2027年4月1日以後開始する事業年度から原則適用される新リース会計基準(企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」)は、多くの企業の財務諸表に大きな影響を及ぼします。これまで費用処理が可能であったオペレーティング・リース取引についても、原則として資産・負債を計上(オンバランス化)する必要があるためです。本記事では、新リース会計基準の概要を解説するとともに、特に影響が大きいと考えられる業界を挙げ、具体的な事例を交えながら解説いたします。
新リース会計基準の概要と主要な変更点
新リース会計基準の最も大きな変更点は、借手の会計処理にあります。従来の日本基準では、ファイナンス・リースとオペレーティング・リースに分類し、後者は賃貸借処理として費用計上が認められていました。しかし、新基準ではこの区分を撤廃し、原則としてすべてのリース契約を使用権資産(資産)とリース負債(負債)として貸借対照表に計上することが求められます。これは「使用権モデル」と呼ばれ、国際的な会計基準(IFRS第16号)との整合性を図るものです。
すべてのリース取引の原則オンバランス化
新基準では、リースの定義(企業会計基準第34号 第6項)を満たす契約は、その経済的実態を財務諸表に反映させるため、原則としてすべて貸借対照表に計上されます。これにより、企業の財政状態、特に負債の実態がより明確に把握できるようになります。
会計処理 | 内容 |
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使用権資産 | 借手がリース期間にわたり原資産を使用する権利を表す資産。リース負債の計上額に、前払リース料や付随費用などを加算して算定します(同 第33項)。 |
リース負債 | 未払のリース料総額を、リースの割引率を用いて現在価値に割り引いて算定した負債(同 第34項)。 |
借手の費用計上方法の変更
オンバランス化に伴い、損益計算書における費用計上の方法も変更されます。従来のオペレーティング・リースでは支払リース料を費用として計上していましたが、新基準では使用権資産の減価償却費とリース負債に係る支払利息をそれぞれ計上することになります。これにより、費用はリース期間の前半に多く計上される傾向があります。
旧基準(オペレーティング・リース) | 新基準 |
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支払リース料(通常は定額) | 減価償却費(通常は定額) + 支払利息(当初大きく、徐々に減少) |
短期リース・少額リースの例外規定
実務上の負担を考慮し、すべてのリースに原則的な会計処理を強制するわけではありません。短期リース(リース期間が12ヶ月以内)や少額リース(リース資産の価値が低いもの)については、重要性の観点から、従来通りの賃貸借処理(費用処理)を継続することが認められています(企業会計基準適用指針第33号 第93項、第97項)。少額であるかの判断は、新品状態の原資産の価値に基づき、例えば5,000米ドル(または相当額)が一つの目安とされています。
小売・外食業界への影響
多数の店舗を賃借契約で運営する小売業や外食業は、新リース会計基準による影響が最も大きい業界の一つです。これまでオフバランス処理されてきた店舗の賃借料が、一斉に資産・負債として計上されることになります。
財務諸表へのインパクト
最も直接的な影響は、貸借対照表の総資産と負債が大幅に増加することです。例えば、月額100万円、契約期間10年の店舗賃借契約がある場合、割引率を考慮しても、数千万円から1億円規模の「使用権資産」と「リース負債」が新たに計上される可能性があります。これが数十、数百店舗となれば、財務諸表の様相は一変します。
経営指標の悪化リスク
資産・負債の増加は、各種経営指標に影響を与えます。特に注意すべき指標は以下の通りです。
経営指標 | 影響 |
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自己資本比率 | 総資産が増加するため、自己資本比率は低下します。これにより、金融機関からの借入条件などに影響が出る可能性があります。 |
負債比率 | 負債が増加するため、負債比率は上昇します。企業の安全性に対する評価が変化する可能性があります。 |
総資産利益率(ROA) | 総資産が増加するため、ROAは低下する傾向にあります。 |
出店戦略への影響
これまで費用としてのみ捉えられていた店舗賃料が、設備投資と同様に貸借対照表に計上されることで、出店判断がより慎重になる可能性があります。特に、長期の賃借契約は多額の負債計上につながるため、契約期間の短縮や、より柔軟な契約形態(変動賃料の導入など)を検討する動きが加速すると考えられます。
運輸・航空業界への影響
航空機や船舶、トラック、バスといった高額な輸送用機器をリースで調達することが多い運輸・航空業界も、新基準から大きな影響を受けます。
航空機・車両リースの会計処理
