固定資産の減損会計において、対象となるすべての資産について毎期、将来キャッシュ・フローを見積もって減損損失の認識の判定を行うことは、実務上過大な負担となります。そのため、まずは減損が生じている可能性を示す事象である減損の兆候の有無を識別するステップが設けられています。本記事では、減損の兆候の一つとして規定されている「使用範囲又は方法の著しい変更」について、該当する具体的事象や例外規定、実務上の会計処理のポイントを詳細に解説いたします。
「使用範囲又は方法の著しい変更」の意義と位置づけ
減損会計基準において、物理的な損傷や市場全体の悪化だけでなく、企業自らの経営判断や事業上の使われ方の変化によって資産の収益獲得能力が損なわれるケースを、減損の兆候として捉える必要があります。具体的には、資産又は資産グループが使用されている範囲又は方法について、当該資産又は資産グループの回収可能価額を著しく低下させる変化が生じたか、あるいは、生ずる見込みであることが要件とされています(減損会計基準 二 1. ②)。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 減損の兆候を把握する目的 | 減損が生じている可能性を示す事象を識別し、実務上の負担を軽減するため(減損会計意見書 四 2.(1)) |
| 本兆候の定義 | 資産等の使用範囲や方法について、回収可能価額を著しく低下させる変化が生じたか、生ずる見込みであること(減損会計基準 二 1. ②) |
減損の兆候に該当する7つの具体的事象
資産の回収可能価額を著しく低下させる変化として、会計基準の適用指針では具体的に以下の7つの事象が例示されています。これらの事象が発生した場合、企業は速やかに減損判定テストを実施する必要があります。
事業の廃止・再編や早期処分
企業の意思決定によって事業を廃止する場合や、当初の予定よりも早期に資産を処分する場合が該当します。特に事業の廃止については、実際に廃止された事後だけでなく、変化が生ずる見込みである場合も含まれる点に注意が必要です。
| 具体的事象 | 詳細と判定のポイント |
|---|---|
| 事業の廃止又は再編成 | 事業廃止や重要な会社分割等の組織再編、大幅な事業規模縮小。取締役会等で決定された段階で直ちに兆候に該当します(適用指針 第13項(1)、第82項)。 |
| 著しく早期の処分 | 当初の予定より著しく早期に除却・売却等を行う場合。土壌汚染発覚による土地等の非償却資産の早期処分も含まれます(適用指針 第13項(2)、第83項)。 |
異なる用途への転用や遊休状態
これまでの事業用途とは異なる使い方をする場合や、設備の操業を停止して将来の用途が定まっていない状態を指します。資産の収益性や成長性が大きく変わるため、兆候として識別されます。
| 具体的事象 | 詳細と判定のポイント |
|---|---|
| 異なる用途への転用 | 事業縮小で余剰となった店舗の他者への貸与など、当初の用途と異なる使途への変更が行われるケースです(適用指針 第13項(3))。 |
| 遊休状態への移行 | 資産が遊休状態となり、将来の用途が定まっておらず操業開始の目途が立たない場合が該当します(適用指針 第13項(4)、第85項)。 |
稼働率低下や機能的減価・計画中止
物理的な使用状況の悪化や、技術革新等による陳腐化による価値の低下も減損の兆候として扱われます。また、建設中の資産に関する計画の頓挫も含まれます。
| 具体的事象 | 詳細と判定のポイント |
|---|---|
| 稼働率の著しい低下 | 資産の稼働率の著しい低下が継続しており、かつ回復する見込みがない状態です(適用指針 第13項(5))。 |
| 機能的減価 | 予見できなかった著しい陳腐化等により、収益性の低下を伴う場合です(適用指針 第13項(6)、第86項)。 |
| 建設の計画中止・延期 | 建設仮勘定について、計画の中止・大幅な延期が決定、又は著しく滞っている場合です(適用指針 第13項(7))。 |
減損の兆候に該当しない例外規定
使用範囲や方法に変化が生じた場合であっても、すべてのケースが減損の兆候に該当するわけではありません。特定の状況下においては、兆候とみなされない例外規定が存在します。
回収可能価額を増加させる変化
新技術の開発に伴い従来よりも明らかに回収可能価額を増加させるために行われる事業の拡大や、平面駐車場から最有効使用と考えられる賃貸ビルへ転用した場合など、資産価値を高めるポジティブな変化は減損の兆候に該当しません(適用指針 第82項、第84項)。ただし、損益が継続してマイナスであるなど他の兆候が存在しないかには留意が必要です。
用途を定めるための合理的な待機期間
現在の遊休状態が、資産をほとんど利用しなくなってから間もない場合であって、将来の用途を定めるために必要と考えられる合理的な待機期間にある場合には、直ちに減損の兆候には該当しないとされています(適用指針 第85項)。
資産グループの一部における変化の取扱い
資産グループ全体ではなく、グループを構成する一部の資産についてのみ使用範囲や方法の変化が生じた場合、グループ全体として減損の兆候とみなすべきかが実務上の論点となります。
