2021年4月1日以後開始する事業年度より、企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」が強制適用となりました。これにより、多くの業界で従来の会計実務からの変更が求められていますが、特にオンラインゲーム業界においては「ゲーム内通貨」の収益認識が重要な論点となっています。本記事では、ゲーム事業に焦点を当て、新しい収益認識基準に基づいたゲーム内通貨の会計処理について、5つのステップに沿って具体的に解説いたします。
収益認識に関する会計基準の基本原則
「収益認識に関する会計基準」(以下、収益認識基準)は、約束した財又はサービスの顧客への移転を、当該財又はサービスと交換に企業が権利を得ると見込む対価の額で描写するように収益を認識することを基本原則としています。この原則を実現するために、以下の5つのステップを適用して会計処理を検討します。
5ステップアプローチとは
収益認識基準では、収益を認識するために以下の5つのステップを順番に適用します。このフレームワークを理解することが、ゲーム内通貨の会計処理を検討する上での第一歩となります。
ステップ | 内容 |
---|---|
ステップ1 | 顧客との契約を識別する |
ステップ2 | 契約における履行義務を識別する |
ステップ3 | 取引価格を算定する |
ステップ4 | 契約における履行義務に取引価格を配分する |
ステップ5 | 履行義務を充足した時に又は充足するにつれて収益を認識する |
ゲーム業界における適用の重要性
オンラインゲーム事業では、ユーザー(顧客)がゲーム内通貨を購入し、その通貨を消費してアイテム獲得やガチャ(抽選)など、様々なサービスを利用します。この一連の取引の中で、企業が顧客に対して何を「約束」し、それがいつ「移転」された(履行義務が充足された)と判断するかが、収益を計上するタイミングと金額に直接的な影響を及ぼします。そのため、自社のゲームのビジネスモデルを5ステップアプローチに正確に当てはめて分析することが極めて重要です。
ゲーム内通貨における収益認識のタイミング
収益認識基準を適用する上で、ゲーム内通貨から生じる収益をどの時点で認識するかが主要な検討事項です。考えられるタイミングは、主に以下の3つのパターンに分類されます。どのパターンを採用するかは、後述する「履行義務の識別」の結果によって決定されます。
パターン1:ゲーム内通貨の購入時点(課金時)
ユーザーがゲーム内通貨を購入(課金)した時点で、収益を認識する考え方です。これは、ゲーム内通貨の提供自体が企業の履行義務であると捉える場合に該当します。しかし、ユーザーは通貨そのものではなく、通貨を利用して得られるアイテムやサービスに価値を見出しているため、この考え方が適用されるケースは限定的と考えられています。
パターン2:ゲーム内通貨の消費時点
ユーザーがゲーム内通貨を消費して、ガチャを回したり、特定のアイテムを入手したりした時点で収益を認識する方法です。これは、アイテム等の提供が履行義務であると考える場合に採用されます。多くのオンラインゲーム事業者にとって、実務的に採用しやすい会計処理の一つです。
パターン3:取得アイテムの利用期間に応じた認識
ユーザーが取得したアイテムを利用できる期間にわたって、収益を按分して認識する方法です。これは、アイテム等を利用できる「環境」や「権利」を一定期間提供することが履行義務であると捉える場合に該当します。原則的な考え方とされますが、各アイテムの想定利用期間を合理的に見積もる必要があり、システム対応を含め実務上のハードルが高い側面があります。
収益認識基準の5ステップをゲーム事業に適用
ここでは、ゲーム内通貨の取引を収益認識基準の5ステップに具体的に当てはめて解説します。
ステップ1:契約の識別
(会計基準 第19項~26項)
ユーザーがゲームの利用規約に同意し、プラットフォーム(例:App Store, Google Play)を通じてゲーム内通貨の購入を申し込み、決済が完了した時点で、企業と顧客との間に法的な強制力のある権利及び義務が生じ、「契約が識別」されたと判断します。
