2023年5月に公表された「リースに関する会計基準」(企業会計基準第34号)は、2027年4月1日以後開始する会計年度から強制適用されます。この新基準は、国際的な会計基準との整合性を図るものであり、特に借手の会計処理に大きな変更をもたらします。本記事では、従来のリース会計基準(企業会計基準第13号)との違いを明確にし、企業が対応すべきポイントを詳しく解説いたします。
新リース会計基準の概要と適用時期
新しいリース会計基準は、これまでオフバランス処理が可能であったオペレーティング・リースについても、原則として貸借対照表に資産と負債を計上する「使用権モデル」を導入するものです。これにより、企業の財政状態をより実態に即して財務諸表に反映させ、国際的な比較可能性を高めることを目的としています。
新基準の目的
新基準の背景には、国際財務報告基準(IFRS)第16号「リース」とのコンバージェンス(収斂)があります。旧基準では、経済的実態が類似しているにもかかわらず、ファイナンス・リースはオンバランス、オペレーティング・リースはオフバランスと会計処理が分かれていました。新基準は、すべてのリース契約から生じる使用権と支払義務を資産(使用権資産)と負債(リース負債)として認識することで、財務諸表の透明性と企業間の比較可能性を向上させることを目指しています。
適用時期
新リース会計基準の適用時期は以下の通りです。
原則適用 | 2027年4月1日以後に開始する連結会計年度及び事業年度の期首から |
早期適用 | 2025年4月1日以後に開始する連結会計年度及び事業年度の期首から |
(参照:企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」第58項)
【借手の会計処理】最大の違いはオペレーティング・リースのオンバランス化
新基準における最も大きな変更点は、借手の会計処理です。旧基準では「賃貸借処理」として費用計上のみで済んでいたオペレーティング・リースが、新基準では原則として資産・負債を計上しなければならなくなります。これにより、これまで費用(支払リース料)としてしか認識されていなかったものが、貸借対照表に大きな影響を与えることになります。
旧基準と新基準の比較
借手の会計処理に関する主な変更点を以下の表にまとめました。
リースの種類 | 旧基準(企業会計基準第13号) |
ファイナンス・リース | 原則、売買処理(リース資産・リース債務を計上) |
オペレーティング・リース | 原則、賃貸借処理(オフバランス) |
リースの種類 | 新基準(企業会計基準第34号) |
すべてのリース(短期・少額等の例外を除く) | 原則、使用権モデル(使用権資産・リース負債を計上) |
使用権資産とリース負債の計上
新基準では、借手はリース開始日に、原則としてリース期間にわたって支払うリース料総額の現在価値を「リース負債」として計上します。同時に、計上したリース負債の額に、リース開始日までに支払ったリース料や付随費用などを加減算した金額を「使用権資産」として計上します。(参照:企業会計基準第34号 第33項、第34項)
損益計算書への影響
会計処理の変更は、損益計算書にも影響を及ぼします。旧基準のオペレーティング・リースでは、支払リース料が定額で費用計上されるのが一般的でした。しかし、新基準では「使用権資産の減価償却費」と「リース負債に係る支払利息」が費用として計上されます。支払利息は負債残高の大きいリース期間の初期に多く計上されるため、費用の合計額は期間の前半に大きく、後半に小さくなる傾向があります。(参照:企業会計基準第34号 第36項、第37項、第38項)
リースの定義と識別の変更点
新基準では、契約がリースに該当するかどうかの判断基準も変更されています。形式的な要件よりも、契約の経済的実態が重視されるようになります。
旧基準のリースの定義
旧基準では、ファイナンス・リースの判定において、「解約不能(ノンキャンセラブル)」であることと、「リース料総額の現在価値がリース物件の購入価額の概ね90%以上(フルペイアウト)」であることといった、形式的な基準が重視されていました。
新基準におけるリースの識別
