企業の財務諸表を分析する上で、関連当事者との取引は特に注意深く見るべき項目の一つです。関連当事者との取引は、時として企業の財政状態や経営成績に大きな影響を与える可能性があるため、会計基準においてその開示が厳格に定められています。本記事では、関連当事者の定義から具体的な範囲、開示が必要な取引、そしてその開示内容まで、会計基準に基づいて詳細に解説します。
関連当事者とは?その定義と重要性
関連当事者とは、企業会計基準委員会が公表する企業会計基準第11号「関連当事者の開示に関する会計基準」において定義されており、簡潔に言うと「会社を支配している、または会社の意思決定に重要な影響を与えることができる会社や個人」を指します。これらの当事者との取引は、通常の第三者との取引とは異なる条件で行われる可能性があるため、投資家などの利害関係者が適切な判断を下せるよう、情報の開示が義務付けられています。
関連当事者の開示目的
関連当事者との取引を開示する主な目的は、財務諸表の透明性と信頼性を確保することにあります。会社と関連当事者との取引は、客観的な市場価格から乖離した条件で設定されるなど、恣意的な経営判断が介入する余地があります。これにより、特定の株主や役員に利益が不当に移転されたり、決算数値が操作されたりするリスクが生じます。このような利益相反取引や決算操作を防止し、投資家をはじめとする財務諸表利用者が企業の実態を正確に把握できるよう、関連当事者に関する情報の開示が求められています。
関連当事者取引とは
関連当事者取引とは、企業会計基準第11号 第5項(1)において「会社と関連当事者との取引をいい、対価の有無にかかわらず、資源若しくは債務の移転、又は役務の提供をいう」と定義されています。具体的には、商品の売買や不動産の賃貸借といった典型的な取引だけでなく、金銭の貸付・借入、債務保証、担保提供、無利子での融資なども含まれます。重要なのは、金銭的な対価が発生しない取引であっても開示の対象となり得ることです。
具体的な関連当事者の範囲
関連当事者の範囲は、企業会計基準第11号 第5項(3)で具体的に定められています。誰が関連当事者に該当するのかを正確に把握することは、適切な開示を行うための第一歩です。範囲は会社等の法人と、役員や株主といった個人に大別されます。
会社・法人としての関連当事者
企業活動において関係性が深い法人は、関連当事者に該当します。主なものは以下の通りです。
種類 | 説明 |
親会社 | 財務諸表作成会社を支配している会社。 |
子会社 | 財務諸表作成会社に支配されている会社。(連結財務諸表上では連結子会社は関連当事者から除かれます) |
同一の親会社をもつ会社 | いわゆる兄弟会社。 |
その他の関係会社とその親会社・子会社 | 財務諸表作成会社が他の会社の関連会社である場合における、当該他の会社とそのグループ会社。 |
関連会社とその子会社 | 財務諸表作成会社が重要な影響力を持つ会社とその子会社。 |
個人としての関連当事者
会社の経営に強い影響力を持つ個人や、その近親者も関連当事者となります。
種類 | 説明 |
主要株主とその近親者 | 会社の議決権の10%以上を保有する株主と、その二親等以内の親族。 |
役員とその近親者 | 財務諸表作成会社の取締役、監査役、執行役などと、その二親等以内の親族。 |
親会社の役員とその近親者 | 親会社の経営陣とその近親者。 |
重要な子会社の役員とその近親者 | 会社グループの事業運営に強い影響力を持つ子会社の役員とその近親者。 |
主要株主・役員・近親者の定義
関連当事者の範囲を判断する上で重要な用語の定義は以下の通りです。
用語 | 定義 |
主要株主 | 自己又は他人の名義をもって総株主の議決権の10%以上を保有している株主。(企業会計基準第11号 第5項(6)) |
役員 | 取締役、会計参与、監査役、執行役又はこれらに準ずる者。(企業会計基準第11号 第5項(7)) |
近親者 | 二親等以内の親族。配偶者、父母、兄弟姉妹、子、孫、祖父母、およびそれらの配偶者などが含まれます。(企業会計基準第11号 第5項(8)) |
開示対象となる関連当事者取引
関連当事者との取引がすべて開示対象となるわけではありません。企業会計基準第11号 第6項では、「重要な取引」を開示対象としています。この「重要性」の判断基準は、企業会計基準適用指針第13号「関連当事者の開示に関する会計基準の適用指針」に具体的に示されています。
重要性の判断基準
重要性の判断は、取引の相手が個人か法人かによって基準が異なります。以下に主な基準をまとめます。
相手方 | 重要性の判断基準(いずれかに該当する場合) |
個人 | ・取引総額が1,000万円を超える取引 |
法人 | ・売上高や売上原価、販管費などの損益項目で、その取引金額が連結損益計算書の関連総額の10%を超える取引 ・貸借対照表項目で、その期末残高が連結総資産の1%を超える取引 ・資金貸借取引などで、取引総額が連結総資産の1%を超える取引 |
※上記はあくまで原則的な基準であり、金額的に基準を満たさなくても、質的に重要と判断される取引は開示が必要となる場合があります。
