企業会計基準第31号「会計上の見積りの開示に関する会計基準」は、当年度の財務諸表に計上した金額のうち、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目について、その見積りの内容を注記することを求める基準です。注記する内容は、識別した項目の項目名、当年度の財務諸表に計上した金額、そして財務諸表利用者の理解に資するその他の情報の三つが柱となります。この記事では、上場準備企業の経理・財務担当者や経営者に向けて、開示の目的から項目の識別、注記する具体的な内容、実務上の留意点までを丁寧に解説します。
会計上の見積りの開示に関する会計基準とは
本会計基準は、会計上の見積りの開示について定めることを目的とする基準です。前提として「会計上の見積り」とは、資産及び負債や収益及び費用等の額に不確実性がある場合において、財務諸表作成時に入手可能な情報に基づいて、その合理的な金額を算出することをいいます。財務諸表に計上した金額のみでは、その金額が含まれる項目が翌年度の財務諸表に影響を及ぼす可能性があるかどうかを財務諸表利用者が理解することは困難です。企業会計基準委員会 企業会計基準第31号 会計上の見積りの開示に関する会計基準
そこで本会計基準は、当年度の財務諸表に計上した金額のうち翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目における会計上の見積りの内容について、財務諸表利用者の理解に資する情報を開示することを求めています。開発にあたっては、国際会計基準(IAS)第1号「財務諸表の表示」第125項の定めを参考とし、個々の注記を拡充するのではなく、原則(開示目的)を示したうえで具体的な開示内容は企業が開示目的に照らして判断する枠組みが採られました。
「会計上の見積り」と「会計上の見積りの開示」の違い
両者は名称が似ていますが、対象とする概念は異なります。「会計上の見積り」は、企業会計基準第24号で定義される、不確実性がある額について合理的な金額を算出する行為そのものを指します。一方で「会計上の見積りの開示」は、そうして算出した金額のうち、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目について、その見積りの内容を注記として示すことをいいます。見積りという行為の裏側にあるリスクを、財務諸表利用者に伝えるための開示であると整理すると理解しやすいでしょう。
開示の目的
会計上の見積りは、財務諸表作成時に入手可能な情報に基づいて合理的な金額を算出するものですが、見積りの方法や基礎となる情報の入手可能性は様々であり、その結果、計上する金額の不確実性の程度も様々です。このため本会計基準は、当年度の財務諸表に計上した金額が会計上の見積りによるもののうち、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目における会計上の見積りの内容について、財務諸表利用者の理解に資する情報を開示することを目的としています。企業会計基準委員会 企業会計基準第31号 会計上の見積りの開示に関する会計基準
ここでいう「リスク」には、翌年度の財務諸表にとって有利となる場合及び不利となる場合の双方が含まれます。損失方向の影響だけでなく、利益方向の影響も含めて検討する点に留意が必要です。また、本会計基準に基づく開示は将来予測的な情報の開示を企業に求めるものではありませんが、開示する項目の識別に際しては、開示目的を達成するために翌年度の財務諸表に及ぼす影響を踏まえた判断を行うことが求められます。
開示する項目の識別
会計上の見積りの開示を行うにあたり、当年度の財務諸表に計上した金額が会計上の見積りによるもののうち、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目を識別します。識別する項目は、通常、当年度の財務諸表に計上した資産及び負債です。翌年度の財務諸表に与える影響を検討するにあたっては、影響の金額的大きさ及びその発生可能性を総合的に勘案して判断します。企業会計基準委員会 企業会計基準第31号 会計上の見積りの開示に関する会計基準
識別にあたっては、当年度の財務諸表に計上した金額に重要性があるものに着目するのではなく、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがあるものに着目する点が特徴です。このため、例えば固定資産について減損損失の認識を行わないとした場合でも、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクを検討したうえで、当該固定資産を開示する項目として識別する可能性があります。なお、直近の市場価格により時価評価する資産及び負債の市場価格の変動は、会計上の見積りに起因するものではないため、項目を識別する際に考慮しません。
識別する項目の数については、本会計基準では判断のための詳細な規準は示されていません。開示目的に照らせば、識別する項目の数は企業の規模及び事業の複雑性等により異なると考えられるものの、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目を識別することから、比較的少数の項目を識別することになると考えられます。
注記する内容
識別した項目について注記する内容は、大きく分けて次の三つです。まず本会計基準に基づいて識別した会計上の見積りの内容を表す項目名を注記し、これに加えて、当年度の財務諸表に計上した金額と、会計上の見積りの内容について財務諸表利用者の理解に資するその他の情報を注記します。企業会計基準委員会 企業会計基準第31号 会計上の見積りの開示に関する会計基準
| 項目名 | 本会計基準に基づいて識別した会計上の見積りの内容を表す項目名 |
|---|---|
| 当年度計上額 | 当年度の財務諸表に計上した金額 |
| その他の情報 | 会計上の見積りの内容について財務諸表利用者の理解に資する情報 |
これらの具体的な内容や記載方法(定量的情報若しくは定性的情報、又はこれらの組み合わせ)については、開示目的に照らして判断します。開示の詳細さについては、本会計基準では特段定めておらず、注記する事項は開示目的に照らして各企業が判断すべきものとされています。
その他の情報として注記する事項の例
「財務諸表利用者の理解に資するその他の情報」として、開示目的に照らして注記する事項には、例えば次のようなものがあります。ただし、これらは例示であり、単に会計基準等における取扱いを算出方法として記載するのではなく、企業の置かれている状況が理解できるようにすることで、財務諸表利用者に有用な情報となると考えられます。
