企業の会計業務は、一見するとすべて同じように思えるかもしれませんが、実はその目的によって大きく二つの種類に分けられます。それが「税務会計」と「財務会計」です。この二つの会計は、目的や準拠するルール、報告先が全く異なります。この違いを正確に理解することは、企業の経営者や経リ担当者にとって、適切な経営判断や正確な税務申告を行う上で不可欠です。本記事では、税務会計と財務会計の根本的な違いから、実務における具体的な差異、そしてそれらを調整する方法までを詳しく解説します。
税務会計と財務会計の基本的な違い
税務会計と財務会計の最も大きな違いは、「目的」「準拠するルール」「報告先」の3点に集約されます。それぞれの会計が誰のために、どのようなルールに基づいて行われるのかを理解することが、両者を区別する第一歩です。以下の表でその違いを明確に比較します。
項目 | 財務会計 |
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目的 | 企業の財政状態と経営成績を外部利害関係者(株主、投資家、債権者など)に報告し、投資判断などの意思決定に役立ててもらうこと。 |
準拠するルール | 一般に公正妥当と認められる企業会計原則や各種会計基準。 |
報告先(利用者) | 株主、投資家、金融機関、取引先などの外部ステークホルダー。 |
項目 | 税務会計 |
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目的 | 法人税などの納税額を公正に計算し、国や地方自治体に正しく申告・納税すること。課税の公平性の確保が重視される。 |
準拠するルール | 法人税法や所得税法などの税法。 |
報告先(利用者) | 国(税務署)や地方自治体。 |
目的の違い:誰のために会計を行うのか
財務会計の主な目的は、投資家や債権者といった企業の外部にいる利害関係者に対して、企業の経済活動を正確に伝えることにあります。彼らが適切な投資や融資の判断を下せるよう、企業の財産状況や利益の状況を客観的に示す財務諸表(貸借対照表や損益計算書など)を作成・公開します。
一方、税務会計の目的は、法人税や事業税などの税額を算出することに特化しています。国の税収を確保し、すべての企業が公平に税金を負担するという「租税公平主義」の原則に基づき、法律で定められたルールに従って課税所得を計算します。
準拠するルールの違い:会計処理の根拠
財務会計は、「企業会計原則」をはじめとする会計基準に基づいて処理されます。これらの基準は、企業の経済実態をより適切に財務諸表に反映させることを目指しており、時代や経済状況の変化に応じて改訂されます。
対照的に、税務会計は「法人税法」などの税法が絶対的なルールとなります。税法は、課税の公平性を保ち、企業の恣意的な利益操作による租税回避を防ぐために、収益(益金)や費用(損金)の計上基準を厳格に定めています。
報告先の違い:誰に報告するのか
財務会計によって作成された財務諸表は、株主総会での報告や有価証券報告書を通じて、広く一般の投資家や取引先、金融機関に開示されます。
税務会計の結果として作成される法人税申告書は、企業の所在地を管轄する税務署や都道府県、市町村に提出されます。これは納税義務を果たすための手続きであり、一般に公開されるものではありません。
収益・費用の認識基準の違い
財務会計上の「利益」と税務会計上の「所得」が一致しない最大の理由は、収益と費用の認識基準に違いがあるためです。財務会計では「収益」「費用」と呼ぶのに対し、税務会計ではそれぞれ「益金」「損金」と呼び、その範囲や計上タイミングが異なります。
財務会計の「収益」「費用」
財務会計では、企業の経営実態を正確に反映するため、「発生主義」の原則に基づいて収益と費用を認識します。これは、現金の入出金に関わらず、経済的な価値の変動が発生した時点で計上するという考え方です。例えば、将来支払う可能性が高い賞与に備えて「賞与引当金」を費用として計上するなど、将来のリスクを見越した会計処理が認められます。
税務会計の「益金」「損金」
税務会計では、課税の公平性を期すため、「権利確定主義」が原則となります。これは、収益(益金)はその権利が法的に確定した時点で、費用(損金)は債務が確定した時点で認識するという考え方です。これにより、企業の恣意的な判断を排除しています。そのため、財務会計で費用計上される賞与引当金繰入額や退職給付引当金繰入額の多くは、税務上、実際に支払われるまで損金として認められません。
具体例で見る財務会計と税務会計の差異
