国際会計基準(IFRS)におけるIAS第36号「資産の減損」は、資産価値が著しく低下した場合の会計処理を定めています。一度認識した減損損失も、経済状況の好転などによりその価値が回復することがあります。本記事では、IAS第36号に定められる減損損失の戻入れに関する規定(第109項から第125項)について、条項番号に沿ってその要件、会計処理、および実務上の注意点を詳細に解説します。
減損損失の戻入れの検討と要件
減損損失の戻入れは、自動的に行われるものではなく、特定の要件を満たした場合にのみ検討・実施されます。企業は、毎期末にその可能性を評価する義務があります。
戻入れ検討の義務とタイミング
企業は、各報告期間の末日において、過去に「のれん」以外の資産について認識した減損損失がもはや存在しない、または減少している可能性を示す兆候があるかどうかを評価しなければなりません(第110項)。この評価は、個別資産だけでなく資金生成単位にも同様に適用されます(第109項)。
回収可能価額の見積り
戻入れの可能性を示す兆候が存在する場合、企業は当該資産の回収可能価額(使用価値と処分コスト控除後の公正価値のいずれか高い方)を新たに見積もる必要があります(第110項)。この見積り結果が、帳簿価額を上回る場合に、戻入れの具体的な会計処理へと進みます。
戻入れ以外の会計処理への影響
減損損失が回復する兆候が見られる場合、たとえ戻入れが行われないとしても、それは他の会計上の見積りを見直すきっかけとなる可能性があります。具体的には、当該資産の残存耐用年数、減価償却方法、または残存価額を再検討し、必要に応じて修正することが求められます(第113項)。
減損損失の戻入れを示唆する兆候
どのような場合に減損損失の戻入れを検討すべきでしょうか。IAS第36号では、減損の兆候(第12項)の裏返しとして、戻入れの可能性を示す兆候を例示しています(第111項、第112項)。企業は、最低限、以下の兆候を考慮する必要があります。
| 情報源の分類 | 具体的な兆候の例 |
|---|---|
| 外部の情報源 |
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| 内部の情報源 |
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減損損失の戻入れの認識と会計処理
戻入れの兆候があり、回収可能価額が帳簿価額を上回った場合、具体的な認識プロセスに進みます。ただし、認識には厳格な条件が定められています。
戻入れを認識するための条件
減損損失の戻入れは、最後に減損を認識して以降、回収可能価額の算定に用いた見積りに変更があった場合にのみ認識しなければなりません(第114項)。この見積りの変更は、資産の潜在的な用役の増加を反映するものでなければならず、具体的には以下のようなケースが該当します(第115項)。
- 回収可能価額の算定基礎の変更(例:使用価値から公正価値へ)
- 将来キャッシュ・フローの金額や時期の見積りの変更
- 割引率の変更
時の経過による戻入れの禁止
注意すべき点として、単なる時の経過(割引の振戻し)を理由とする減損損失の戻入れは認められていません(第116項)。将来キャッシュ・フローの現在価値は、時の経過とともに増加しますが、これは見積りの変更には該当しないため、戻入れの根拠とはなりません。
個別資産における減損損失の戻入れ
個別資産について減損損失の戻入れを認識する際には、戻入れ額の上限や損益計算書への計上方法について特別な規定が存在します。
戻入れ額の上限
減損損失の戻入れによって増加した資産の帳簿価額には上限が設けられています。その上限とは、「過去に減損損失を認識しなかったと仮定した場合の(減価償却等を控除した後の)帳簿価額」です(第117項)。この上限を超える増額は、減損の戻入れではなく再評価として扱われ、IAS第16号「有形固定資産」などの関連基準に従って処理されます(第118項)。
損益計算書への計上
減損損失の戻入れは、原則として直ちに純損益に認識します。ただし、再評価モデルを適用している資産については、会計処理が異なります。
| 資産の会計モデル | 戻入れの認識場所 |
|---|---|
| 原価モデルを適用する資産 | 直ちに純損益に認識(第119項) |
