税効果会計は、企業の財務諸表を適正に表示するために不可欠な会計手続きです。企業会計上の利益と、税務上の課税所得との間に生じる一時的な差異を調整し、法人税等の税額を適切に期間配分することを目的としています。本記事では、税効果会計の基本的な仕組みから具体的な処理手順、仕訳例までを詳細に解説し、実務における理解を深めることを目指します。
税効果会計とは?その目的と必要性
税効果会計とは、企業会計上の資産または負債の額と、課税所得計算上の資産または負債の額に相違がある場合において、法人税等の額を適切に期間配分することにより、法人税等を控除する前の当期純利益と法人税等を合理的に対応させることを目的とする会計手続きです。(税効果会計に係る会計基準 第一)
企業会計と税務会計の「ズレ」を調整する
企業会計は、投資家や債権者といった利害関係者に対して、企業の財政状態や経営成績を適正に報告することを目的としています。一方で、税務会計は、税法に基づいて課税所得を算定し、公平な租税負担を実現することを目的としています。この目的の違いから、会計上は費用として認められても税務上は損金として認められない項目などが発生し、両者の間に「ズレ(差異)」が生じます。税効果会計は、このズレがもたらす影響を財務諸表上で調整する役割を担います。
税効果会計のメリット
税効果会計を適用することにより、主に以下のメリットが得られます。
経営成績の正確な把握 | 会計上の利益に対応した税金費用を計上することで、より実態に即した当期純利益を算出できます。 |
利害関係者への適切な情報提供 | 投資家や金融機関は、調整後の財務諸表を利用して、企業の収益性や財政状態をより正確に分析・評価できます。 |
税効果会計の適用対象企業
税効果会計の適用は、すべての企業に義務付けられているわけではありません。主に以下の企業に適用が義務付けられています。
- 上場企業
- 金融商品取引法の適用を受ける非上場企業
- 会計監査人を設置している会社
上記に該当しない企業であっても、任意で税効果会計を適用することが可能です。
税効果会計における差異の種類
企業会計と税務会計の間に生じる差異は、「一時差異」と「永久差異」の2種類に大別されます。税効果会計の対象となるのは、このうち「一時差異」のみです。
一時差異:将来解消される差異
一時差異とは、会計上の資産・負債の額と税務上の資産・負債の額の差額であり、その差異が将来の課税所得を増減させる効果を持つものを指します。名前の通り、現在は差異があっても、将来のいずれかのタイミングで解消される性質を持っています。
具体例としては、減価償却費の償却超過額、貸倒引当金の繰入限度超過額、賞与引当金などが挙げられます。
永久差異:将来にわたって解消されない差異
永久差異とは、会計上は費用または収益として計上されるものの、税務上は永久に損金または益金として算入されない差異のことです。この差異は時間経過によっても解消されることがないため、税効果会計の適用対象外となります。
具体例としては、交際費等の損金不算入額、受取配当等の益金不算入額、寄附金の損金算入限度超過額などが挙げられます。
一時差異の分類
税効果会計の対象となる一時差異は、将来の課税所得に与える影響によって、さらに2つに分類されます。(税効果会計に係る会計基準 第二 一 3項)
将来減算一時差異 | 将来、差異が解消される際に、その期の課税所得を減額させる効果を持つ一時差異です。この差異は「繰延税金資産」として計上されます。 |
将来加算一時差異 | 将来、差異が解消される際に、その期の課税所得を増額させる効果を持つ一時差異です。この差異は「繰延税金負債」として計上されます。 |
税効果会計の主要な勘定科目
税効果会計の処理では、主に「繰延税金資産」「繰延税金負債」「法人税等調整額」という3つの勘定科目が使用されます。
繰延税金資産
繰延税金資産は、将来減算一時差異や税務上の繰越欠損金に対して計上される資産です。これは、将来支払うべき法人税等の額を減額する効果、すなわち「税金の前払い」としての性格を持ちます。例えば、会計上で費用計上した100万円が、税務上は当期に損金として認められず、翌期以降に損金算入される場合、その100万円に係る税金相当額が繰延税金資産として資産計上されます。
繰延税金負債
繰延税金負債は、将来加算一時差異に対して計上される負債です。これは、将来支払うべき法人税等の額を増額する効果、すなわち「税金の未払い(後払い)」としての性格を持ちます。例えば、その他有価証券の評価益など、会計上は利益として計上されているものの、税務上は売却時まで課税が繰り延べられる場合に、その評価益に係る税金相当額が繰延税金負債として負債計上されます。
法人税等調整額
法人税等調整額は、損益計算書に表示される科目です。当期に発生した繰延税金資産および繰延税金負債の増減額を示し、税務上の法人税等の額を調整する役割を果たします。これにより、会計上の税引前当期純利益と、税金費用(法人税、住民税及び事業税+法人税等調整額)とが合理的に対応することになります。
税効果会計の具体的な処理手順
税効果会計は、一般的に決算手続きの一環として、以下のステップで進められます。
ステップ1:一時差異の集計
まず、決算日時点での会計上の資産・負債と税務上の資産・負債を項目ごとに比較し、差異を洗い出します。その中から、税効果会計の対象となる一時差異を特定し、「将来減算一時差異」と「将来加算一時差異」に分類して、それぞれ合計額を集計します。
