義務は一時点で充足されると判断されます。支配が移転した時点を決定するために、以下の指標が考慮されます(第38項)。
- 企業が資産に対する支払を受ける現在の権利を有している。
- 顧客が資産に対する法的所有権を有している。
- 企業が資産の物理的占有を移転した。
- 顧客が資産の所有に伴う重大なリスクと経済価値を有している。
- 顧客が資産を検収した。
収益の測定方法:取引価格の算定と配分
収益として認識する金額は、5ステップモデルのステップ3と4で決定されます。取引全体の価格を算定し、それを各履行義務に配分するプロセスです。
取引価格の算定(ステップ3)
取引価格とは、約束した財又はサービスと交換に企業が権利を得ると見込んでいる対価の金額です(第三者のために回収する売上税などを除く)(第47項)。取引価格の算定にあたっては、以下の要素を考慮する必要があります(第48項)。
- 変動対価:値引き、リベート、インセンティブなど、対価が変動する可能性のある要素(第51項)。期待値又は最も可能性の高い金額のいずれかを用いて見積もります(第53項)。ただし、将来、認識した収益の重大な戻入れが生じない可能性が非常に高い範囲でのみ、取引価格に含めます(第56項)。
- 重大な金融要素:支払時期と財・サービスの移転時期が著しく異なる場合、貨幣の時間価値を反映させるための調整が必要です(第60項)。ただし、実務上の便法として、期間が1年以内と見込まれる場合は調整不要です(第63項)。
- 現金以外の対価:顧客から現金以外の資産で対価を受け取る場合、その公正価値で測定します(第66項)。
- 顧客に支払われる対価:顧客への支払いは、顧客から別個の財又はサービスを購入する場合を除き、取引価格(収益)の減額として処理します(第70項)。
取引価格の履行義務への配分(ステップ4)
算定された取引価格は、契約に含まれる各履行義務に対して、それぞれの独立販売価格の比率に基づいて配分することが原則です(第74項)。独立販売価格とは、その財又はサービスを個別に販売する場合の価格を指します(第77項)。独立販売価格が直接観察できない場合は、市場評価アプローチやコスト・プラス・マージンアプローチなどを用いて見積もる必要があります(第78項、第79項)。
契約コスト、表示、開示の要点
IFRS第15号は、収益認識だけでなく、関連するコストの会計処理や財務諸表上の表示・開示についても詳細な規定を設けています。
契約コストの会計処理
契約に関連して発生するコストは、以下の2つに分類され、特定の要件を満たす場合に資産として計上されます(第91項)。
- 契約獲得の増分コスト:契約を獲得しなければ発生しなかったコスト(例:販売手数料)。回収が見込まれる場合に資産計上します(第92項)。
- 契約を履行するためのコスト:他の基準書の範囲に含まれず、将来の履行義務充足に貢献し、回収が見込まれるコスト(第93項)。
資産計上されたコストは、関連する財又はサービスの移転と整合的な方法で償却され、定期的に減損の要否が検討されます(第99項、第101項)。
財務諸表における表示
企業の履行状況と顧客の支払状況の関係に応じて、財政状態計算書には「契約資産」または「契約負債」が表示されます(第105項)。
| 項目 | 説明 |
|---|---|
| 契約資産 | 企業は財・サービスを移転したが、対価を受け取る権利が時の経過以外の条件(例:将来の履行)に依存している状態(第107項)。 |
| 契約負債 | 顧客から対価を受け取った(または受け取る権利が確定した)が、まだ財・サービスを移転する義務が残っている状態(第106項)。 |
| 債権 | 対価に対する企業の権利が無条件であり、時の経過のみが支払の条件となっている状態。契約資産とは区別されます(第108項)。 |
開示要求事項
IFRS第15号は、財務諸表利用者が収益の性質、金額、時期、不確実性を理解できるよう、広範な開示を要求しています。主な開示項目は以下の通りです。
- 顧客との契約から認識した収益(経済的要因を描写する区分に分解)(第114項、第115項)。
- 契約資産及び契約負債の期首・期末残高と当期の変動(第116項)。
- 残存履行義務(まだ充足していない履行義務)に配分した取引価格の総額と、それがいつ収益として認識されるかの見込み(第120項)。
- 収益の金額及び時期の決定に著しい影響を与える重要な判断(例:履行義務の充足時期の判断方法)(第123項)。
- 契約コスト資産に関する情報(償却方法、残高、減損損失など)(第127項、第128項)。
まとめ
IFRS第15号は、収益認識に関する単一の包括的なフレームワークを提供し、業種や地域を超えた財務諸表の比較可能性を向上させることを目的としています。中心となる5ステップアプローチを正しく理解し、契約の識別から履行義務の特定、取引価格の算定・配分、そして収益認識のタイミングの判断までを慎重に行うことが求められます。また、契約コストの資産計上や詳細な開示要求にも留意が必要です。本基準の適切な適用は、企業の財務状況を正確に報告し、投資家をはじめとするステークホルダーとの信頼関係を構築する上で不可欠と言えるでしょう。
収益認識基準(IFRS第15号)のよくある質問まとめ
Q. IFRS第15号とは、どのような会計基準ですか?
A. IFRS第15号は、顧客との契約から生じる収益に関する会計処理の原則を定めた国際的な会計基準です。いつ、いくらの収益を認識すべきかを明確にするための統一的なルールを提供し、財務諸表の比較可能性を高めることを目的としています。
Q. 収益を認識するための「5つのステップ」とは何ですか?
A. 収益認識の基本原則を適用するための5つのステップは以下の通りです。ステップ1:顧客との契約を識別する、ステップ2:契約における履行義務を識別する、ステップ3:取引価格を算定する、ステップ4:取引価格を履行義務に配分する、ステップ5:履行義務の充足時に収益を認識する(第2項)。
Q. 「履行義務」とは具体的に何ですか?
A. 履行義務とは、企業が顧客に提供を約束した「別個の」財またはサービスのことです(第22項)。例えば、製品の販売とその後の保守サービスが契約に含まれている場合、これらは別々の履行義務として識別されることがあります。
Q. 収益はいつ認識すればよいのですか?「一時点」と「一定の期間」の違いは何ですか?
A. 収益は、約束した財やサービスを顧客に移転し「履行義務を充足した時」に認識します(第31項)。顧客がサービスの提供と同時に便益を受け取る場合は「一定の期間」にわたって収益を認識し、商品の引き渡しのように支配が一度に移る場合は「一時点」で収益を認識します(第35項、第38項)。
Q. 「契約資産」と「契約負債」の違いは何ですか?
A. 「契約資産」は、企業が財やサービスを提供済みであるものの、まだ顧客への請求権が確定していない(時の経過以外の条件がある)権利を指します(第107項)。一方、「契約負債」は、顧客から対価を受け取ったものの、まだ財やサービスを提供する義務が残っている状態(前受金など)を指します(第106項)。
Q. IFRS第15号はいつから適用されていますか?
A. IFRS第15号は、原則として2018年1月1日以後に開始する事業年度から強制適用されています。これにより、IAS第18号「収益」やIAS第11号「工事契約」などの旧基準は置き換えられました。