ステップ2:履行義務の識別
(会計基準 第32項~45項)
契約の中で、顧客に何を提供することを約束しているか(=履行義務)を識別します。ゲーム内通貨の収益認識において、このステップが最も重要な論点となります。考えられる履行義務は、「ガチャやアイテム等の提供」そのものか、あるいは「アイテム等を利用できる環境を一定期間維持すること」か、企業のビジネスモデルの実態に応じて慎重に判断する必要があります。
ステップ3:取引価格の算定
(会計基準 第47項~49項)
取引価格は、財又はサービスの顧客への移転と交換に企業が権利を得ると見込む対価の額です。ゲーム内通貨の場合、ユーザーが課金した金額(例:1,200円)が取引価格となります。プラットフォームに支払う手数料(例:課金額の30%である360円)は、取引価格から減額するのではなく、企業の費用(支払手数料など)として処理するのが一般的です(総額(グロス)での収益認識)。
ステップ4:履行義務への取引価格の配分
(会計基準 第65項~67項)
オンラインゲームの取引では、通常、一連のサービス提供が単一の履行義務として識別されることが多いため、取引価格を複数の履行義務に配分する処理は生じないケースが一般的です。したがって、ステップ3で算定した取引価格の全額が、識別された単一の履行義務に紐づけられます。
ステップ5:履行義務の充足による収益認識
(会計基準 第35項~37項)
ステップ2で識別した履行義務がいつ充足されるか(約束した財やサービスが顧客に移転されるか)を判断し、そのタイミングで収益を認識します。例えば、履行義務が「アイテムの提供」であればアイテム提供時点(通貨消費時)に、「利用環境の維持」であれば利用可能期間にわたって収益を認識します。
履行義務の識別が最重要論点
前述の通り、ゲーム内通貨の会計処理は「履行義務をどう識別するか」に大きく依存します。ここでは、主要な2つの考え方と、それが会計処理に与える影響を詳しく見ていきます。
ケースA:ガチャやアイテム等の提供を履行義務とする場合
この考え方は、ユーザーがゲーム内通貨を消費する目的は、アイテムやキャラクターといった仮想財を取得すること自体にあると捉えます。企業はアイテム等を提供した時点で約束を果たした(履行義務を充足した)ことになり、ゲーム内通貨が消費された時点で一括して収益を認識します。多くのアイテムが短期間で価値を失うことや、期間限定ガチャなどで次々と新しいアイテムが提供される実態を反映した考え方です。
ケースB:アイテム等を利用できる環境の維持を履行義務とする場合
この考え方では、ユーザーは単にアイテムを取得するだけでなく、ゲームの世界観の中でそのアイテムを継続的に利用できることに価値を見出していると捉えます。したがって、企業の履行義務はアイテム等の利用環境を維持することであり、アイテムの想定利用期間にわたって収益を按分して認識することになります。アイテムの利用実績データなどを収集・分析し、合理的な利用期間を見積もる必要があります。
ケース別の会計処理への影響
どちらのケースを選択するかによって、収益計上のタイミングや管理の複雑さが大きく異なります。
項目 | ケースA(消費時点認識) |
---|---|
収益認識のタイミング | ゲーム内通貨の消費時に一括で認識 |
会計処理の複雑さ | 比較的シンプル |
システム要件 | ユーザーごとの通貨購入・消費履歴の管理が必要 |
項目 | ケースB(期間按分認識) |
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収益認識のタイミング | アイテムの想定利用期間にわたって按分認識 |
会計処理の複雑さ | 複雑(利用期間の見積もり、按分計算が必要) |
システム要件 | 通貨管理に加え、アイテムごとの想定利用期間のデータ収集・管理・計算システムが必要 |
会計処理とシステム対応のポイント
収益認識基準に対応するためには、適切な会計処理とそれを支えるシステムの構築が不可欠です。
会計処理例(仕訳)
ユーザーが1,200円でゲーム内通貨を購入し、後日そのうち300円分の通貨を消費してガチャを引いた場合(履行義務:アイテム等の提供)の仕訳例は以下の通りです。
