IFRS第9号「金融商品」の公表に伴い、IAS第39号「金融商品:認識及び測定」の多くの規定はIFRS第9号に置き換えられました。しかし、現在もIAS第39号の一部、特に「ヘッジ会計」に関する規定は、特定の条件下で適用が認められています。本記事では、IFRS第9号の時代におけるIAS第39号の現在の「適用範囲」について、条項番号や結論の根拠を明記し、詳細に解説します。
IAS第39号の適用範囲と基本原則
現在のIAS第39号の適用範囲は、IFRS第9号を適用する企業が、ヘッジ会計についてIAS第39号のルールを会計方針として選択した場合に限定されます。これは、すべての企業が自動的に適用するものではなく、明確な意思決定に基づく選択適用である点が重要です。
IFRS第9号との関係と会計方針の選択
企業がIAS第39号のヘッジ会計要件を適用するには、以下の2つの条件を満たす必要があります(IAS第39号 第2項)。
- IFRS第9号が、IAS第39号のヘッジ会計要件の適用を認めていること(IFRS第9号 第6.1.3項及び第7.2.21項)。企業は会計方針として、IFRS第9号の新しいヘッジ会計規定ではなく、IAS第39号のヘッジ会計規定を継続して適用することを選択できます(IAS第39号 第71項)。
- 当該金融商品が、IAS第39号の規定に従ってヘッジ会計の要件を満たす有効なヘッジ関係の一部であること。
つまり、IFRS第9号の他の規定(金融商品の分類・測定など)を適用しつつ、ヘッジ会計の部分だけIAS第39号を適用するというハイブリッドなアプローチが認められています。
IAS第39号が現在も残る背景
国際会計基準審議会(IASB)は当初、IFRS第9号によってIAS第39号のすべてを置き換えることを目指していました。しかし、IFRS第9号のヘッジ会計規定の完成に時間を要したこと、そして特に銀行などが多用する「マクロ・ヘッジ(ポートフォリオ・ヘッジ)」に関する包括的な規定の議論が継続中であったことから、経過措置として企業に選択肢が与えられました。これにより、企業は新しいヘッジ会計モデルへの準備が整うまで、あるいはマクロ・ヘッジの議論が完了するまで、使い慣れたIAS第39号の規定を継続適用できることになっています。
ヘッジ手段として指定できる金融商品
IAS第39号のヘッジ会計を選択した場合、ヘッジ手段として指定できる金融商品の範囲は明確に定められています。すべての金融商品がヘッジ手段として適格となるわけではありません。
デリバティブと非デリバティブの取扱い
ヘッジ手段として指定できる金融商品は、デリバティブか非デリバティブかによって取扱いが大きく異なります(IAS第39号 第72項)。
| 金融商品の種類 | ヘッジ手段としての指定 |
|---|---|
| デリバティブ | 原則としてヘッジ手段として指定可能です。ただし、企業が売却したオプション(売建オプション)は、ヘッジ対象の損失を相殺する効果が限定的であるため、一部の例外を除きヘッジ手段として指定できません。 |
| 非デリバティブ金融商品(現金性商品) | 「為替リスク」のヘッジの場合にのみ、ヘッジ手段として指定できます。金利リスクや価格変動リスクなど、為替リスク以外のリスクをヘッジするために非デリバティブ金融商品をヘッジ手段とすることは認められていません。 |
非デリバティブの利用を為替リスクに限定する背景には、測定基礎の混在(償却原価と公正価値)による財務諸表の複雑化を防ぎ、ヘッジ会計の規律を維持する目的があります(BC145項)。
指定できないもの(自己株式等)
企業が保有する自己の資本性金融商品(自己株式)は、その企業にとって金融資産でも金融負債でもないため、ヘッジ手段として指定することはできません(AG97項)。ヘッジ会計は、企業の資産・負債や予定取引等に係るリスクを管理するためのものであるため、資本取引に分類される自己株式はその対象外となります。
ヘッジ対象として指定できる項目
ヘッジ会計を適用するためには、リスクをヘッジしたい対象(ヘッジ対象)もまた、基準書で定められた適格要件を満たす必要があります。
適格なヘッジ対象
IAS第39号では、以下の項目がヘッジ対象として指定できるとされています(IAS第39号 第78項)。
- 認識されている資産又は負債
- 未認識の確定約定(価格や数量が固定された将来の契約)
- 発生の可能性が非常に高い予定取引
- 在外営業活動体(海外子会社など)に対する純投資
非金融商品のヘッジに関する制限
原材料や固定資産といった非金融資産・負債をヘッジ対象とする場合、特別な制限が課せられます。これらの項目については、以下のいずれかのリスクについてのみヘッジ対象として指定できます(IAS第39号 第82項)。
- 為替リスク
- すべてのリスク全体(公正価値またはキャッシュ・フローの変動全体)
例えば、ジェット燃料の購入予定について、「原油価格の変動リスク」といった構成要素リスクのみを分離してヘッジ対象とすることは認められません。これは、非金融商品の場合、特定のリスク要素を分離して信頼性をもって測定することが困難であるためです(BC138項)。
グループ内取引の取扱い(連結上の範囲)
連結財務諸表を作成する企業グループにおいては、グループ内の会社間取引をヘッジ会計の対象とする際に注意が必要です。
外部取引の原則
ヘッジ会計の原則は、報告事業体の「外部」の当事者との取引から生じるリスクを管理することです。したがって、ヘッジ手段として指定するデリバティブ(第73項)や、ヘッジ対象となる資産・負債・予定取引(第80項)は、原則としてグループ外部の第三者との間で生じたものでなければなりません。
グループ内取引が例外的に対象となるケース