新基準では、契約が「特定された資産」の使用を、「一定期間にわたり対価と交換に支配する権利」を移転する場合に、その契約はリースを含むと判断されます。(参照:企業会計基準第34号 第26項) これにより、ITサービスのアウトソーシング契約や複合機などの保守サービス付きレンタル契約など、これまでリースとして認識されてこなかった契約も、その内容によってはリースに該当する可能性があり、注意が必要です。
会計処理の簡素化・免除規定
実務上の負担を考慮し、新基準では重要性の乏しい特定のリースについて、資産・負債を計上しない簡便的な処理が認められています。
短期リース
リース開始日におけるリース期間が12ヶ月以内であるリースについては、使用権資産およびリース負債を計上せず、支払リース料を費用として計上する賃貸借処理が認められます。(参照:リースに関する会計基準の適用指針 第93項)
少額リース
リースされている原資産が新品であった場合の価額が300万円以下であるリースについては、短期リースと同様に賃貸借処理を選択できます。この判断は、企業の規模にかかわらず、個々のリース資産単位で行います。(参照:リースに関する会計基準の適用指針 第94項)
貸手の会計処理における変更点
貸手の会計処理については、借手ほどの抜本的な変更はありませんが、いくつかの点で見直しが行われています。
基本的な会計処理の枠組み
貸手は、旧基準と同様に、リースを「ファイナンス・リース」と「オペレーティング・リース」に分類します。ファイナンス・リースは通常の売買取引に準じた会計処理、オペレーティング・リースは通常の賃貸借取引に準じた会計処理を行うという基本的な枠組みは維持されます。(参照:企業会計基準第34号 第43項)
リース期間の決定
貸手がリース期間を決定する際、借手と同様に「延長オプションの行使が合理的に確実か」などを考慮する方法に加えて、旧基準の考え方を踏襲した「解約不能期間+再リース期間」で算定する方法も選択可能とされています。(参照:企業会計基準第34号 第32項)
まとめ
新リース会計基準への移行は、特に多くの店舗や営業車両などをオペレーティング・リースで利用している企業にとって、財務諸表に大きな影響を及ぼします。使用権資産とリース負債の計上は、自己資本比率や負債比率などの財務指標を変動させる可能性があります。適用開始に向けて、対象となるリース契約の洗い出し、リース期間やリース料の算定、会計システムの改修など、計画的な準備が不可欠です。本記事で解説した旧基準との違いを正確に理解し、円滑な移行を進めてください。
参考文献:
企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」
企業会計基準適用指針第33号「リースに関する会計基準の適用指針」
(旧基準)企業会計基準第13号「リース取引に関する会計基準」
リース会計基準の旧基準との違いに関するよくある質問まとめ
Q.リース会計基準の最も大きな変更点は何ですか?
A.旧基準ではオフバランス処理が可能だったオペレーティング・リースを含め、原則としてすべてのリース契約を資産・負債として計上する「オンバランス化」が求められる点です。
Q.なぜすべてのリースをオンバランス化する必要があるのですか?
A.投資家などが企業の財務実態をより正確に把握できるようにするためです。これまでオフバランスだったリース債務を負債として計上することで、財務諸表の透明性が高まります。
Q.新基準ではファイナンス・リースとオペレーティング・リースの区別はなくなりますか?
A.借手側では、この区別はなくなります。原則としてすべてのリースが「使用権資産」と「リース負債」として計上されます。ただし、貸手側の会計処理では従来通り区別が残ります。
Q.すべてのリースがオンバランス化の対象になるのですか?
A.いいえ、例外があります。リース期間が12か月以内の「短期リース」や、リース資産の価値が低い「少額リース」については、簡便的な処理が認められ、オンバランス化の対象外とすることができます。
Q.新基準の適用で企業の財務諸表にはどのような影響がありますか?
A.総資産と負債が同時に増加するため、自己資本比率や負債比率などの財務指標が悪化する可能性があります。また、減価償却費と支払利息が計上されるため、損益計算書への影響も変わります。
Q.貸手(リース会社側)の会計処理にも変更はありますか?
A.貸手側の会計処理に大きな変更はありません。従来通り、ファイナンス・リースとオペレーティング・リースに分類して会計処理を行います。今回の変更で大きな影響を受けるのは主に借手側です。