| 金額の算出方法 | 当年度の財務諸表に計上した金額の算出方法 |
|---|---|
| 主要な仮定 | 当年度の財務諸表に計上した金額の算出に用いた主要な仮定 |
| 翌年度への影響 | 翌年度の財務諸表に与える影響 |
翌年度の財務諸表に与える影響を定量的に示す場合には、単一の金額のほか、合理的に想定される金額の範囲を示すことも考えられます。主要な仮定については、金額の算出方法に対するインプットとして想定される数値(定量的な情報)や、その前提となった状況や判断の背景の説明(定性的な情報)、又は両者の組み合わせの場合もあると考えられます。
独立注記と単一の注記
会計上の見積りの開示は、独立の注記項目とします。識別した項目が複数ある場合には、それらの項目名は単一の注記として記載します。本会計基準に基づき開示された情報であることが明瞭にわかるようにするため、独立した注記項目として整理する取扱いが定められています。
なお、項目名以外の注記事項について、会計上の見積りの開示以外の注記に含めて財務諸表に記載している場合には、当該他の注記事項を参照することにより記載に代えることができます。個々の会計基準等により既に注記が求められている場合もあることから、注記の重複を避ける観点からこの取扱いが認められています。
連結財務諸表と個別財務諸表の取扱い
本会計基準に基づく開示は、連結財務諸表と個別財務諸表で同様の取扱いとすることを原則としています。連結財務諸表を作成している場合に、個別財務諸表において本会計基準に基づく開示を行うときは、その他の情報に関する注記事項について連結財務諸表における記載を参照することができます。さらに、識別した項目ごとに、当年度の個別財務諸表に計上した金額の算出方法に関する記載をもって、その他の情報の注記事項に代える簡素化された開示も認められています。
上場準備での実務ポイント
上場準備企業では、繰延税金資産の回収可能性、固定資産の減損、貸倒引当金、退職給付債務など、見積りの要素を含む項目が多く存在します。これらのうち翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目を、影響の金額的大きさと発生可能性の両面から総合的に検討し、開示する項目を識別することが実務の出発点となります。本会計基準は判断のための詳細な規準を示していないため、各社が自社の状況に即して判断する必要があります。
識別した項目については、項目名・当年度計上額に加え、算出方法や主要な仮定、翌年度への影響といったその他の情報をどこまで記載するかを、開示目的に照らして検討します。ここで注意したいのは、例示された事項をチェックリストのように機械的に埋めるのではなく、自社の置かれている状況が財務諸表利用者に伝わる記載とすることが求められている点です。監査法人との協議を早期に始め、注記のドラフトを繰り返し磨き込むことが、円滑な開示につながります。
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適用時期
本会計基準は、2021年3月31日以後終了する連結会計年度及び事業年度の年度末に係る連結財務諸表及び個別財務諸表から適用されています。ただし、公表日以後終了する連結会計年度及び事業年度における年度末に係る連結財務諸表及び個別財務諸表から早期に適用することもできるとされていました。企業会計基準委員会 企業会計基準第31号 会計上の見積りの開示に関する会計基準
適用初年度においては、本会計基準の適用は表示方法の変更として取り扱われます。ただし、企業会計基準第24号第14項の定めにかかわらず、本会計基準に定める注記事項について、適用初年度の財務諸表に併せて表示される比較情報に記載しないことができるとされています。過去の時点における判断に本会計基準を遡及的に適用することが困難であることなどを踏まえた取扱いです。
まとめ
会計上の見積りの開示に関する会計基準は、当年度の財務諸表に計上した金額のうち翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目について、会計上の見積りの内容を注記することを求める基準です。開示する項目は、影響の金額的大きさと発生可能性を総合的に勘案して識別し、通常は当年度に計上した資産及び負債が対象となります。
注記する内容は、項目名・当年度の計上額・その他の情報の三つが柱であり、その他の情報には算出方法、主要な仮定、翌年度への影響などが例示されています。詳細な規準は示されていないため、各社が開示目的に照らして自社の状況を伝える記載を検討することが重要です。上場準備の開示実務では判断に迷う場面も多いため、具体的なケースは公認会計士へのご相談をおすすめします。
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よくある質問
Q.会計上の見積りの開示に関する会計基準とは何ですか。
A.企業会計基準第31号で、当年度の財務諸表に計上した金額のうち、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目について、会計上の見積りの内容を注記することを求める基準です。財務諸表利用者の理解に資する情報を開示することを目的としています。
Q.注記する内容は何ですか。
A.識別した項目の項目名、当年度の財務諸表に計上した金額、そして会計上の見積りの内容について財務諸表利用者の理解に資するその他の情報の三つが柱です。その他の情報には、金額の算出方法、算出に用いた主要な仮定、翌年度の財務諸表に与える影響などが例示されています。
Q.開示する項目はどのように識別しますか。
A.当年度の財務諸表に計上した金額が会計上の見積りによるもののうち、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目を、影響の金額的大きさ及びその発生可能性を総合的に勘案して識別します。識別する項目は、通常、当年度の財務諸表に計上した資産及び負債です。
Q.「会計上の見積り」と「会計上の見積りの開示」は何が違いますか。
A.「会計上の見積り」は不確実性がある額について合理的な金額を算出する行為そのものを指します。一方で「会計上の見積りの開示」は、算出した金額のうち翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目について、その見積りの内容を注記として示すことをいいます。
Q.いつから適用されていますか。
A.2021年3月31日以後終了する連結会計年度及び事業年度の年度末に係る連結財務諸表及び個別財務諸表から適用されています。適用初年度は表示方法の変更として取り扱われ、比較情報に注記事項を記載しないことができるとされています。