開示が必要な取引の具体例
重要性の基準を満たす取引として、以下のようなものが挙げられます。
- 資産(不動産、有価証券など)の売買や賃貸借
- 資金の貸付・借入、およびその利息の授受
- 債務保証や担保提供
- 経営指導料などの役務提供
- 増資の引受けや自己株式の取得などの資本取引
- 無利子での貸付や市場価格より著しく低い価格での資産売却などの無償・低廉な取引
開示が不要な関連当事者取引
一方で、関連当事者との取引であっても、その性質上、開示が不要とされるものがあります。これらは企業会計基準第11号 第9項に規定されています。
一般競争入札など
取引条件が一般の取引と同様であることが明白な取引は、開示の対象外となります。これは、恣意性が介入する余地が極めて低いと考えられるためです。具体的には以下のような取引が該当します。
- 一般競争入札による取引
- 預金利息の受取り
- 上場株式の配当金の受取り
役員報酬など
役員に対する報酬、賞与、および退職慰労金の支払いは、関連当事者取引としての開示は不要です。これらの情報は、株主総会の決議事項であり、また有価証券報告書の「コーポレート・ガバナンスの状況等」において別途開示が求められるため、二重の開示を避ける趣旨があります。
連結財務諸表上で相殺消去される取引
連結財務諸表を作成する際、親会社と子会社、または子会社間の取引は内部取引として相殺消去されます。企業集団全体として見れば外部との取引ではないため、これらの取引は連結財務諸表上では開示対象外となります。
関連当事者取引の開示内容
開示対象となる関連当事者取引がある場合、企業会計基準第11号 第10項に基づき、財務諸表の注記事項として詳細な情報を記載する必要があります。これにより、財務諸表利用者は取引の実態とその影響を理解することができます。
開示が求められる主な項目
開示すべき主な項目は以下の通りです。原則として、個々の関連当事者ごとに記載します。
開示項目 | 記載内容の例 |
関連当事者の概要 | 名称、所在地、資本金、事業内容など |
会社と関連当事者との関係 | 親会社、役員、主要株主などの関係性、議決権の所有割合など |
取引の内容 | 資産の購入、資金の借入、債務保証など |
取引の種類ごとの取引金額 | 売上高、仕入高、支払利息など |
取引条件及び取引条件の決定方針 | 利率、担保の有無、価格決定方法(市場価格を参考に決定など) |
取引により発生した債権債務に係る主な科目別の期末残高 | 売掛金、貸付金、買掛金、借入金など |
まとめ
関連当事者および関連当事者取引の開示は、企業の財務の透明性を担保し、投資家保護を果たす上で極めて重要な会計上のルールです。その範囲は法人から個人まで多岐にわたり、開示対象となる取引の判断には重要性の基準など専門的な知識が求められます。企業の経理・財務担当者様におかれましては、本記事で解説した内容を参考に、自社の関連当事者を正確にリストアップし、取引の有無や内容を定期的に確認する体制を構築することが不可欠です。不明な点があれば、会計監査人や専門家にご相談ください。
【参考文献】
- 企業会計基準委員会(ASBJ): 企業会計基準第11号「関連当事者の開示に関する会計基準」
- 企業会計基準委員会(ASBJ): 企業会計基準適用指針第13号「関連当事者の開示に関する会計基準の適用指針」
- 企業会計基準委員会(ASBJ): 企業会計基準適用指針第22号「連結財務諸表における子会社及び関連会社の範囲の決定に関する適用指針」
関連当事者に関するよくある質問まとめ
Q. 関連当事者とは、簡単に言うと何ですか?
A. 会社と密接な関係にある個人や他の会社のことです。例えば、親会社や子会社、会社の役員やその家族、会社の経営に大きな影響力を持つ大株主などが該当します。
Q. なぜ関連当事者との取引情報を開示する必要があるのですか?
A. 会社の利益が不当に害される取引がないかを、株主や投資家がチェックできるようにするためです。これにより、財務情報の透明性と信頼性を高める目的があります。
Q. 関連当事者の範囲はどこまでですか?
A. 主に、(1)親会社、子会社、関連会社、(2)会社の役員とその近親者、(3)会社の議決権の多くを所有している主要株主などが含まれます。詳細は会計基準で定められています。
Q. 関連当事者取引にはどのような例がありますか?
A. 商品の売買、不動産の貸し借り、お金の貸し借り、債務保証、役員報酬の支払いなどが典型的な例です。通常の取引と条件が大きく異なる場合に特に注意が必要です。
Q. 役員の家族との取引も関連当事者取引になりますか?
A. はい、役員の配偶者や二親等以内の親族など、近親者との取引も関連当事者取引に該当する場合があります。
Q. 関連当事者取引で特に気をつけるべきことは何ですか?
A. 取引価格が市場の価格と比べて不自然ではないか(価格の妥当性)、その取引が本当に会社にとって必要なのか(取引の必要性)、そして適切な承認手続きを経ているか、などが重要なポイントです。