航空機や大型トラックなどは単価が非常に高いため、1契約あたりのオンバランス額が巨額になります。これにより、特に多くの機材をオペレーティング・リースで運用してきた航空会社や運送会社では、自己資本を上回る規模のリース負債が計上されるケースも想定されます。
EBITDAの増加と財務分析の変化
損益計算書では、支払リース料が減価償却費と支払利息に置き換わります。利息および税金、減価償却費控除前利益であるEBITDA(Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation, and Amortization)を算出する際、これまで費用として控除されていたオペレーティング・リースの支払リース料が、計算上は費用から除外されることになります。結果として、見かけ上のEBITDAは増加し、企業価値評価などに影響を与える可能性があります。
IT・情報通信業界への影響
IT・情報通信業界では、サーバー機器やデータセンター、ソフトウェアのライセンス契約など、多岐にわたるリース契約が存在します。
サーバー機器・データセンターの賃借
クラウドサービスの普及が進む一方、自社でサーバー機器をリースしたり、データセンターのスペースを賃借したりするケースは依然として多く存在します。これらの契約が「特定された資産の使用を支配する権利」を移転するものと判断されれば(企業会計基準第34号 第26項)、リースの定義に該当し、オンバランスの対象となります。
ソフトウェアライセンスとサービス契約の識別
ソフトウェアのライセンス契約は、それが「リース」に該当するか、「サービス契約」に該当するかの判断が重要になります。特定された資産(ソフトウェア)を顧客が支配していると判断されればリースに該当しますが、ベンダーが管理するサーバー上で提供されるSaaS(Software as a Service)のようなクラウドサービスは、一般的にサービス契約と判断され、新基準の対象外となることが多いです。契約内容を精査し、リースの識別を正確に行うことが求められます。
不動産業界への影響
不動産業界、特にサブリース(転貸)事業を行う企業にとっては、借手と貸手の両方の側面から影響を受けます。
サブリース契約の会計処理
サブリース事業者は、物件オーナーから不動産を一括で借り上げ(マスターリース契約)、それを個別のテナントに転貸します。マスターリース契約は借手として使用権資産とリース負債を計上する必要がある一方、テナントへの転貸契約は貸手としてリース投資資産等を計上する可能性があります。これにより、貸借対照表が両建てで大きく膨らむことになります。
まとめ
新リース会計基準は、これまで費用処理が認められていたオペレーティング・リースを原則としてオンバランス化する、非常に影響の大きい会計基準です。特に、小売・外食、運輸・航空、IT、不動産といった業界では、財務諸表や経営指標に大きな変化が生じる可能性があります。適用開始に向けて、自社が締結しているリース契約を網羅的に把握し、リースの識別、リース期間やリース料の算定、会計処理への影響額の試算といった準備を早期に進めることが極めて重要です。専門家のアドバイスも活用しながら、計画的に対応を進めていくことをお勧めいたします。
参考文献
新リース会計基準のよくある質問まとめ
Q.新リース会計基準とは、簡単に言うと何ですか?
A.これまで貸借対照表(B/S)に載らなかったオペレーティング・リースも、原則としてすべて資産と負債として計上する新しい会計ルールです。これにより、企業の財務実態がより正確に把握できるようになります。
Q.新リース会計基準で特に影響が大きい業界はどこですか?
A.店舗を多く賃借する「小売業」「飲食業」、航空機や船舶をリースする「航空・海運業」、多数の車両や重機を利用する「運輸業」「建設業」など、リース契約を多用する業界で特に影響が大きくなります。
Q.小売業や飲食業では、具体的にどのような影響がありますか?
A.多くの店舗賃貸借契約が「リース」として扱われ、B/Sに資産(使用権資産)と負債(リース負債)が計上されます。これにより総資産と負債が増加し、自己資本比率などの財務指標が変わる可能性があります。
Q.航空・運輸業界への影響はどのようなものですか?
A.航空機やトラック、船舶といった高額なリース物件がB/Sに計上されるため、総資産が大幅に増加します。また、損益計算書(P/L)では、費用が定額の支払リース料から、当初は大きい減価償却費と支払利息に変わります。
Q.新基準の適用で、企業の財務諸表はどう変わるのですか?
A.貸借対照表(B/S)では、リース物件が「使用権資産」として、将来の支払義務が「リース負債」として計上され、総資産と負債が増加します。損益計算書(P/L)では、支払リース料に代わり「減価償却費」と「支払利息」が計上されます。
Q.すべてのリース契約が新基準の対象になるのですか?
A.いいえ、すべてのリースが対象ではありません。契約期間が12ヶ月以内の「短期リース」や、金額が重要でない「少額リース」については、従来通りの簡便的な会計処理を続けることが認められています。