国際財務報告基準(IFRS)の中でも、特に専門性が高いとされるIFRS第2号「株式に基づく報酬」。本基準は、ストック・オプションに代表される株式を用いた報酬制度に関する会計処理を定めています。企業の成長戦略として重要性が増す一方で、その会計処理は複雑です。本記事では、IFRS第2号の目的や適用範囲といった基本から、取引タイプ別の具体的な会計処理、開示要求事項に至るまで、各セクションの内容と対応条項を網羅的かつ詳細に解説します。
IFRS第2号「株式に基づく報酬」の基本原則
IFRS第2号を理解する上で、まずその目的、適用範囲、そして会計処理の基本的な考え方を押さえることが不可欠です。これらの原則は、すべての株式に基づく報酬取引に共通する土台となります。
目的と適用範囲
本基準書の目的は、企業が株式に基づく報酬取引を行った際の財務報告を定め、その影響を純損益および財政状態に適切に反映させることにあります(1項)。具体的には、従業員などに付与されるストック・オプションに関連する費用などを認識することを企業に要求します。
適用範囲は広く、企業が受け取る財やサービスを具体的に識別できるか否かにかかわらず、すべての株式に基づく報酬取引に適用されます(2項)。
| 適用対象となる取引 | 内容 |
|---|---|
| 持分決済型の株式に基づく報酬取引 | 企業の資本性金融商品(株式やストック・オプションなど)を対価として財やサービスを受け取る取引です。(2項(a)) |
| 現金決済型の株式に基づく報酬取引 | 企業の資本性金融商品の価値に基づいて算定される現金を対価として財やサービスを受け取る取引です。(2項(b)) |
| 決済方法の選択権がある取引 | 企業または取引の相手方が、現金決済か資本性金融商品の発行による決済かを選択できる取引です。(2項(c)) |
一方で、以下の取引は本基準の適用範囲から除外されます(4項-6項)。
- 企業の資本性金融商品の保有者としての立場で行われる取引
- IFRS第3号「企業結合」の範囲に含まれる企業結合で取得する財の取引
- IFRS第9号「金融商品」などの範囲に含まれる金融商品契約に従った取引
また、本基準書における「公正価値」はIFRS第13号「公正価値測定」とは異なる場合があるため、本基準書の定めに従って測定する必要がある点に注意が必要です(6A項)。
認識のタイミングと会計処理
株式に基づく報酬取引の会計処理の基本は、対価として受け取った財やサービスの認識から始まります。
企業は、株式に基づく報酬取引で受け取るか取得した財又はサービスを、当該財を獲得した時又はサービスを受け取った時に認識しなければなりません(7項)。この認識に伴い、取引のタイプに応じて以下のいずれかを計上します。
| 取引タイプ | 会計処理 |
|---|---|
| 持分決済型 | 対応する資本の増加を認識します。 |
| 現金決済型 | 対応する負債の増加を認識します。 |
受け取った財やサービスが、棚卸資産などの資産としての認識要件を満たさない場合には、費用として認識しなければなりません(8項)。従業員から提供されるサービスなどは通常、提供された時点で費消されるため、サービス提供期間にわたって費用として認識されます。
【取引タイプ別】会計処理の詳細解説
株式に基づく報酬取引は、その決済方法によって「持分決済型」「現金決済型」「現金選択権付き」に大別され、それぞれ会計処理が異なります。ここでは、各取引タイプにおける測定方法や特有の論点を詳しく見ていきます。
持分決済型の株式に基づく報酬取引
持分決済型は、自社の株式やストック・オプションを対価とする取引です。測定の基礎となるのが「公正価値」ですが、誰との取引かによって参照する公正価値が異なります。
原則として、受け取った財又はサービス及び対応する資本の増加を、受け取った財又はサービスの公正価値で直接測定します。しかし、その公正価値が信頼性をもって見積れない場合には、付与した資本性金融商品の公正価値を参照して間接的に測定します(10項)。
