2021年4月1日から、上場企業や大会社などを対象に新収益認識会計基準の強制適用が開始されました。この会計基準は、国際的な会計基準(IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」)との整合性を図ることを目的としており、従来の売上計上の実務に大きな影響を与えています。本記事では、新収益認識会計基準の基本的な考え方から、具体的な会計処理のステップ、適用対象となる企業、そして導入における注意点までを網羅的に解説します。
新収益認識会計基準の概要
新収益認識会計基準は、企業の収益認識に関するルールを統一し、財務諸表の比較可能性を高めるために導入されました。従来の会計実務では、どのタイミングで売上を計上するかについて複数の基準が認められていましたが、新基準では「履行義務」という概念を軸に、より厳密なルールが定められています。
新収益認識会計基準が導入された背景
これまで日本の会計基準には、収益認識に関する包括的なルールが存在せず、「企業会計原則」における実現主義の原則が拠り所とされていました。しかし、実現主義の具体的な適用(例:出荷基準、検収基準)は企業の判断に委ねられていたため、同じような取引でも企業によって会計処理が異なるという問題がありました。また、グローバル化の進展に伴い、国際的な会計基準であるIFRSとの差異が課題となっていました。これらの背景から、財務諸表の国際的な比較可能性を確保し、より実態に即した収益報告を実現するために、IFRS第15号を基礎とした新収益認識会計基準が開発されました。
適用時期
新収益認識会計基準(企業会計基準第29号)は、2021年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から強制適用されています。ただし、2018年4月1日以後開始する事業年度からの早期適用も認められていました。
従来の会計基準との違い
最も大きな違いは、収益を認識するタイミングの考え方です。従来の基準と新基準の違いを以下の表にまとめました。
項目 | 従来の収益認識基準 |
---|---|
基本的な考え方 | 実現主義(財貨の移転または役務の提供が完了し、その対価として現金同等物を受領した時点で認識) |
計上タイミング | 企業が選択した会計方針(出荷基準、引渡基準、検収基準など)に基づき計上 |
収益の捉え方 | 取引全体を一体として捉え、取引が成立したタイミングで収益を計上することが多い |
項目 | 新収益認識会計基準 |
---|---|
基本的な考え方 | 履行義務の充足(顧客との契約における約束(履行義務)を果たした時点で認識) |
計上タイミング | 履行義務が充足されたタイミング(一時点または一定の期間)で計上 |
収益の捉え方 | 契約内容を個別の履行義務に分解し、それぞれの充足に応じて収益を認識・計上 |
このように、新基準では「いつ顧客への約束を果たしたか」という視点が重視され、より契約の実態に即した会計処理が求められます。
新収益認識会計基準の適用対象
新収益認識会計基準はすべての企業に強制適用されるわけではありません。対象となる企業と、適用が除外される取引について解説します。
強制適用の対象となる企業
以下の企業は、新収益認識会計基準の強制適用対象となります。
対象企業 | 具体的な要件 |
---|---|
上場企業およびその連結子会社・関連会社 | 金融商品取引法に基づく監査対象法人 |
上場準備会社 | 株式公開(IPO)を目指している企業 |
大会社 | 会社法上の大会社(資本金5億円以上 または 負債総額200億円以上) |
任意適用となる企業
上記に該当しない中小企業(非上場かつ大会社でない企業)については、新収益認識会計基準の適用は任意です。これまで通り「企業会計原則」に基づいた会計処理を継続することが認められています。ただし、親会社が強制適用対象である場合、子会社も会計方針を統一するために新基準を適用する必要があります。
適用が除外される取引
「収益認識に関する会計基準」第3項に基づき、以下の取引は本基準の適用範囲から除外されています。これらの取引には、個別の会計基準が優先して適用されます。
- 金融商品会計基準の範囲に含まれる金融商品に係る取引
- リース会計基準の範囲に含まれるリース取引
- 保険法における定義を満たす保険契約
- 同業他社との商品等の交換取引
- 金融商品の組成又は取得に際して受け取る手数料
- 不動産流動化実務指針の対象となる不動産の譲渡
収益認識の5ステップ
新収益認識会計基準では、収益を認識するために以下の5つのステップを適用します。このステップを通じて、収益を「いつ」「いくら」計上すべきかを判断します。
ステップ1:契約の識別
最初のステップは、顧客との契約を識別することです。ここでいう「契約」とは、書面による契約書だけでなく、口頭での合意や取引慣行によって法的な強制力を持つ権利と義務が生じるものも含まれます。「収益認識に関する会計基準」第19項では、会計処理の対象となる契約として、以下の5つの要件をすべて満たす必要があると定めています。
- 当事者が契約を承認し、義務の履行を約束していること
- 移転される財又はサービスに関する各当事者の権利を識別できること
- 支払条件を識別できること
- 契約に経済的実質があること
- 対価を回収する可能性が高いこと
ステップ2:履行義務の識別
次に、契約内容を分析し、顧客に提供を約束した財やサービスである「履行義務」を識別します。履行義務とは、顧客に財やサービスを移転する約束のことです。例えば、ソフトウェアのライセンス販売と年間保守サポートをセットで契約した場合、「ソフトウェアライセンスの提供」と「保守サポートの提供」という2つの独立した履行義務が識別されます(「収益認識に関する会計基準」第32項)。
ステップ3:取引価格の算定
契約全体について、企業が顧客から受け取ると見込む対価の総額である「取引価格」を算定します(「収益認識に関する会計基準」第47項)。この際、値引き、リベート、インセンティブなどの変動対価や、重要な金融要素(長期の分割払いなど)の影響も考慮する必要があります。例えば、販売時に付与するポイントは、将来の値引きと見なされ、取引価格の算定に影響を与えます。
