国際会計基準(IFRS)における資産の減損会計は、企業の財政状態を正確に反映させる上で極めて重要です。特に、その中核をなす「回収可能価額」の測定は、減損損失を認識するかどうかの判断基準となります。本記事では、IAS第36号「資産の減損」の第18項から第57項に基づき、回収可能価額の測定に関する詳細な規定を、条項番号を明記しながら専門家が分かりやすく解説いたします。
回収可能価額測定の基本原則
回収可能価額の測定は、資産がその帳簿価額を回収できるかどうかを評価するための最初のステップです。IAS第36号では、その基本的な考え方と適用方法が明確に定められています。
回収可能価額の定義
まず、本基準における最も基本的な定義を確認します。回収可能価額とは、「資産又は資金生成単位の処分コスト控除後の公正価値と使用価値のいずれか高い金額」と定義されています(第6項、第18項)。この定義が、減損テストにおけるすべての評価の出発点となります。
測定の適用範囲
IAS第36号の第19項から第57項における「資産」という用語は、個別の資産だけでなく、複数の資産で構成される資金生成単位にも等しく適用されることが規定されています(第18項)。したがって、個別の機械装置から事業部門全体まで、同じ原則に基づいて評価が行われます。
双方の算定は常に必要ではない
実務上の負担を軽減するための重要な規定があります。処分コスト控除後の公正価値と使用価値のどちらか一方でも資産の帳簿価額を上回っていれば、その資産は減損していないと結論付けられます。そのため、もう一方の金額を算定する必要はありません(第19項)。これにより、効率的な減損テストが可能となります。
特殊な状況下での回収可能価額の測定
すべての資産について、常に公正価値と使用価値を容易に算定できるわけではありません。IAS第36号は、測定が困難な場合や特定の資産に関する取扱いについても規定しています。
回収可能価額が測定できない場合の取扱い
活発な市場が存在しないなどの理由で、処分コスト控除後の公正価値を信頼性をもって測定できない場合があります。このような限定的な状況では、企業は資産の回収可能価額として使用価値を用いることができます(第20項)。一方で、処分目的で保有される資産のように、使用価値が処分コスト控除後の公正価値を著しく超えないと想定される場合は、処分コスト控除後の公正価値を回収可能価額とすることが認められます(第21項)。
資金生成単位での測定
回収可能価額は原則として個別資産ごとに算定しますが、資産が独立したキャッシュ・フローを生まない場合は、その資産が属する資金生成単位について算定する必要があります(第22項、第65項から第103項参照)。ただし、以下のいずれかの条件を満たす場合は、個別資産での評価が可能です。
| 条件 | 内容 |
|---|---|
| 条件 (a) | 当該資産の処分コスト控除後の公正価値が帳簿価額より高い場合(第22項(a))。 |
| 条件 (b) | 当該資産の使用価値が処分コスト控除後の公正価値に近く、かつ公正価値が測定できる場合(第22項(b))。 |
耐用年数を確定できない無形資産の特例
のれんや一部の無形資産のように耐用年数を確定できない資産は、毎年の減損テストが義務付けられています(第10項)。しかし、効率化のため、前年度に実施した詳細な回収可能価額の計算結果を当期のテストに利用できる場合があります。これには、以下の全ての条件を満たす必要があります(第24項)。
- (a) 資金生成単位を構成する資産・負債が、直近の計算時から著しく変化していないこと。
- (b) 直近に計算した回収可能価額が、資産の帳簿価額を大幅に上回っていたこと。
- (c) その後の事象や状況変化を分析した結果、現在の回収可能価額が帳簿価額を下回る可能性が極めて低いこと。
処分コスト控除後の公正価値の詳細
処分コスト控除後の公正価値は、IFRS第13号「公正価値測定」に従って測定される公正価値から、処分コストを控除した金額です。この処分コストに何が含まれるか、また含まれないかを正確に理解することが重要です(第28項)。
| 項目 | 具体例 |
|---|---|
| 含まれる処分コスト | 法務コスト、印紙税、資産の除却コスト、資産を売却可能な状態にするための直接増分コスト(第28項)。 |
| 含まれないコスト | 資産処分に伴う事業再編に関連する解雇給付や関連コスト。これらは直接増分コストとは見なされません(第28項)。 |
また、資産の処分に際して買手が負債を引き受ける場合など、複雑なケースについては第78項で別途会計処理が規定されています(第29項)。
使用価値の算定
使用価値は、資産の継続的な使用と最終的な処分から生じると見込まれる将来キャッシュ・フローの現在価値として定義されます(第6項)。その算定は、複数の要素を慎重に見積もる複雑なプロセスです。
使用価値算定の5つの構成要素
使用価値の算定には、以下の5つの要素を反映させる必要があります(第30項)。
- (a) 資産から得られると期待される将来キャッシュ・フローの見積り。
- (b) 将来キャッシュ・フローの金額や時期に関する変動の予想。
- (c) 貨幣の時間価値(リスクフリー・レートで表現)。