| 再評価モデルを適用する資産 | 原則としてその他の包括利益に認識し、再評価剰余金を増加させる(第120項)。ただし、当該資産の過去の減損損失が純損益で認識されていた場合は、その範囲内で戻入れ額も純損益に認識します。 |
戻入れ後の減価償却費の調整
減損損失の戻入れを認識した後、当該資産の減価償却費は、改訂された帳簿価額に基づき、残りの耐用年数にわたって将来の期間において修正する必要があります(第121項)。
資金生成単位と「のれん」の特則
資金生成単位や、そこに含まれる「のれん」については、個別資産とは異なる特別なルールが適用されます。
資金生成単位への戻入れ額の配分
資金生成単位の減損損失の戻入れは、当該単位を構成する資産(のれんを除く)の帳簿価額に応じて比例配分されます(第122項)。ただし、配分後の各資産の帳簿価額は、個別に定められた上限(①算定可能な場合はその回収可能価額、②減損がなかった場合の帳簿価額、のいずれか低い方)を超えることはできません(第123項)。上限を超えて配分できなかった金額は、上限に達していない他の資産に再度比例配分されます。
のれんの減損損失は戻入れ禁止
最も重要な特則として、のれんについて一度認識した減損損失は、その後のいかなる期間においても戻入れが禁止されています(第124項)。これは、のれんの価値の回復が、買収時に取得したのれんの回復ではなく、その後に企業努力によって生み出された自己創設のれんの増加である可能性が高いからです(第125項)。IAS第38号「無形資産」では自己創設のれんの資産計上を禁止しており、この規定との整合性を図るための措置です。
まとめ
IAS第36号における減損損失の戻入れは、資産価値の回復を財務諸表に適切に反映させるための重要な手続きです。しかし、その適用には、毎期の兆候の評価、客観的な見積りに基づく回収可能価額の算定、戻入れ額の上限規制など、厳格な要件が課されています。特に、のれんの減損損失は一切戻入れができないという点は、実務上、極めて重要なポイントです。これらの規定を正確に理解し、適切に適用することが、信頼性の高い財務報告の実現につながります。
IAS第36号「資産の減損」における減損損失の戻入れに関するよくある質問
Q. 減損損失の戻入れは、どのような場合に行うのですか?
A. 過去に減損損失を認識した資産について、その減損が不要になった、または減少した可能性を示す「兆候」がある場合に戻入れを検討します。具体的には、資産の市場価値が著しく回復したり、事業環境が好転した場合などです(IAS第36号 第110項、第111項)。
Q. 減損損失を戻し入れる際の限度額はありますか?
A. はい、あります。戻入れ後の資産の帳簿価額は、「過去に減損損失を認識しなかったとした場合の帳簿価額(減価償却後)」を超えることはできません。この上限を超える増額は、減損の戻入れではなく「再評価」として扱われます(IAS第36号 第117項)。
Q. 一度減損した「のれん」の価値が回復した場合、減損損失を戻し入れることはできますか?
A. いいえ、できません。のれんについて一度認識した減損損失は、その後に価値が回復したとしても戻し入れることは禁止されています。これは、価値の回復が内部で創出された自己創設のれんの増加とみなされるためです(IAS第36号 第124項、第125項)。
Q. 減損損失の戻入れは、会計上どのように処理されますか?
A. 原則として、戻入れ額は直ちに純損益(利益)として認識します。ただし、その資産が再評価モデルを適用している「再評価資産」である場合は、その他の包括利益として処理されることがあります(IAS第36号 第119項、第120項)。
Q. 減損損失を戻し入れた後、その資産の減価償却はどうなりますか?
A. 減損損失を戻し入れた後は、改訂された新しい帳簿価額を基に、残りの耐用年数にわたって減価償却費を再計算し、将来の期間で計上していきます(IAS第36号 第121項)。
Q. 時間が経って資産の割引現在価値が上がっただけでも、減損損失を戻し入れることはできますか?
A. いいえ、できません。単なる「時の経過」によって割引計算上の現在価値が増加した(割引の振戻し)という理由だけでは、減損損失を戻し入れることは認められていません。価値回復には実質的な見積りの変更が必要です(IAS第36号 第116項)。