特に、従業員及び他の類似サービス提供者との取引では、受け取ったサービスの公正価値を信頼性をもって見積ることが困難なケースが多いため、付与した資本性金融商品の公正価値(付与日現在で測定)を参照して測定することが要求されます(11項)。
公正価値を測定する際には、「権利確定条件」の取扱いが重要なポイントとなります。
| 権利確定条件の種類 | 公正価値測定への反映 |
|---|---|
| 株式市場条件(株価目標など) | 付与日における資本性金融商品の公正価値の見積りに考慮します。その後の条件未達でも費用の戻入れは行いません。(21項) |
| 株式市場条件以外の権利確定条件(業績目標、勤務条件など) | 公正価値の見積りには考慮せず、最終的に権利が確定した資本性金融商品の数に基づいて認識する報酬費用を調整します。(19項) |
| 権利確定条件以外の条件 (非強制的な退職後拠出など) |
付与日における資本性金融商品の公正価値の見積りに考慮します。(21A項) |
また、権利確定期間中に契約条件が変更された場合、企業は最低でも当初の付与日公正価値で測定したサービス費用を認識した上で、従業員にとって有利な変更(公正価値の増加など)の影響を追加で認識しなければなりません(27項)。
現金決済型の株式に基づく報酬取引
現金決済型は、株価などに連動した現金を支払う取引で、会計上は負債として扱われます。代表例として株価連動型金銭報酬(SARs: Stock Appreciation Rights)が挙げられます。
企業は、取得した財又はサービス及び発生した負債を、当該負債の公正価値で測定します(30項)。持分決済型との最大の違いは、負債の測定タイミングです。
負債が決済されるまで、企業は各報告期間の末日及び決済日に公正価値を再測定し、公正価値の変動を当期の純損益に認識しなければなりません(30項)。つまり、株価の変動などが決済されるまで毎期、損益に影響を与えることになります。
権利確定条件の取扱いは持分決済型と類似していますが、株式市場条件も権利確定条件以外の条件も、公正価値の見積り及び再測定の際に考慮される点が特徴です(33C項)。
現金選択権付きの株式に基づく報酬取引
決済方法を現金か資本性金融商品か、企業または相手方が選択できる取引です。誰が選択権を持つかによって会計処理が大きく異なります。
| 選択権の保有者 | 会計処理の概要 |
|---|---|
| 相手方(従業員など) | 企業は複合金融商品(負債部分と資本部分)を付与したものとして会計処理します。まず現金支払要求権である負債部分の公正価値を測定し、次に資本性金融商品要求権である資本部分の公正価値を測定し、それぞれを別個に会計処理します。(35項-38項) |
| 企業 | 企業が現金で決済すべき現在の義務を有しているかどうかを判定します。義務がある場合は現金決済型として、義務がない場合は持分決済型として会計処理します。(41項-43項) |
グループ企業間の取引と源泉徴収義務
実務上、論点となりやすいのがグループ企業間での取引と、税務上の源泉徴収義務に関する会計処理です。
グループ企業間の取引では、財やサービスを受け取る企業は、たとえ親会社が報酬を決済する場合であっても、自身の権利及び義務を検討し、持分決済型か現金決済型かを判断して測定しなければなりません(43A項、43B項)。
また、源泉徴収義務に関する純額決済(従業員に代わって納税するために株式の一部を企業が源泉徴収する)の要素を持つ取引については、一定の要件を満たす限り、取引全体を持分決済型の株式に基づく報酬取引として分類することが認められています(33F項)。この場合、源泉徴収のために行った支払は、資本からの控除として会計処理されます(33G項)。
開示要求事項と経過措置
IFRS第2号では、財務諸表利用者が株式に基づく報酬取引の影響を正しく理解できるよう、詳細な開示が求められています。
財務諸表利用者のための開示情報
企業は、財務諸表の利用者が以下の情報を理解できるように、十分な情報を開示しなければなりません(44項)。
- 当期中に存在していた株式に基づく報酬契約の内容及び範囲(45項)
- 当期中に受け取った財又はサービスの公正価値、又は付与した資本性金融商品の公正価値をどのように算定したか(46項)