1. ゲーム内通貨購入時(課金時)
ユーザーから1,200円の入金があった時点では、まだ履行義務は充足されていないため、売上ではなく負債として計上します。
(借方) 現金預金 1,200円 / (貸方) 契約負債 1,200円
2. ゲーム内通貨消費時(ガチャ利用時)
ユーザーが300円分の通貨を消費した時点で履行義務が充足されるため、契約負債を取り崩し、売上を計上します。
(借方) 契約負債 300円 / (貸方) 売上 300円
税務上の取扱いとの関係
法人税法においても、収益の計上時期は原則として会計上の収益認識基準と整合する考え方が採用されています(法人税法第22条の2)。したがって、会計上で「アイテム等の提供を履行義務とする」と判断し、通貨消費時点で収益を認識する場合、税務上も同様のタイミングで益金算入されるため、基本的に税務調整は発生しません。
必要なシステム対応
適切な収益認識を行うためには、経理部門だけでなく、開発部門との連携が不可欠です。特に、以下のデータを正確に取得・集計できるシステムの構築が求められます。
- ユーザーIDごとのゲーム内通貨の購入履歴(有償・無償の区別を含む)
- ユーザーIDごとのゲーム内通貨の消費履歴
- 期末時点での未使用のゲーム内通貨残高
さらに、アイテムの利用期間に応じた収益認識(ケースB)を行う場合は、アイテムごとの平均利用期間を算出するためのデータ収集・分析基盤や、消費された通貨をアイテムの利用期間にわたって按分計上するための複雑な計算ロジックをシステムに実装する必要があります。
まとめ
ゲーム内通貨の収益認識は、収益認識基準の適用における重要な論点であり、企業の財務報告に大きな影響を与えます。最も重要なことは、自社のゲームのビジネスモデルやユーザーへの価値提供の実態を正確に分析し、会計基準の5ステップアプローチに沿って適切な「履行義務」を識別することです。その上で、識別した履行義務の充足時点を決定し、そのタイミングで収益を認識するための会計方針を策定し、必要なシステム対応を進める必要があります。会計方針の決定に際しては、会計監査人と十分に協議することが不可欠です。
参考文献:
ゲーム内通貨の収益認識に関するよくある質問まとめ
Q. ゲーム内通貨の売上はいつ計上(収益認識)するのですか?
A. 原則として、ユーザーがゲーム内通貨を購入した時点ではなく、その通貨を使用してゲーム内のアイテムやサービスと交換した時点(=企業の義務が果たされた時点)で収益を認識します。
Q. ユーザーが購入後、まだ使っていないゲーム内通貨はどう会計処理しますか?
A. ユーザーがまだ使用していないゲーム内通貨は、貸借対照表に「契約負債」や「前受金」などの科目で負債として計上します。これは、将来サービスを提供する義務が残っているためです。
Q. 有効期限が切れて使えなくなったゲーム内通貨の扱いはどうなりますか?
A. ユーザーが権利を行使しない可能性が極めて高いと判断できる時点で、残っている負債を収益として認識します。これをブレークエイジ収益と呼び、過去の失効率などに基づいて合理的に見積もられます。
Q. 有償通貨と無償通貨(ログインボーナス等)で会計処理は違いますか?
A. はい、異なります。有償通貨は上記のように負債として計上し、使用時に収益認識します。一方、無償で配布した通貨は、それ自体が収益を生むことはなく、一般的には販売促進費などの費用として処理されます。
Q. ゲーム内通貨の収益認識に関連する重要な会計基準は何ですか?
A. 日本基準では「収益認識に関する会計基準」、国際的な会計基準(IFRS)では「IFRS第15号」が中心的なルールとなります。どちらも「顧客との契約から生じる収益」に関する考え方を定めています。
Q. ゲームサービスが終了する場合、未使用の通貨はどうなりますか?
A. 会計上、サービス提供義務が消滅するため、残っている契約負債(前受金)はサービス終了時に収益として認識されるのが一般的です。ただし、法律に基づきユーザーへの払戻義務が発生する場合は、その分を負債として残す必要があります。