通常、グループ内取引は連結手続において相殺消去されるため、ヘッジ会計の対象にはなりません。しかし、以下の特定の状況では、例外的にヘッジ対象として適格となる場合があります(IAS第39号 第80項)。
- 貨幣性項目の為替リスク: 親会社と子会社の機能通貨が異なる場合、両社間の貸付金等から生じる為替差損益は、それぞれの個別財務諸表では発生しますが、連結上完全に相殺されないことがあります。このような連結純損益に影響を与える為替リスクは、ヘッジ対象として適格となり得ます。
- 発生可能性が高いグループ内予定取引: グループ内での将来の売買取引(例えば、海外子会社からの製品購入予定)が、取引当事者の機能通貨以外の通貨(例:米ドル)で行われ、かつその外国為替リスクが連結純損益に影響を与える場合、その予定取引はキャッシュ・フロー・ヘッジの対象として適格となり得ます。
具体的なケーススタディ
理論的な解説に加え、具体的な事例を通じてIAS第39号の適用範囲を理解しましょう。
金利リスクのポートフォリオ・ヘッジ(マクロ・ヘッジ)
状況: ある銀行が、多数の変動金利住宅ローン(資産)と固定金利預金(負債)を保有しており、ポートフォリオ全体の金利変動リスクを管理したいと考えています。個別の取引ごとではなく、ポートフォリオ全体でヘッジ会計を適用したい場合、IFRS第9号ではまだ包括的な規定が整備されていないため、IAS第39号の適用を選択しました。
適用の範囲: IAS第39号では、金融資産又は金融負債のポートフォリオの一部分の金利エクスポージャーに対する公正価値ヘッジ(通称:マクロ・ヘッジ)に関する特別な規定があります(第81A項)。この規定により、銀行は個々のローンを特定するのではなく、予想される金利改定期間ごとの「通貨金額(例:今後3か月以内に金利が改定される資産ポートフォリオのうち20億円分)」をヘッジ対象として指定できます。これにより、実務的なリスク管理手法に即したヘッジ会計の適用が可能となります。
内部デリバティブの取扱い
状況: ある企業の財務部門が、事業部門が保有する外貨建売掛金の為替リスクをヘッジするため、内部的に為替予約を提供しました。財務部門はその後、同額の反対取引を外部の金融機関と締結しました。
適用の範囲:
- 個別財務諸表(事業部門): 事業部門の個別財務諸表上は、財務部門との内部為替予約をヘッジ手段として指定することが可能です(第73項)。
- 連結財務諸表: 連結上、この内部為替予約は相殺消去されるため、ヘッジ手段として指定できません。しかし、財務部門が外部の金融機関と締結した為替予約を、事業部門の売掛金から生じる為替リスクに対するヘッジ手段として指定することは可能です(BC165項-BC167項)。
まとめ
IFRS第9号の導入後も、IAS第39号はヘッジ会計の領域で重要な役割を果たし続けています。その適用範囲は、IFRS第9号を適用する企業が会計方針としてIAS第39号のヘッジ会計規定を選択した場合に限定されます。この選択を行った企業は、ヘッジ手段・ヘッジ対象の適格性、非金融商品の制限、グループ内取引の取扱いなど、IAS第39号で定められた詳細な要件を遵守する必要があります。特に、IFRS第9号ではまだ整備されていないマクロ・ヘッジの規定が利用できる点は、金融機関等にとって大きなメリットとなっています。自社のリスク管理戦略と会計処理の整合性を図る上で、この選択適用の意義を正確に理解することが不可欠です。
IAS第39号の適用範囲に関するよくある質問
Q. なぜIFRS第9号が導入された後も、古い基準であるIAS第39号の一部が残っているのですか?
A. IFRS第9号のヘッジ会計、特にポートフォリオ全体のリスクを管理する「マクロ・ヘッジ」に関する規定の整備が完了していないためです。IASBは、企業が新しい規定へ円滑に移行できるよう、経過措置としてIAS第39号のヘッジ会計規定を引き続き適用する選択肢を残しました。
Q. どのような金融商品でもヘッジ手段として使えますか?
A. いいえ、制限があります。デリバティブは原則として使用できますが、非デリバティブ金融商品(貸付金や借入金など)は「為替リスク」のヘッジにしか使用できません。金利リスク等のヘッジに非デリバティブを使用することは認められていません。
Q. 非金融商品(原材料など)の価格変動リスクの一部だけをヘッジすることは可能ですか?
A. IAS第39号では認められていません。非金融商品をヘッジ対象とする場合、「為替リスク」または価格変動などの「すべてのリスク全体」のいずれかで指定する必要があり、例えば「原油価格部分」のような特定のリスク要素だけを分離してヘッジすることはできません。
Q. グループ会社間の取引はヘッジ会計の対象になりますか?
A. 原則として、グループ内取引は連結財務諸表上では相殺消去されるため対象外です。ただし、グループ間の外貨建取引の為替リスクが連結純損益に影響を与える場合など、特定の条件下では例外的にヘッジ対象として認められることがあります。
Q. IAS第39号で認められている「マクロ・ヘッジ」とは何ですか?
A. 個別の金融商品を特定せず、多数の金融資産・負債からなるポートフォリオ全体の金利リスクなどをヘッジする会計処理です。例えば、銀行が金利改定時期ごとに資産・負債をグルーピングし、その純額(ネットのエクスポージャー)をヘッジ対象とすることができます。
Q. IFRS第9号のヘッジ会計とIAS第39号のヘッジ会計は、必ずどちらかを選ばないといけませんか?
A. はい、会計方針として選択する必要があります。一度IFRS第9号のヘッジ会計を適用することを決定した場合、原則としてIAS第39号に戻ることはできません。企業は自社のリスク管理方針に照らして、どちらの基準を適用するか慎重に決定する必要があります。