- 株式に基づく報酬取引が企業の当期純損益及び財政状態に与えた影響(50項)
具体的には、オプションの数や加重平均行使価格の変動、公正価値の算定に用いたオプション価格算定モデルやインプット(予想ボラティリティ等)、そして当期に認識した費用の総額などを開示する必要があります(45項、47項、51項)。
適用開始と経過措置
本基準書は原則として2005年1月1日以後開始する事業年度から適用されています(60項)。持分決済型取引については、2002年11月7日以降に付与され、発効日時点で権利が未確定であった付与に対して適用することとされていました(53項)。その後も改訂が重ねられており、それぞれの改訂内容に応じた経過措置が定められています。
まとめ
IFRS第2号「株式に基づく報酬」は、企業の報酬戦略と財務報告を繋ぐ重要な会計基準です。その会計処理は、取引を「持分決済型」「現金決済型」「選択権付き」のいずれかに正しく分類することから始まります。特に、測定の基礎となる公正価値の算定や、権利確定条件の取扱い、そして現金決済型における期末ごとの再測定は重要なポイントです。本基準の要求事項を正確に理解し、適切な会計処理と十分な情報開示を行うことが、企業の財務報告の信頼性を確保する上で不可欠と言えるでしょう。
IFRS第2号「株式に基づく報酬」のよくある質問まとめ
Q. IFRS第2号「株式に基づく報酬」とは、どのような会計基準ですか?
A. IFRS第2号は、企業が従業員などにストック・オプションなどを付与する「株式に基づく報酬取引」の会計処理を定めた基準です。この基準の主な目的は、これまで費用として認識されていなかったストック・オプションのコストなどを、企業の純損益や財政状態に適切に反映させることです。
Q. 「持分決済型」と「現金決済型」の株式に基づく報酬取引の違いは何ですか?
A. 「持分決済型」は、企業の株式やストック・オプションなど(資本性金融商品)を付与して決済する取引です。費用は付与日の公正価値で一度だけ測定し、資本の増加として処理します。一方、「現金決済型」は、株価などに連動した現金を支払う取引です。費用は決済されるまで毎期末に公正価値で再測定し、負債として処理します。公正価値の変動は純損益に認識されます。
Q. 株式に基づく報酬の費用は、いつ認識すればよいのですか?
A. 費用は、従業員などからサービスを受け取った時に認識します。権利が直ちに確定する場合は付与日に全額を認識しますが、通常は「権利確定期間」(一定期間の勤務が必要な期間)にわたって、サービスが提供される期間に応じて費用を按分して認識します。
Q. 付与したストック・オプションの公正価値はどのように計算するのですか?
A. 公正価値は、まず市場価格に基づいて測定します。市場価格がない場合は、ブラック・ショールズ・モデルや二項モデルといった、一般的に受け入れられているオプション価格算定モデルなどの評価技法を用いて見積もります。その際、株価、行使価格、予想ボラティリティ、オプションの期間、配当利回り、無リスク金利などの情報をインプットとして使用します。
Q. 権利確定条件(ベスティング条件)は、会計処理にどう影響しますか?
A. 権利確定条件には「株式市場条件」と「株式市場条件以外」があり、取扱いが異なります。「株式市場条件」(株価目標など)は、付与日の公正価値の算定に織り込みます。一方、「株式市場条件以外」(利益目標や継続勤務など)は公正価値の算定には含めず、最終的に権利が確定すると見込まれる株式数を見積もり、その数に基づいて認識する費用総額を調整することで会計処理に反映させます。
Q. ストック・オプションの条件を変更した場合(例えば行使価格を引き下げた場合)、会計処理はどうなりますか?
A. 従業員に有利な条件変更(例えば行使価格の引下げや権利確定期間の短縮)を行った場合、企業はその変更によって増加した公正価値(増分公正価値)を追加費用として認識しなければなりません。どのような変更があっても、最低限、当初の付与日に算定した公正価値に基づく費用は認識する必要があります。