企業の持続的な成長には、計画に基づいた経営活動とその結果を正確に評価し、迅速に軌道修正を行うことが不可欠です。その中核を担うのが予実分析です。予実分析は、単に予算と実績の差額を確認する作業ではありません。その差異に潜む原因を深掘りし、次なる一手、すなわち経営改善のアクションに繋げるための羅針盤となる重要な経営管理手法です。本記事では、予実分析の基本的な概念から、具体的な分析手順、成功に導くためのポイントまでを体系的に解説します。
予実分析とは?その目的と重要性
予実分析は「予算実績管理」とも呼ばれ、事業年度やプロジェクトごとに策定した予算(計画)と、実際の活動によって得られた実績(結果)を比較し、その差異(ズレ)を分析する一連のプロセスを指します。この分析を通じて、企業は経営目標に対する進捗状況を定量的に把握し、経営課題を早期に発見することが可能となります。
予実分析の定義
予実分析は、管理会計の領域に属する経営手法です。具体的には、売上高や利益、各種費用といった財務数値について、事前に設定した目標値(予算)と実際の数値(実績)を対比させ、達成度や差異の大きさ、その発生原因を明らかにします。これにより、経営者はデータに基づいた客観的な意思決定を行うための重要な情報を得ることができます。
予算管理との違い
「予実分析」と「予算管理」は密接に関連していますが、その焦点には違いがあります。予算管理が予算の策定から実行、統制までを含む広範なマネジメントサイクル全体を指すのに対し、予実分析は特にそのサイクル内における「評価・分析」のフェーズに特化した活動です。
項目 | 概要 |
予算管理 | 経営目標を達成するための予算を編成し、その予算に基づいて企業活動を統制・管理する一連の仕組み全体を指します。 |
予実分析 | 予算管理のプロセスの一部であり、策定された予算と実際の結果を比較・分析し、差異の原因を究明することに重点を置きます。 |
予実分析の目的
予実分析の主な目的は、経営の健全性を維持し、目標達成の確度を高めることにあります。具体的には、以下の4つの目的が挙げられます。
- 経営目標の達成度測定:設定した経営目標に対して、どの程度進捗しているかを客観的な数値で把握します。
- 問題点の早期発見と迅速な軌道修正:予算未達やコスト超過といった問題を早期に検知し、原因を特定することで、手遅れになる前に対策を講じることが可能になります。
- 将来予測の精度向上:差異分析を繰り返すことで、予算策定の精度が向上し、より現実的な将来の業績予測が可能となります。
- 組織全体の目標意識向上:各部門や担当者が自らの活動結果と目標との関連性を数値で認識することで、コスト意識や目標達成へのコミットメントが高まります。
予実分析の具体的な手順(PDCAサイクル)
効果的な予実分析は、PDCAサイクル(Plan-Do-Check-Action)に沿って進めることで、継続的な業務改善プロセスとして組織に定着させることができます。
Plan(計画):精度の高い予算を設定する
予実分析の出発点は、精度の高い予算策定にあります。過去の実績(例:過去3事業年度の月次データ)、市場の成長率、競合の動向、そして自社の経営戦略を総合的に勘案し、現実的かつ挑戦的な目標を設定することが重要です。例えば、売上高予算を前年比110%と設定する場合、その成長を支える具体的な施策(新規顧客獲得目標、顧客単価向上策など)まで落とし込む必要があります。
Do(実行):実績データを収集する
予算期間中は、計画に沿って事業活動を遂行します。そして、分析の基礎となる実績データを正確かつ迅速に収集することが求められます。そのためには、月次決算の早期化が不可欠です。会計システムから損益計算書や関連データを速やかに出力できる体制を構築し、毎月5営業日以内には実績値を確定させることが理想です。これにより、タイムリーな分析と意思決定が可能となります。
Check(評価):予算と実績の差異を分析する
収集した実績データを予算と比較し、差異を分析します。単に「売上予算1,000万円に対し、実績950万円で50万円の未達」といった差額の把握に留まらず、なぜその差異が生じたのかを深掘りします。分析にあたっては、差異の金額だけでなく、差異率(差異額 ÷ 予算額)も算出することで、影響の大きい項目を特定しやすくなります。
分析項目 | 着眼点 |
売上高 | 商品・サービス別、顧客別、地域別など、多角的に分析し、未達・超過の要因を特定します。 |
売上原価 | 原材料費の高騰、製造効率の低下など、原価率を悪化させた要因を分析します。 |
販売費及び一般管理費 | 広告宣伝費や人件費など、予算を大幅に超過した勘定科目を特定し、その妥当性を検証します。 |
Action(改善):分析結果に基づき改善策を講じる
分析によって明らかになった課題に対し、具体的な改善策を立案し、実行に移します。例えば、特定商品の売上未達が原因であれば、「営業戦略の見直し」「プロモーション活動の強化」「価格設定の再検討」などの対策が考えられます。コスト超過が問題であれば、「不要な経費の削減」「業務プロセスの効率化」などを検討します。立案した改善策は次期の計画(Plan)に反映させ、再びPDCAサイクルを回していきます。
主要な差異分析の手法
予実差異の原因をより詳細に特定するためには、差異を構成要素に分解する分析手法が有効です。
売上差異分析
売上高の差異は、主に「販売価格の変動」と「販売数量の変動」によって生じます。これらを分解することで、価格戦略が要因なのか、販売活動が要因なのかを切り分けることができます。
差異の種類 | 計算式 |
価格差異 | (実績単価 – 予算単価) × 実績販売数量 |
数量差異 | (実績販売数量 – 予算販売数量) × 予算単価 |
