企業会計原則は、すべての企業が財務諸表を作成する際に遵守すべき基本的なルールです。1949年に当時の大蔵省・企業会計制度対策調査会によって公表されて以来、日本の会計実務の根幹を成してきました。この原則は、企業の財政状態や経営成績を利害関係者に対して公正に報告するための指針であり、会計監査の基準ともなります。本記事では、企業会計原則の全体像と、その中でも特に重要な「7つの一般原則」を、条文を交えながら詳しく解説いたします。
企業会計原則の全体像
企業会計原則は、大きく分けて「一般原則」「損益計算書原則」「貸借対照表原則」の3つの部分から構成されています。これらは、企業の財務諸表が信頼性のある情報を提供するための土台となるものです。
一般原則
一般原則は、企業会計原則の最高規範と位置づけられており、損益計算書や貸借対照表など、すべての財務諸表に共通する基本的な考え方を示したものです。後述する7つの原則から成り立っており、会計実務における普遍的な指導理念としての役割を担っています。
損益計算書原則
損益計算書原則は、企業の一定期間における経営成績を明らかにするための損益計算書の作成ルールを定めています。収益と費用をどのように認識し、対応させ、表示するかといった具体的な指針が示されています。例えば、すべての費用と収益をその発生した期間に正しく割り当てる「発生主義」や、費用と収益を相殺せずに総額で記載する「総額主義」などがこの原則に含まれます。
貸借対照表原則
貸借対照表原則は、企業の特定時点における財政状態を明らかにするための貸借対照表の作成ルールを定めたものです。資産、負債、資本をどのように区分し、配列し、評価するかについての基準が規定されています。資産と負債を流動性の高い項目から配列する「流動性配列法」や、資産と負債・資本を相殺せずに総額で記載する「総額主義」などが代表的なルールです。
会計実務の礎となる7つの一般原則
企業会計原則の中でも、特に会計実務の根幹をなすのが「一般原則」です。ここでは、7つの一般原則を一つずつ、原文(条文)と共に詳しく見ていきましょう。
真実性の原則
『企業会計原則 第一 一般原則 一』では、「企業会計は、企業の財政状態及び経営成績に関して、真実な報告を提供するものでなければならない。」と定められています。
これは、企業会計原則における最も重要な最高規範です。粉飾決算や意図的な利益操作を排除し、企業の財政状態と経営成績を偽りなく報告することを求めています。ただし、ここでいう「真実」とは、唯一絶対の真実を指すわけではありません。例えば、固定資産の減価償却方法には定額法や定率法など複数の方法が認められており、企業がその実態に応じて適切な方法を選択した場合、その結果は「相対的な真実」として認められます。
正規の簿記の原則
『企業会計原則 第一 一般原則 二』では、「企業会計は、すべての取引につき、正規の簿記の原則に従って、正確な会計帳簿を作成しなければならない。」と規定されています。
これは、すべての経済取引を、網羅的かつ検証可能な形で、秩序立てて記録することを求める原則です。実務上、「正規の簿記」とは複式簿記を指します。すべての取引を網羅し(網羅性)、領収書や契約書といった客観的な証拠に基づいて記録し(検証可能性)、継続的に体系的な方法で記録する(秩序性)ことで、信頼性の高い会計帳簿が作成されます。
資本取引・損益取引区分の原則
『企業会計原則 第一 一般原則 三』は、「資本取引と損益取引とを明瞭に区別し、特に資本剰余金と利益剰余金とを混同してはならない。」としています。
企業の取引は、株主との資本のやり取りである「資本取引」(例:増資)と、事業活動から生じる収益と費用である「損益取引」(例:商品の販売)に大別されます。この二つを明確に区別することで、企業の維持・活動の源泉である資本と、経営活動の成果である利益を正しく計算・表示することができます。特に、株主からの出資を源泉とする資本剰余金と、利益の蓄積である利益剰余金を混同することは、財源の性質を誤認させるため固く禁じられています。
明瞭性の原則
『企業会計原則 第一 一般原則 四』では、「企業会計は、財務諸表によって、利害関係者に対し必要な会計事実を明瞭に表示し、企業の状況に関する判断を誤らせないようにしなければならない。」と定められています。
この原則は、財務諸表が株主や債権者などの利害関係者にとって、理解しやすい形で作成されることを求めています。貸借対照表や損益計算書を適切な区分で表示することや、財務諸表本体だけでは伝わらない重要な情報を「注記」として補足説明することがこれに該当します。具体的には、以下のような情報の開示が求められます。
・重要な会計方針の開示(企業会計原則注解 注1-2)
・重要な後発事象の開示(企業会計原則注解 注1-3)
継続性の原則
『企業会計原則 第一 一般原則 五』には、「企業会計は、その処理の原則及び手続を毎期継続して適用し、みだりにこれを変更してはならない。」とあります。
一度採用した会計処理の方法(例:棚卸資産の評価方法や減価償却方法)は、正当な理由がない限り、毎期継続して適用しなければならないという原則です。会計方針を毎期変更すると、期間ごとの業績比較が困難になったり、経営者による恣意的な利益操作が可能になったりする恐れがあります。この原則は、財務諸表の期間比較可能性を確保し、利益操作を排除するために不可欠です。なお、経済状況の変化など「正当な理由」がある場合には会計方針の変更が認められますが、その際は変更内容や影響額などを注記する必要があります(会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準 第10項)。
保守主義の原則
