2023年5月に企業会計基準委員会(ASBJ)から公表された企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」(以下、新リース会計基準)は、企業の財務諸表に大きな変革をもたらします。特に、これまで費用処理のみで済んでいた多くのリース契約が貸借対照表(B/S)に資産・負債として計上されることになり、帳簿上の影響は甚大です。本記事では、この新リース会計基準が企業の帳簿に具体的にどのような影響を与えるのか、会計処理の変更点から実務上の対応までを詳細に解説します。
新リース会計基準の概要と主な変更点
新リース会計基準の最も重要な目的は、国際的な会計基準(IFRS第16号「リース」)との整合性を図ることにあります。これにより、国内外の企業間での財務諸表の比較可能性を高めることが意図されています。従来の日本基準では、ファイナンス・リースとオペレーティング・リースで会計処理が大きく異なりましたが、新基準ではこの区別が実質的になくなります。
「使用権モデル」の原則適用
新リース会計基準における最大の変更点は、「使用権モデル」が原則としてすべてのリースに適用されることです。これは、借手がリース契約を通じて得られる「資産を使用する権利」を「使用権資産」として資産計上し、同時に将来のリース料支払義務を「リース負債」として負債計上する会計処理を指します。従来、オペレーティング・リースとしてオフバランス処理(費用計上のみ)されていた契約も、原則としてオンバランスの対象となり、企業の財政状態をより実態に即して反映させることが求められます。
対象となるリースの範囲
新基準では、契約が「特定された資産の使用を支配する権利を一定期間にわたり対価と交換に移転する」場合、その契約はリースを含むと判断されます(企業会計基準第34号 第26項)。つまり、契約書に「リース」という文言がなくとも、実態として資産の使用権を支配していれば、新基準の適用対象となります。ただし、実務上の負担を考慮し、以下のリースについては、簡便的な会計処理(費用計上)が認められています。
短期リース | リース期間が12ヶ月以内のリース。ただし、購入オプションが含まれる場合は対象外となります。 |
少額リース | リース資産が新品であった場合の価値が少額(例えば、5,000米ドル相当額以下)であるリース。 |
これらの簡便処理を適用するかどうかは、企業の会計方針として選択することになります。
適用時期
新リース会計基準の適用時期は以下の通りです(企業会計基準第34号 第58項)。
原則適用 | 2027年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から |
早期適用 | 2025年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から |
適用開始までには準備期間がありますが、影響範囲が広いため、早期の検討と対応が不可欠です。
借手の会計処理における帳簿上の具体的な影響
新基準の導入による影響は、特に借手側で顕著に現れます。貸借対照表、損益計算書、キャッシュ・フロー計算書のそれぞれに大きな変化が生じます。
貸借対照表(B/S)への影響
最も直接的な影響は、貸借対照表の資産と負債がともに増加することです。これまでオフバランスであったオペレーティング・リースが「使用権資産」と「リース負債」として計上されるため、総資産が膨らみます。これにより、以下のような財務指標に影響が出る可能性があります。
- 負債比率(負債÷自己資本)の上昇
- 自己資本比率(自己資本÷総資産)の低下
- ROA(総資産利益率)の低下
特に、店舗やオフィス、車両などをオペレーティング・リースで多数利用している小売業や運輸業などは、財務指標が大きく変動する可能性があるため注意が必要です。
損益計算書(P/L)への影響
損益計算書上の費用構造も変化します。従来のオペレーティング・リースでは、支払リース料がほぼ定額で費用計上されていました。しかし、新基準では費用が以下の2つに分解されます。
- 使用権資産の減価償却費:原則として定額法で計上
- リース負債に係る支払利息:利息法により計上(当初多く、徐々に減少)
この結果、費用の合計額はリース期間の前半に多く計上され、後半になるにつれて減少する傾向(費用の前倒し計上)となります。一方で、支払利息は営業外費用、減価償却費は販売費及び一般管理費(または製造原価)に計上されるため、EBITDA(利払前・税引前・減価償却前利益)のような利益指標は、従来よりも改善して見える可能性があります。
キャッシュ・フロー計算書(C/S)への影響
キャッシュ・フロー計算書上の表示区分も変更されます。従来、オペレーティング・リースのリース料支払額は全額が「営業活動によるキャッシュ・フロー」に分類されていました。新基準では、リース料の支払いが元本返済部分と利息支払部分に分けられ、以下のように分類されます。
- 元本返済部分:財務活動によるキャッシュ・フロー(マイナス)
- 利息支払部分:営業活動によるキャッシュ・フロー(マイナス)または財務活動によるキャッシュ・フロー(マイナス)
この変更により、営業活動によるキャッシュ・フローは増加し、財務活動によるキャッシュ・フローは減少することになります。
使用権資産とリース負債の測定
帳簿に計上する資産・負債の金額は、厳密な計算に基づいて決定する必要があります。
リース負債の当初測定