これらの分析により、「値引きが想定以上だった(価格差異がマイナス)」や「販売個数が計画を下回った(数量差異がマイナス)」といった具体的な原因を特定できます。
原価差異分析
製造業においては、売上原価の差異分析が極めて重要です。原価計算基準に示される標準原価計算を導入している場合、材料費差異、労務費差異、製造間接費差異などに分解して分析します。これにより、材料の仕入価格の変動、作業効率の良し悪し、工場の操業度の変化など、コスト変動の根本原因を詳細に把握することが可能です。
経費差異分析
販売費及び一般管理費の差異は、費用の性質に応じて変動費(売上に応じて変動する費用)と固定費(売上に関わらず発生する費用)に分けて分析すると効果的です。特に、予算を大幅に超過した固定費(例:地代家賃、人件費)については、その投資効果や必要性を再検証する必要があります。
予実分析を成功させるためのポイント
予実分析を単なる報告業務で終わらせず、経営改善に繋げるためには、いくつかの重要なポイントがあります。
KPI(重要業績評価指標)と連動させる
財務数値(売上、利益)だけでなく、その結果に至るプロセスを示すKPI(Key Performance Indicator)と連動させて分析することが重要です。例えば、売上高という結果指標に対し、「新規商談数」「受注率」「顧客単価」といった先行指標(KPI)の予実を併せて管理することで、より具体的で実行可能な改善策に繋がりやすくなります。
分析のサイクルを短縮する
事業環境の変化が速い現代において、年次や半期に一度の分析では意思決定が遅れがちです。可能な限り月次、重要プロジェクトにおいては週次で予実分析のサイクルを回すことで、問題の兆候を早期に捉え、迅速な軌道修正が可能になります。
ツールを活用して効率化する
Excelやスプレッドシートによる手作業での予実管理は、データ量が増加するにつれて集計や分析に多大な工数がかかり、ヒューマンエラーのリスクも高まります。予実管理システムやBI(Business Intelligence)ツールを導入することで、データ収集・集計を自動化し、分析担当者は本来注力すべき「差異の原因究明」や「改善策の立案」に時間を割くことができます。
予実分析における注意点
予実分析を効果的に運用するためには、陥りがちな落とし穴を理解し、避けることが肝要です。
細かすぎる差異に固執しない
分析が目的化し、重要性の低い細かな差異の原因究明に時間を費やすことは避けるべきです。企業会計原則の注解に示される「重要性の原則」の考え方に則り、まずは経営判断にインパクトを与える差異額や差異率の大きい項目から優先的に分析することが効率的です。
予算の前提条件の変化を考慮する
予実差異が大きい場合、現場の努力不足だけでなく、そもそも予算策定時の前提条件(市場環境、競合状況、法規制など)が大きく変化している可能性も考慮する必要があります。前提が崩れたにもかかわらず当初の予算に固執することは、従業員のモチベーションを著しく低下させる要因となり得ます。状況によっては、期中であっても予算を見直す柔軟な判断が求められます。
まとめ
予実分析は、計画と現実のギャップを埋め、企業を目標達成へと導くための強力な経営管理ツールです。精度の高い予算(Plan)を立て、実績(Do)を正確に把握し、差異を徹底的に分析(Check)し、具体的な改善策(Action)に繋げる。このPDCAサイクルを継続的に回し続けることが、変化の激しい時代を勝ち抜くための鍵となります。本記事で解説した手法やポイントを参考に、ぜひ貴社の経営管理体制の強化にお役立てください。
参考文献
- 企業会計原則・同注解(企業会計審議会):特に注解〔注1〕重要性の原則の適用について https://www.asb-j.jp/jp/accounting_standards_system/details.html?topics_id=81
- 原価計算基準(企業会計審議会):標準原価計算における差異分析の根拠 https://www.asb-j.jp/jp/accounting_standards_system/details.html?topics_id=156
- 収益認識に関する会計基準(企業会計基準委員会):実績としての売上高を確定させる際の会計処理の根拠 https://www.asb-j.jp/jp/accounting_standards_system/details.html?topics_id=13
予実分析の方法に関するよくある質問まとめ
Q. 予実分析とは何ですか?
A. 予算と実績を比較し、その差異の原因を分析することです。経営状況を正確に把握し、将来の計画や経営判断に役立てるために行います。
Q. 予実分析を行う目的は何ですか?
A. 主な目的は、計画通りに業績が進んでいるかを確認し、問題点を早期に発見して改善策を立てることです。これにより、経営の安定化と目標達成を目指します。
Q. 予実分析はどのような手順で行いますか?
A. 一般的に「①予算と実績のデータを集める」「②数値を比較して差異を把握する」「③差異の原因を分析する」「④分析結果を基に改善策を立てる」という手順で進めます。
Q. 予実分析で差異が出た場合、どうすれば良いですか?
A. まず、なぜ差異が発生したのか原因を深掘りします。例えば「売上未達の原因は何か」「経費超過の理由は何か」を特定し、具体的な改善アクションプランを策定・実行することが重要です。
Q. 予実分析に使えるツールはありますか?
A. 表計算ソフト(Excelなど)が一般的に使われますが、より高度な分析には予実管理システムやBIツールも有効です。自社の規模や目的に合ったツールを選びましょう。
Q. 予実分析はどのくらいの頻度で行うべきですか?
A. 少なくとも月次で行うのが一般的です。週次や日次で確認することで、より迅速な経営判断が可能になります。事業の特性に合わせて最適な頻度を決めましょう。