「主要な資産」に生じた変化の判定
適用指針では、当該資産グループの将来キャッシュ・フロー生成能力にとって最も重要な構成資産である主要な資産が使用されている範囲又は方法について著しい変化が生じた場合をもって、当該資産グループ全体に減損の兆候があると判断することが適当であると規定されています(適用指針 第13項、第87項)。
減損判定と減価償却見直しの順序・背景
機能的減価が観察された場合など、減価償却の耐用年数を見直す必要が生じることがありますが、会計基準では処理の順序について厳格なルールが設けられています。
減価償却の見直しに先立つ減損判定
著しい陳腐化等の機能的減価が観察された場合、正規の減価償却計算における耐用年数や残存価額の見直しが必要となります。しかし、会計基準では減価償却の見直しに先立って、まずは減損の判定を行わなければならないと規定されています(適用指針 第86項)。予見できなかった機能的減価は通常、資産の収益性の低下を直接的に伴うため、過大な帳簿価額を将来の回収可能価額まで臨時的に切り下げる減損処理を優先すべきとされているためです。
取締役会等の決定段階で兆候とする根拠
事業の廃止や早期処分について、実際に実行された時ではなく取締役会等で決定された段階で兆候に該当させるとした根拠は、企業の意思決定によって将来のキャッシュ・フローが激減することが事実上確定するためです。機関決定はその見込みを裏付ける客観的な証拠となります(適用指針 第82項)。
減損の兆候に関する実務ケーススタディ
実際のビジネスや会計実務において、これらの規定がどのように適用されるかについて、具体的なケーススタディを通じて解説します。
ケース1:事業撤退決議と兆候の認識
ある企業が特定の事業グループを展開していましたが、市場環境の悪化により取締役会で来期の事業廃止と専用設備の早期処分を正式に決議しました。決算日現在、工場はまだ稼働していますが、取締役会による決定がなされたため、この決定段階において減損の兆候ありと認定されます(適用指針 第13項(1)、第82項)。経理部門は直ちに割引前将来キャッシュ・フローと帳簿価額を比較する減損判定テストを実施する必要があります。
ケース2:主要な資産の陳腐化と減価償却見直しの順序
製造ラインの心臓部である主要な機械装置が、競合の新技術発表により著しく陳腐化しました。現場からは耐用年数を本来の10年から残存3年に短縮する要望が出されましたが、経理部門は直ちに減価償却の見直しは行いません。まずは製造ライン全体を対象として減損損失の判定を優先し、減損処理後の帳簿価額を基にして、事後的に残存耐用年数の短縮等を検討するという正しいプロセスを踏むことになります(適用指針 第86項、第87項)。
参考文献
企業会計基準第35号 「固定資産の減損に係る会計基準」の一部改正
企業会計基準適用指針第6号 固定資産の減損に係る会計基準の適用指針
まとめ
減損会計における「使用範囲又は方法の著しい変更」は、物理的な要因だけでなく企業の経営判断や事業環境の変化を適時に会計数値に反映させるための重要な規定です。事業の廃止や早期処分、遊休状態への移行など7つの具体的事象を正しく理解し、取締役会等の意思決定のタイミングで漏れなく減損の兆候を識別することが求められます。また、減価償却の見直しに先立って減損判定を行うという実務上の順序にも十分留意し、適切な会計処理を実施してください。
使用範囲又は方法の著しい変更のよくある質問まとめ
Q.取締役会で事業廃止を決議した場合、いつ減損の兆候となりますか?
A.実際に事業を廃止した事後ではなく、取締役会等において事業の廃止が決定された段階で直ちに減損の兆候に該当します(適用指針 第82項)。
Q.設備の稼働を停止し遊休状態となった場合、直ちに減損の兆候となりますか?
A.将来の用途が定まっておらず操業再開の目途が立たない場合は兆候となりますが、利用停止から間もなく将来の用途を定めるための合理的な待機期間にある場合は直ちに兆候には該当しません(適用指針 第85項)。
Q.資産の陳腐化が生じた場合、減価償却の見直しと減損判定はどちらを優先しますか?
A.減価償却の見直し(耐用年数の短縮等)に先立って、まずは減損損失を認識するかどうかの判定を優先して行う必要があります(適用指針 第86項)。
Q.資産グループの一部に変化が生じた場合、グループ全体の兆候となりますか?
A.当該資産グループの将来キャッシュ・フロー生成能力にとって最も重要な主要な資産に著しい変化が生じた場合に、グループ全体の減損の兆候と判断します(適用指針 第87項)。
Q.用途変更により回収可能価額が増加する場合も減損の兆候に該当しますか?
A.平面駐車場から最有効使用である賃貸ビルへ転用するなど、明らかに回収可能価額を増加させるポジティブな変化は減損の兆候に該当しません(適用指針 第84項)。
Q.当初の予定より著しく早期に土地を処分する場合、非償却資産でも兆候となりますか?
A.はい。土壌汚染の発覚等により非償却資産である土地を当初の予定よりも著しく早期に処分せざるを得なくなった場合も減損の兆候に含まれます(適用指針 第83項)。