IFRS第9号「金融商品」が導入された現在においても、企業はIFRS第9号のヘッジ会計ではなく、IAS第39号に基づくヘッジ会計の要求事項を継続して適用する選択が認められています(第71項)。本記事では、IAS第39号におけるヘッジ手段やヘッジ対象の適格要件、ヘッジ会計の3つの種類、そして金利指標改革に伴う特例措置について、具体的なケーススタディを交えながら詳細に解説いたします。
ヘッジ手段の指定要件と実務上の留意点
企業がヘッジ会計を適用する際、まずは適切なヘッジ手段を指定する必要があります。どのような金融商品が適格とされるのか、その原則と例外について解説します。
適格なヘッジ手段の原則
企業がヘッジ手段として指定できるのは、原則としてデリバティブに限定されています。非デリバティブ金融商品(償却原価で測定される金融資産など)は、外国為替レート変動リスクをヘッジする場合にのみ指定が可能です(第72項、AG95項)。また、売建オプションは潜在的損失が著しく大きくなる可能性があるため、他の買建オプションと相殺される例外を除き、ヘッジ手段として不適格とされています(AG94項)。
| 金融商品の種類 | ヘッジ手段としての適格性 |
|---|---|
| デリバティブ | 原則として適格 |
| 非デリバティブ金融商品 | 原則不適格(為替リスクのヘッジのみ適格) |
| 売建オプション | 原則不適格 |
ヘッジ手段の指定方法と例外
通常、ヘッジ関係はヘッジ手段の全体について指定されなければなりません。例えば、想定元本の50%といった一定割合をヘッジ手段として指定することは可能ですが、5年の存続期間のうち最初の3年のみといった期間の一部分を指定することは認められません(第74項、第75項)。例外として、オプションの本源的価値と時間的価値を区分し、本源的価値の変動のみを指定することなどは認められています。
| 指定方法 | 可否 |
|---|---|
| 想定元本の一定割合(例:50%) | 可能 |
| 存続期間の一部分(例:5年のうち最初の3年) | 不可能 |
背景と具体的なケーススタディ
非デリバティブ金融商品をヘッジ手段として無制限に許容すると、企業が恣意的に公正価値測定を選択し、会計の規律が損なわれる懸念があるため、為替リスク以外の適用が禁止されました(BC144項)。また、買建オプションの全体を予定取引の価格上昇リスク(片側リスク)のみのヘッジ手段に指定する場合、オプションの時間的価値に関する変動がヘッジ対象に存在しないため、完全な相殺効果は得られないとされています(AG99BA項)。
ヘッジ対象の要件と金融・非金融商品の違い
ヘッジ手段と対になるヘッジ対象についても、厳格な要件が定められています。対象となる項目の性質によって指定可能な範囲が異なります。
適格なヘッジ対象の原則
ヘッジ対象となり得るのは、認識されている資産や負債、未認識の確定約定、非常に可能性の高い予定取引、または在外営業活動体に対する純投資です(第78項)。ヘッジ対象は単一の項目でも、類似のリスク特性を持つ項目のグループでも指定可能ですが、企業の外部の関係者を相手方とする項目のみが対象となります(第80項)。
| 適格なヘッジ対象の例 | 指定の条件 |
|---|---|
| 認識されている資産・負債 | 外部の関係者を相手方とすること |
| 非常に可能性の高い予定取引 | 発生確率が極めて高いこと |
金融商品項目と非金融商品項目の違い
金融商品項目の場合、そのキャッシュ・フローや公正価値の一部分(例えばLIBORなどの金利部分)のみに関連するリスクをヘッジ対象として指定することができます。これは金利部分が独立して識別可能であり、信頼性をもって測定可能だからです(第81項)。一方、非金融商品項目の場合は、特定のリスク(コモディティ価格部分など)を分離して測定することが困難であるため、原則として為替リスクについて、または全体ですべてのリスクについてのいずれかでしか指定できません(第82項)。
| 項目の種類 | 部分的なリスク指定の可否 |
|---|---|
| 金融商品項目 | 可能(金利部分など独立識別可能な場合) |
| 非金融商品項目 | 原則不可能(全体または為替リスクのみ) |
背景と具体的なケーススタディ
非金融商品の一部リスクのみの指定を認めると、非有効性が生じないように意図的に指定が行われ、ヘッジ有効性テストの原則が歪められるため禁止されています(BC137項)。例えば、将来のインフレーションの予想は金利の構成要素ですが、独立して識別可能で信頼性をもって測定可能ではないため、インフレーション連動債券の契約上特定された部分である場合等を除き、ヘッジされるリスクとして指定することはできません(AG99F項)。
ヘッジ会計の適用要件と3つのアプローチ
ヘッジ会計は、ヘッジ手段とヘッジ対象の公正価値の変動が純損益に与える相殺的な影響を認識する仕組みです。適用するための厳格な要件と種類を解説します。
ヘッジ会計の適用要件