『企業会計原則 第一 一般原則 六』では、「企業の財政に不利な影響を及ぼす可能性がある場合には、これに備えて適当に健全な会計処理をしなければならない。」と規定されています。
これは、将来発生する可能性のある損失や費用に備え、慎重な判断に基づいた会計処理を求める原則です。具体的には、収益は確実性が高まってから認識し、費用や損失は発生の可能性が高い段階で早めに認識するという考え方です。例えば、回収不能が見込まれる売掛金に対して貸倒引当金を設定したり、販売価格が下落した商品の評価損を計上したりすることが挙げられます。ただし、過度に保守的な会計処理は企業の財政状態をかえって歪めるため、真実性の原則を逸脱しない範囲での適用が求められます(企業会計原則注解 注4)。
単一性の原則
『企業会計原則 第一 一般原則 七』は、「株主総会提出のため、信用目的のため、租税目的のため等種々の目的のために異なる形式の財務諸表を作成する必要がある場合、それらの内容は、信頼しうる会計記録に基づいて作成されたものであって、政策の考慮のために事実の真実な表示をゆがめてはならない。」としています。
この原則は、いわゆる二重帳簿の作成を禁止するものです。企業は税務申告、金融機関への提出、株主総会への報告など、様々な目的で財務諸表を作成しますが、その形式が異なっていたとしても、元となる会計帳簿は単一でなければなりません。目的に応じて利益の額を操作するようなことは許されず、すべての財務諸表が同一の信頼できる会計記録から作成される必要があります。
企業会計原則と関連法規の関係
企業会計原則は法律そのものではありませんが、日本の主要な経済法規において、会計処理の拠り所として参照されています。そのため、事実上の規範として機能しています。
会社法との関連
会社法第431条では、「株式会社の会計は、一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従うものとする。」と定められています。この「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」の中核をなすのが企業会計原則です。したがって、上場・非上場を問わず、すべての株式会社は企業会計原則に準拠した会計処理を行う義務があります。
金融商品取引法との関連
上場企業などが内閣総理大臣に提出する有価証券報告書などの開示書類は、金融商品取引法第193条に基づき、公認会計士または監査法人の監査証明を受けなければなりません。この監査は、「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」に準拠して財務諸表が作成されているかどうかを判断するものであり、企業会計原則がその基準の基礎となります。
法人税法との関連
法人税法では、課税所得の計算は「公正処理基準」に基づいて行われるべきとされています。税法上の所得計算は、企業会計上の利益を基礎として、税法特有の調整(加算・減算)を行って算出されます(確定決算主義)。このため、法人税の計算においても、その出発点となる企業会計原則に基づいた適正な利益計算が不可欠です。
企業会計原則と企業会計基準の違い
企業会計原則と企業会計基準は混同されがちですが、その役割は異なります。企業会計原則が会計の「憲法」のような普遍的な基本原則であるのに対し、企業会計基準は個別の会計事象に関する「法律」のような具体的なルールと捉えることができます。
項目 | 企業会計原則 |
---|---|
位置づけ | 企業会計における基本的な考え方や理念を示した大原則 |
内容 | 抽象的・包括的な原則(例:「真実な報告」) |
制定主体 | 企業会計審議会(国の審議会) |
項目 | 企業会計基準 |
位置づけ | 個別の会計処理や開示方法に関する具体的なルール |
内容 | 詳細かつ具体的な規定(例:リース取引の会計処理方法) |
制定主体 | 企業会計基準委員会(ASBJ)(民間の会計基準設定主体) |
会計公準:企業会計原則を支える大前提
企業会計原則が成り立つ背景には、その基礎となるいくつかの暗黙の前提条件が存在します。これを「会計公準」と呼びます。会計公準は、会計実務や理論が構築される上での土台となる考え方です。
企業実体の公準
会計の対象となる範囲を、その所有者(株主など)から独立した一つの会計単位、すなわち「企業」そのものと仮定する考え方です。これにより、社長個人の資産や取引は会社の会計記録から除外され、純粋に企業の経済活動のみが会計の対象となります。
継続企業の公準(ゴーイング・コンサーン)
企業は清算や解散を予定しておらず、将来にわたって半永久的に事業を継続していくという前提です。この公準があるからこそ、資産を取得原価で評価したり、固定資産を耐用年数にわたって減価償却したりといった、長期的な視点に立った会計処理が正当化されます。
貨幣的測定の公準
会計上のすべての取引や事象は、「貨幣」という共通の測定尺度で記録・報告されなければならないという前提です。これにより、性質の異なる様々な資産や取引を、例えば「円」という統一された単位で合計したり比較したりすることが可能になります。一方で、従業員の士気やブランドイメージといった、貨幣価値で客観的に測定できない要素は、会計帳簿には記録されないという限界も示唆しています。
まとめ
企業会計原則は、単なる古いルールではなく、現代においてもすべての会計実務の根幹をなす重要な指針です。特に、7つの一般原則(真実性、正規の簿記、資本取引・損益取引区分、明瞭性、継続性、保守主義、単一性)は、会計担当者が常に意識すべき基本的な考え方です。これらの原則を正しく理解し、遵守することが、企業の財務報告の信頼性を高め、ひいては社会的な信用を維持・向上させることに繋がります。日々の業務において、これらの原則に立ち返り、適正な会計処理を心掛けることが重要です。
【参考文献】