ステップ4:履行義務への取引価格の配分
ステップ3で算定した取引価格を、ステップ2で識別した個々の履行義務に配分します。この配分は、各履行義務が単独で販売される場合の価格(独立販売価格)の比率に基づいて行われるのが原則です(「収益認識に関する会計基準」第66項)。先のソフトウェアの例では、取引価格総額を「ソフトウェアライセンスの独立販売価格」と「保守サポートの独立販売価格」の比率で按分します。
ステップ5:収益の認識
最後に、各履行義務が「充足」された時点、つまり財やサービスに対する支配が顧客に移転した時点で、その履行義務に配分された金額を収益として認識します(「収益認識に関する会計基準」第35項)。履行義務の充足には、以下の2つのパターンがあります。
- 一時点で充足される履行義務:商品の引き渡しなど、ある一時点で完了するもの。
- 一定の期間にわたり充足される履行義務:保守サポートやコンサルティングなど、契約期間にわたってサービスが提供されるもの。この場合、進捗度に応じて期間按分して収益を計上します。
新収益認識会計基準で影響を受ける主な取引と業種
新基準の導入により、特に以下のような取引や業種で会計処理に大きな変更が生じます。
長期間にわたるサービス提供
建設業の工事契約、IT業界のシステム開発、コンサルティング業など、契約期間が複数年度にわたる取引では、従来は工事完成基準が認められていましたが、新基準では原則として進捗度に基づき収益を認識する必要があります。これにより、収益の計上時期が平準化される傾向にあります。
複数の財・サービスを組み合わせた販売
製造業やIT業界でよく見られる、製品と保守サービス、ソフトウェアと導入支援などをセットで販売する取引です。新基準では、これらを個別の履行義務に分解し、製品の引き渡し時点とサービスの提供期間にわたって、収益を分割して計上する必要があります。
代理人取引
ECサイト運営、百貨店、旅行代理店など、自社が「本人」として商品を販売しているのか、他社の「代理人」として取引を仲介しているのかによって、収益の計上額が変わります。「収益認識に関する会計基準の適用指針」第39項から第47項に基づき、本人であれば取引総額を、代理人であれば手数料(純額)を収益として計上します。
ポイント・値引き・リベート
小売業のポイントプログラムや、製造業・卸売業における販売奨励金(リベート)などは、変動対価として扱われます。これらは将来の売上から差し引かれる負債(契約負債や返金負債)として処理され、顧客が権利を行使した時点で収益の減額または費用として認識されます。
新収益認識会計基準導入時の注意点
新基準への対応は、経理部門だけの問題ではなく、全社的な取り組みが求められます。
会計システムへの影響分析
履行義務ごとの収益管理や進捗度に応じた計算など、従来の会計システムでは対応が困難な場合があります。契約管理から請求、収益認識までを一元管理できるシステムの導入や、既存システムの改修が必要になるケースが多く、早期の影響分析が不可欠です。
業務プロセスと契約内容の見直し
収益計上のタイミングが変わることで、営業部門の業績評価(KPI)や予算策定にも影響が及びます。また、契約書に履行義務やその対価が明確に記載されていない場合、法務部門を交えて契約書の見直しが必要になることもあります。全社で新基準への理解を深め、業務プロセスを再構築することが重要です。
まとめ
新収益認識会計基準は、単なる会計ルールの変更ではなく、企業のビジネスモデルそのものを契約レベルから見直し、財務諸表に反映させることを求めるものです。その中心にあるのは「5つのステップ」であり、顧客への「履行義務の充足」という概念を正しく理解することが対応の鍵となります。適用対象となる企業は、会計システムや業務プロセスの見直しを含め、全社的な対応が求められます。自社の取引が新基準によってどのような影響を受けるかを正確に把握し、必要に応じて会計士などの専門家にも相談しながら、適切な準備を進めることが重要です。
参考文献
- 企業会計基準委員会(ASBJ):企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」
- 企業会計基準委員会(ASBJ):企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」
- 企業会計基準委員会(ASBJ):「企業会計原則・同注解」
新収益認識会計基準のよくある質問まとめ
Q. 新収益認識会計基準とは何ですか?
A. いつ、いくらの売上(収益)を計上するかを定めた新しい会計ルールです。これまでの「実現主義」から、契約内容に基づき「履行義務」が満たされた時点で収益を認識する考え方に変わりました。
Q. なぜこの新しい基準が導入されたのですか?
A. 国際的な会計基準(IFRS第15号)との整合性を図り、国内外の企業の財務情報を比較しやすくすることが主な目的です。
Q. いつから適用されていますか?
A. 大企業では、2021年4月1日以降に開始する事業年度から強制的に適用されています。中小企業については、現時点では強制適用ではありません。
Q. 収益認識の「5つのステップ」とは何ですか?
A. 収益を認識するために定められた5段階の手順です。具体的には「①契約の識別」「②履行義務の識別」「③取引価格の算定」「④取引価格の配分」「⑤履行義務の充足による収益の認識」というステップを踏みます。
Q. どのような業種で特に影響が大きいですか?
A. 建設業、ソフトウェア開発、サブスクリプションサービスなど、契約からサービスの提供完了までに長期間を要する業種や、複数のサービスを組み合わせて提供する業種で特に影響が大きくなります。
Q. 中小企業も対応は必要ですか?
A. 強制適用ではありませんが、親会社が適用している場合や、将来的に上場を目指している場合、また金融機関からの融資審査などで、新基準に沿った会計処理を求められる可能性があります。