ヘッジ会計を適用するためには、開始時にヘッジ関係等の公式な指定と文書化があること、当初のリスク管理戦略に沿って非常に有効であると見込まれること(事前テスト)、有効性が信頼性をもって測定できることなどの条件を満たす必要があります(第88項)。さらに、継続的に評価され、実際に非常に有効であった(通常80%〜125%の範囲内)と判断されていること(事後テスト)が求められます(AG105項)。
| 有効性テストの種類 | 判定基準の目安 |
|---|---|
| 事前テスト | 非常に有効であると見込まれること |
| 事後テスト | 相殺効果が通常80%〜125%の範囲内であること |
ヘッジ会計の3つの種類
ヘッジ会計には主に3つの種類があります。1つ目は公正価値ヘッジで、ヘッジ手段の公正価値変動とヘッジ対象の公正価値変動額をともに純損益に認識し相殺させます(第89項)。2つ目はキャッシュ・フロー・ヘッジで、ヘッジ手段の有効部分をその他の包括利益(OCI)に認識し、予定取引が純損益に影響を与える期に純損益に振り替えます(第95項)。3つ目は在外営業活動体に対する純投資のヘッジで、キャッシュ・フロー・ヘッジと同様に有効部分をOCIに認識します(第102項)。
| ヘッジの種類 | 有効部分の会計処理 |
|---|---|
| 公正価値ヘッジ | 純損益に認識 |
| キャッシュ・フロー・ヘッジ | その他の包括利益(OCI)に認識 |
デリバティブの契約更改に伴うヘッジ会計の継続
通常、デリバティブの相手方の変更はヘッジ会計の将来に向かっての中止をもたらします。しかし、法律や規制の導入により既存の店頭デリバティブを集中清算機関(CCP)に契約更改することが義務付けられた場合、条件の変更が最小限に留まるのであれば、ヘッジ手段の消滅とはみなさず、ヘッジ会計を継続することが特例として認められています(第91項)。
金利指標改革(IBOR改革)に伴う一時的な特例
IBOR(ロンドン銀行間取引金利等)の廃止と代替的な指標金利への移行に伴い、ヘッジ会計の継続が困難になることに対処するため、フェーズ1およびフェーズ2の例外措置が設けられました(第102A項)。
フェーズ1:不確実性期間の例外
改革によりキャッシュ・フローの時期や金額に不確実性が生じている期間において、予定取引が「発生する可能性が非常に高い」かを判定する際、基礎となる金利指標は改革の結果として変更されないと仮定することが義務付けられます(第102D項)。これにより、不確実性のみを理由としたヘッジ会計の強制的な中止が回避されます(第102G項)。
| フェーズ1の特例措置 | 効果 |
|---|---|
| 金利指標が変更されないという仮定 | 強制的なヘッジ会計の中止を回避 |
| 独立識別要件の開始時のみの適用 | 事後的な市場環境変化による中止を回避 |
フェーズ2:置換え実施時の例外
実際に契約が代替的な指標金利へ変更された場合、ヘッジ関係の指定を代替的な指標金利に修正することが義務付けられますが、これによってヘッジ会計を中止することはありません(第102P項)。また、80%〜125%の遡及的有効性を累積ベースで評価する場合、企業は公正価値変動の累計額をゼロにリセットする選択を行うことができ、移行初期のボラティリティによる要件逸脱を防ぐことができます(第102V項)。
まとめ
IAS第39号におけるヘッジ会計は、IFRS第9号導入後も選択的に適用可能であり、実務上重要な基準として機能し続けています。ヘッジ手段としては原則デリバティブが求められ、ヘッジ対象の指定要件も金融商品と非金融商品で厳密に区分されています。また、事後的な有効性テスト(80%〜125%の範囲内)を満たし続けるための文書化とモニタリングが不可欠です。近年では金利指標改革に伴う特例措置も設けられており、実務担当者はこれらの要件と例外を正確に把握し、適切なヘッジ会計を適用することが求められます。
IAS第39号ヘッジ会計のよくある質問まとめ
Q.ヘッジ手段として非デリバティブ金融商品は指定できますか?
A.原則として指定できませんが、外国為替レート変動リスクのヘッジに限り指定が可能です(第72項)。
Q.ヘッジ手段の期間の一部のみを指定することは可能ですか?
A.存続期間の一部分(例えば5年のうち最初の3年のみ)をヘッジ手段として指定することは認められていません(第75項)。
Q.非金融商品の一部リスクのみをヘッジ対象に指定できますか?
A.非金融商品は特定のリスクを分離して測定することが困難なため、為替リスクを除き、全体ですべてのリスクを指定する必要があります(第82項)。
Q.ヘッジ会計を適用するための有効性テストの基準は何ですか?
A.事後的な評価において、ヘッジ手段とヘッジ対象の公正価値やキャッシュ・フローの変動の相殺が通常80%〜125%の範囲内である必要があります(AG105項)。
Q.デリバティブの相手方が変更された場合、ヘッジ会計は継続できますか?
A.原則として中止となりますが、法令等により集中清算機関(CCP)へ契約更改が義務付けられた場合は特例として継続が認められます(第91項)。
Q.金利指標改革(IBOR改革)においてヘッジ会計の中止を防ぐ特例はありますか?
A.不確実性期間において、基礎となる金利指標が改革の結果として変更されないと仮定することで、強制的な中止を回避する特例があります(第102G項)。