ステップ2:法定実効税率の計算
次に、繰延税金資産・負債の計算に使用する税率である法定実効税率を計算します。法定実効税率は、法人税、地方法人税、住民税、事業税などの税率を考慮して算出されます。
※税制改正により税率が変更される場合は、一時差異が解消すると見込まれる期の税率を使用する必要があります。
ステップ3:繰延税金資産・負債の計算
ステップ1で集計した一時差異の合計額に、ステップ2で算出した法定実効税率を乗じて、繰延税金資産と繰延税金負債の金額を計算します。
- 繰延税金資産 = 将来減算一時差異 × 法定実効税率
- 繰延税金負債 = 将来加算一時差異 × 法定実効税率
ステップ4:繰延税金資産の回収可能性の検討
算出した繰延税金資産は、将来的に十分な課税所得が発生し、税金負担額を軽減する効果が見込まれる場合にのみ計上できます。この見込みを「回収可能性」と呼びます。「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」では、企業の収益力等に応じて5つの分類が示されており、その分類に従って計上額を慎重に判断する必要があります。回収可能性がないと判断された金額は、評価性引当額として繰延税金資産から控除されます。
ステップ5:仕訳の計上
最後に、計算および検討した結果を仕訳に反映させます。
【繰延税金資産を計上する場合(例:150,000円)】
借方 | 貸方 |
繰延税金資産 150,000 | 法人税等調整額 150,000 |
【繰延税金負債を計上する場合(例:90,000円)】
借方 | 貸方 |
法人税等調整額 90,000 | 繰延税金負債 90,000 |
財務諸表における表示と注記
税効果会計の適用結果は、貸借対照表、損益計算書に表示され、関連情報が注記として開示されます。
貸借対照表での表示方法
貸借対照表では、繰延税金資産は「投資その他の資産」の区分に表示されます。また、繰延税金負債は流動負債または「固定負債」の区分に表示されます。同一の納税主体における流動項目同士、固定項目同士の繰延税金資産と繰延税金負債は相殺して純額で表示することが定められています。(税効果会計に係る会計基準 第三 2項)
損益計算書での表示方法
損益計算書では、「法人税、住民税及び事業税」の科目の次に「法人税等調整額」が表示されます。これにより、税引前当期純利益から会計上の税金費用が控除され、当期純利益が算出されます。
注記事項
財務諸表の利用者に対して十分な情報を提供するため、以下の事項を注記することが求められています。(税効果会計に係る会計基準 第四)
- 繰延税金資産および繰延税金負債の発生の主な原因別の内訳
- 法定実効税率と実際の法人税等負担率との間に重要な差異がある場合の、当該差異の原因となった主要な項目別の内訳
まとめ
税効果会計は、企業会計と税務会計の目的の違いから生じる差異を調整し、企業の財政状態および経営成績をより適正に表示するための重要な会計手続きです。その仕組みは、一時差異を認識し、法定実効税率を用いて繰延税金資産または繰延税金負債を計算・計上するというものです。特に、繰延税金資産の計上に際しては、回収可能性の慎重な検討が求められます。この手続きを正しく理解し適用することで、利害関係者に対する財務報告の信頼性を高めることができます。
【参考文献】
- 企業会計基準委員会(ASBJ)「税効果会計に係る会計基準」
- 企業会計基準委員会(ASBJ)「税効果会計に係る会計基準の適用指針」
- 企業会計基準委員会(ASBJ)「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」
税効果会計のよくある質問まとめ
Q. 税効果会計とは何ですか?
A. 会計上の利益と税務上の課税所得の間に生じる差異(ズレ)を調整し、法人税等を適切に期間配分するための会計処理です。これにより、税金費用を企業の利益と適切に対応させることができます。
Q. 税効果会計はなぜ必要なのでしょうか?
A. 企業の業績を財務諸表で正しく示すためです。会計上の費用と税務上の損金が異なる場合、税効果会計を適用しないと、税引前当期純利益と税金費用が対応しなくなり、期間損益計算が歪んでしまうためです。
Q. 「繰延税金資産」とは何ですか?
A. 将来の税金の支払いを減らす効果がある資産のことです。会計上は費用として計上したが、税務上はまだ損金として認められていない「将来減算一時差異」などがある場合に計上されます。
Q. 「繰延税金負債」とは何ですか?
A. 将来の税金の支払いを増やす効果がある負債のことです。会計上はまだ費用としていないが、税務上は先に損金として認められた「将来加算一時差異」などがある場合に計上されます。
Q. 税効果会計で出てくる「一時差異」とは何ですか?
A. 会計上の資産・負債の額と、税務上の資産・負債の額との間に生じる差額のことです。この差異が将来の課税所得を減らす場合は「将来減算一時差異」、増やす場合は「将来加算一時差異」と呼ばれます。
Q. 繰延税金資産の「回収可能性」とはどういう意味ですか?
A. 計上した繰延税金資産が、将来の税金負担を減らす効果を本当に実現できるかどうかを検討することです。将来十分に利益(課税所得)が見込めないと判断された場合、繰延税金資産は計上できないか、取り崩されることになります。