リース負債は、リース開始日において未払である借手のリース料を、割引率を用いて現在価値に割り引いて算定します(企業会計基準第34号 第34項)。リース料には、固定リース料のほか、指数やレートに応じて変動する変動リース料、残価保証に係る支払見込額などが含まれます。割引率には、原則として「貸手の計算に用いられている利率」を使用しますが、これが容易に算定できない場合は「借手の追加借入利子率」を使用します。
使用権資産の当初測定
使用権資産の計上額は、上記で算定したリース負債の額を基礎として、以下の項目を加減算して決定されます(企業会計基準第34号 第33項)。
- リース負債の当初測定額
- (+)リース開始日までに支払ったリース料
- (+)借手が付随費用として直接負担したコスト
- (-)受け取ったリース・インセンティブ
リース期間の決定
リース負債の算定の基礎となるリース期間は、単なる契約期間ではありません。「解約不能期間」に加えて、借手が「行使することが合理的に確実である」と判断する延長オプションの対象期間を含めて決定します(企業会計基準第34号 第31項)。この「合理的に確実」という判断には、過去の実績や経済的なインセンティブなどを考慮した合理的な見積りが必要となり、実務上、重要な判断点となります。
貸手の会計処理の変更点
新リース会計基準は主に借手の会計処理に焦点を当てていますが、貸手側にも一部変更点があります。
会計処理の基本的な枠組み
貸手の会計処理は、従来のファイナンス・リースとオペレーティング・リースに分類する基本的な枠組みが維持されます(企業会計基準第34号 第43項)。そのため、借手のようにすべてのリースをオンバランスするような抜本的な変更はありません。ただし、リースの識別やリース期間の決定方法については、借手と同様の考え方が導入されるため、一部のリース分類に影響が出る可能性があります。
開示要件の拡充と実務上の留意点
新基準の適用に伴い、財務諸表における注記情報が大幅に拡充されます。
借手に求められる注記情報
借手は、リースに関する定性的および定量的な情報を詳細に開示する必要があります(企業会計基準第34号 第55項)。
定性的情報 | リースの内容、重要な判断(リース期間の決定など)、変動リース料の内容など |
定量的情報 | 使用権資産の帳簿価額の内訳、リース負債の期中増減、リース関連の損益額など |
これらの情報を適切に開示するためには、リース契約情報を一元的に管理する体制の構築が不可欠です。
実務対応のポイント
新基準へ円滑に移行するためには、以下の対応を計画的に進める必要があります。
- 全社的なリース契約の網羅的把握:経理部門だけでなく、各事業部門が締結している契約を洗い出し、リースに該当するかを識別する。
- 会計方針の決定:短期リースや少額リースの簡便処理を適用するかどうかを決定する。
- 計算プロセスの構築:リース期間や割引率を算定し、使用権資産・リース負債を計算するための業務フローと管理体制を整備する。
- システム対応:リース契約管理や会計処理を効率的に行うためのシステム改修や新規導入を検討する。
まとめ
新リース会計基準は、特に借手企業の帳簿、財務諸表、そして経営指標に広範かつ重大な影響を及ぼします。これまでオフバランスだったリースが資産・負債として計上されることで、企業の財政状態がより透明化される一方、企業は複雑な会計処理と管理体制の構築という課題に直面します。適用開始に向けて、自社が締結しているリース契約の実態を正確に把握し、システム対応や業務プロセスの見直しを計画的に進めることが成功の鍵となります。必要に応じて、会計専門家のアドバイスを求めることも有効な手段となるでしょう。
【参考文献】
新リース会計基準の帳簿上の影響に関するよくある質問
Q. 新リース会計基準はいつから適用されますか?
A. 原則として2026年4月1日以降に開始する事業年度の期首から強制適用されますが、早期適用も認められています。適用準備には時間がかかるため、早めの対応が推奨されます。
Q. 新リース会計基準の最も大きな変更点は何ですか?
A. これまで費用処理のみでよかったオペレーティングリースについても、原則として借手は資産(使用権資産)と負債(リース負債)を貸借対照表(B/S)に計上する必要がある点です。
Q. 新基準の適用で財務諸表にどのような影響がありますか?
A. 貸借対照表(B/S)では総資産と負債がともに増加します。損益計算書(P/L)では、従来の支払リース料に代わり、減価償却費と支払利息が計上されるため、利益構造に影響を与えます。
Q. なぜオペレーティングリースも資産・負債として計上するのですか?
A. 企業の財政状態をより実態に即して財務諸表に反映させ、国際的な会計基準との整合性を図ることで、投資家などが企業間比較を容易にできるようにするためです。
Q. すべてのリースが資産計上の対象となるのでしょうか?
A. いいえ、すべてのリースが対象ではありません。リース期間が12ヶ月以内の「短期リース」や、金額的な重要性が乏しい「少額リース」については、従来通りの簡便的な会計処理が認められています。
Q. 企業はどのような準備が必要になりますか?
A. まず社内に存在するすべてのリース契約を網羅的に把握し、新基準の適用対象となる契約を特定することが第一歩です。その上で、使用権資産とリース負債の計算、会計システムの改修、業務フローの見直しなどを進める必要があります。
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