実務において、両者の違いはどのように現れるのでしょうか。ここでは代表的な3つの項目、「減価償却費」「引当金」「交際費」を例に挙げて解説します。
項目 | 財務会計上の取り扱い |
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減価償却費 | 企業が資産の使用実態に応じて、合理的に見積もった耐用年数に基づいて計算します。 |
引当金 | 将来発生する可能性が高い特定の費用や損失に対し、合理的な見積額を当期の費用として計上します(例:賞与引当金、退職給付引当金)。 |
交際費 | 事業活動に関連して支出した金額は、原則として全額が販売費及び一般管理費として費用計上されます。 |
項目 | 税務会計上の取り扱い |
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減価償却費 | 税法で定められた法定耐用年数と償却方法を用いて計算し、その限度額までが損金として認められます。 |
引当金 | 貸倒引当金など一部を除き、損金として認められません。実際に支出が確定した事業年度で損金算入されます。 |
交際費 | 損金算入には限度額が設けられています。例えば、資本金1億円以下の中小法人は、年間800万円まで、または接待飲食費の50%のいずれか有利な方を選択できます。 |
差異を調整する「申告調整」と「税効果会計」
財務会計上の利益と税務会計上の所得の差異は、決算後の税務申告のプロセスで調整されます。この手続きを「申告調整」と呼びます。また、この差異が将来の税金支払額に与える影響を財務諸表に反映させる会計処理が「税効果会計」です。
法人税申告書における申告調整
企業はまず財務会計に基づいて決算を行い、「税引前当期純利益」を算出します。次に、法人税申告書の一部である「別表四(所得の金額の計算に関する明細書)」上で、この利益に調整を加えることで課税所得を計算します。具体的には、税務上損金として認められない費用(交際費の限度超過額など)を利益に加算し、税務上益金とされない収益(受取配当金の益金不算入額など)を利益から減算します。
税効果会計の役割
税効果会計は、財務会計と税務会計の間に生じる一時的な差異(一時差異)について、法人税等の税額を適切に期間配分し、財務諸表上の利益と税金費用を合理的に対応させるための手続きです。『税効果会計に係る会計基準』の第一「税効果会計の目的」にもその旨が記載されています。
この会計処理により、将来の税金支払額を減らす効果を持つ差異(将来減算一時差異)は「繰延税金資産」として、将来の税金支払額を増やす効果を持つ差異(将来加算一時差異)は「繰延税金負債」として貸借対照表に計上されます。
どちらの会計を重視すべきか
企業が財務会計と税務会計のどちらをより重視するかは、その企業の置かれた状況、特に株式を公開しているかどうかによって異なります。
上場企業の場合
上場企業は、多数の株主や投資家に対して経営状況を報告する責任があるため、財務会計を絶対的に優先します。会計基準に則った適正な財務諸表を作成することが、企業の信頼性を担保する上で不可欠です。したがって、まずは財務会計上の利益を確定させ、その後に税務申告のための申告調整を行うというアプローチを取ります。
非上場の中小企業の場合
一方、非上場の中小企業では、株主が経営者自身やその親族に限られるなど、外部の利害関係者が少ないため、実務上は税務会計を重視する傾向があります。日々の会計処理から決算書の作成に至るまで、税法の規定を強く意識することで、申告調整の手間を省き、効率的に税務申告を完了させることを優先します。ただし、金融機関からの融資審査や正確な経営実態の把握のためには、財務会計の視点も軽視できません。
まとめ
税務会計と財務会計は、その目的、ルール、報告先において明確な違いを持つ、似て非なるものです。財務会計が「企業の成績表」として外部利害関係者への報告を目的とするのに対し、税務会計は「納税額の計算書」として税務署への申告を目的とします。この違いが、収益・費用の認識基準の差異を生み、結果として「利益」と「所得」の間にズレが生じます。企業は、申告調整や税効果会計といった手続きを通じてこの差異を適切に処理する必要があります。自社の状況に応じて両会計の重要性を理解し、適切に使い分けることが、健全な企業経営の基盤となります。
参考文献:
・企業会計基準委員会(ASBJ): 税効果会計に係る会計基準
・企業会計基準委員会(ASBJ): 税効果会計に係る会計基準の適用指針
・企業会計基準委員会(ASBJ): 法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準