- (d) 資産固有の不確実性の負担に対する価格。
- (e) 流動性の欠如など、市場参加者が価格に反映させるであろうその他の要因。
これらの要素を考慮し、資産の継続的使用と最終処分から生じる将来キャッシュ・インフローおよびアウトフローを見積もり、それらを適切な割引率で現在価値に割り引くことで使用価値を算定します(第31項)。
将来キャッシュ・フローの見積り
将来キャッシュ・フローの見積りは、使用価値算定の根幹をなします。その基礎と構成要素には厳格なルールが定められています。
| 見積りの基礎 | 規定内容 |
|---|---|
| 仮定の合理性 | 合理的で裏付け可能な仮定に基づき、経営者の最善の見積りを反映する必要があります。特に外部の証拠が重視されます(第33項(a))。 |
| 予算・予測の利用 | 経営者が承認した直近の財務予算・予測を基礎とします。予測期間は、正当な理由がない限り最長5年間です(第33項(b))。 |
| 5年超の予測 | 予算・予測期間を超えるキャッシュ・フローは、一定または逓減する成長率を用いて推計します。この成長率は、長期平均成長率を超えてはなりません(第32項)。 |
また、見積りには、資産の継続的使用によるキャッシュ・インフローと、それを生み出すためのアウトフロー、そして耐用年数終了時の正味処分キャッシュ・フローを含める必要があります(第39項)。一方で、コミットしていない将来のリストラクチャリング費用や、資産の性能を向上させるための将来投資に関連するキャッシュ・フローは含めてはなりません(第44項、第45項)。同様に、財務活動からのキャッシュ・フローや法人所得税の支払・受取も除外されます(第50項)。
割引率の決定
割引率は、将来キャッシュ・フローを現在価値に換算するために使用される重要な変数です。この利率は、貨幣の時間価値と、キャッシュ・フロー見積り側で未調整の資産固有リスクに関する現在の市場評価を反映した税引前の利率でなければなりません(第55項)。
重要なのは、リスクの二重計上を避けることです。将来キャッシュ・フローの見積りにおいて特定のリスクを考慮してキャッシュ・フローを保守的に見積もった場合、割引率に同じリスクを上乗せしてはなりません(第56項)。市場から直接利用可能な割引率がない場合は、企業の加重平均資本コスト(WACC)などを参考に代替的な数値を算定しますが、その際にも詳細なガイダンス(付録A A15項からA21項)に従う必要があります(第57項)。
まとめ
IAS第36号における回収可能価額の測定は、処分コスト控除後の公正価値と使用価値という2つの指標を比較し、より高い金額を採用するという基本原則に基づいています。しかし、その算定過程、特に使用価値の算定においては、将来キャッシュ・フローの見積りや割引率の決定など、多くの仮定と判断が求められます。本記事で解説した各条項の規定を正確に理解し、合理的で裏付けのある減損テストを実施することが、信頼性の高い財務報告に不可欠です。
IAS第36号「資産の減損」回収可能価額に関するよくある質問まとめ
Q. IAS第36号における「回収可能価額」とは何ですか?
A. 回収可能価額とは、資産の「処分コスト控除後の公正価値」と「使用価値」を比較し、いずれか高い方の金額を指します(IAS第36号 第18項)。資産が減損しているかどうかを判断するための重要な指標です。
Q. 回収可能価額を測定する際、「処分コスト控除後の公正価値」と「使用価値」は常に両方計算する必要がありますか?
A. いいえ、常に両方を計算する必要はありません。どちらか一方の金額が資産の帳簿価額を上回っていれば、資産は減損していないと判断されるため、もう一方の金額を見積もる必要はありません(IAS第36号 第19項)。
Q. 「使用価値」を計算する際の将来キャッシュ・フローは、何年先まで予測すればよいですか?
A. 経営者が承認した直近の財務予算・予測に基づき、原則として最長5年間のキャッシュ・フローを予測します。5年を超える期間については、一定または逓減する成長率を用いて見積もることになります(IAS第36号 第33項(b))。
Q. 「使用価値」の計算に、将来のリストラクチャリングや設備投資の効果を含めてもよいですか?
A. いいえ、含めることはできません。まだ企業がコミットしていない将来のリストラクチャリングや、資産の性能を向上させるための将来投資から生じるキャッシュ・フローは、見積りから除外する必要があります(IAS第36号 第44項、第45項)。
Q. 「処分コスト控除後の公正価値」を計算する際の「処分コスト」には何が含まれますか?
A. 処分コストには、法務コスト、印紙税、資産の除却コストなど、資産を売却可能な状態にするための直接的な増分コストが含まれます。一方で、事業の再編成に関連する解雇給付などは含まれません(IAS第36号 第28項)。
Q. 使用価値の計算で使う「割引率」はどのように決めるのですか?
A. 割引率は、貨幣の時間価値と、将来キャッシュ・フローの見積りには反映されていない資産固有のリスクを反映した「税引前」の利率を使用します。将来キャッシュ・フローの見積りで考慮したリスクを割引率で二重計上しないように注意が必要です(IAS第36号 第55項、第56項)。