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ソフトウェア開発費は資産か費用か?研究開発費の会計処理を徹底解説

2025-08-31
目次

現代の企業活動において、ソフトウェア開発は事業成長に不可欠な要素です。しかし、その開発に要した費用を会計上どのように処理すべきか、特に「研究開発費」との区別は多くの企業担当者を悩ませる問題です。本記事では、会計基準に基づき、ソフトウェア開発費が研究開発費として費用処理されるのか、あるいは無形固定資産として資産計上されるのか、その判断基準と具体的な会計処理について詳しく解説します。

研究開発費とソフトウェア会計の基本

ソフトウェア開発費の会計処理を理解するためには、まず「研究開発費」の定義と、ソフトウェアが会計上どのように分類されるかを把握することが不可欠です。これらの区別は、企業の財務状況を正確に報告し、投資家や債権者などのステークホルダーに適切な情報を提供するために極めて重要となります。会計基準は、企業間の比較可能性を確保し、恣意的な利益操作を防ぐ目的で、これらの処理について明確なルールを定めています。

研究開発費の定義

研究開発費等に係る会計基準」において、「研究」および「開発」は以下のように定義されています。この定義を正しく理解することが、適切な費用認識の第一歩となります。

項目 定義
研究 新しい知識の発見を目的とした計画的な調査及び探究
開発 新しい製品・サービス・生産方法についての計画若しくは設計又は既存の製品等を著しく改良するための計画若しくは設計として、研究の成果その他の知識を具体化すること

つまり、将来の製品やサービスに繋がる可能性のある基礎的な調査活動や、既存のものを「著しく」改良する活動が研究開発に該当します。日常的な改善活動や軽微な修正は含まれません。

ソフトウェアの会計上の分類

会計上、ソフトウェアはその制作目的によって、将来の収益との対応関係が異なるため、以下の3つに分類して処理されます。どの分類に該当するかによって、会計処理が大きく異なります。

分類 概要
受注制作のソフトウェア 特定の顧客からの注文に基づき、個別の仕様で制作されるソフトウェア。
市場販売目的のソフトウェア 不特定多数の顧客への販売を目的として制作されるパッケージソフトウェアやSaaSなど。
自社利用のソフトウェア 社内業務の効率化や、外部へのサービス提供(例:SaaSプラットフォーム)のために自社で利用するソフトウェア。

なぜ研究開発費は資産計上されないのか

研究開発費は、原則として発生時に費用として処理されます。これは、「研究開発費等に係る会計基準」において、研究開発活動が将来の収益獲得に結びつくかどうかが極めて不確実であると考えられているためです。たとえ開発が進み収益獲得の期待が高まっても、その成功が保証されるわけではありません。このような不確実性の高い支出を貸借対照表に資産として計上することは、財務諸表の信頼性を損なう可能性があるため、発生時の費用処理が求められています。

【目的別】ソフトウェア制作費の会計処理

前述の3つの分類に応じて、ソフトウェア制作費の会計処理は具体的にどのように変わるのでしょうか。それぞれのケースについて、会計基準が定めるルールを見ていきましょう。

受注制作のソフトウェア

受注制作のソフトウェアの制作費は、「請負工事の会計処理に準じて処理する」とされています。具体的には、制作の進捗に応じて収益と費用を認識する「工事進行基準」または、完成・引渡し時点で一括して認識する「工事完成基準」のいずれかが適用されます。どちらを適用するかは、決算日時点において成果の確実性が認められるかどうかで判断されます。成果の確実性が認められる(進捗度を合理的に見積もれる等)場合は工事進行基準が適用されます。

市場販売目的のソフトウェア

市場販売目的のソフトウェアは、会計処理がフェーズによって分かれる点が特徴です。具体的には、「最初に製品化された製品マスター」が完成するまでのコストは、すべて研究開発費として費用処理されます。製品マスター完成後、その機能を追加で改良・強化するために発生した費用は、無形固定資産として資産計上の対象となります。ただし、その改良が「著しい改良」に該当する場合は、再び研究開発費として扱われるため注意が必要です。また、バグ修正などの機能維持費用は、発生時に費用として処理します。

自社利用のソフトウェア

自社利用のソフトウェアについては、「将来の収益獲得又は費用削減が確実であると認められる場合」に、その制作費を無形固定資産として資産計上します。外部から完成品を購入した場合は、通常この要件を満たすと考えられるため資産計上します。一方、自社で制作する場合、どの時点から「確実」と認められるかが重要な判断ポイントとなります。この「確実」と認められる状況になるまでの費用は、研究開発費として処理される可能性があります。

ソフトウェア制作費が研究開発費となる具体的な判断基準

実務上、最も判断に迷うのが、ソフトウェア開発のどの工程が研究開発費に該当するのかという点です。ここでは、その判断基準をより具体的に解説します。

「研究開発」フェーズの境界線

ソフトウェア開発プロセスにおける研究開発フェーズの終了時点は、その目的によって異なります。

  • 市場販売目的の場合:「最初に製品化された製品マスター」が完成した時点が境界線です。これには、製品として販売する意思が明確に示され、技術的な実現可能性が確立された状態を指します。
  • 自社利用の場合:「将来の収益獲得又は費用削減が確実であると認められる」ようになった時点が境界線です。例えば、社内利用の承認を得た詳細なシステム設計が完了し、開発プロジェクトが正式に開始された時点などが考えられます。

この境界線以前に発生した費用はすべて研究開発費として費用処理し、以降の費用が資産計上の対象となります。

研究開発費に該当する費用の例

研究開発費等に係る会計基準」によれば、研究開発費には研究開発活動のために費消されたすべての原価が含まれます。具体的には以下のようなものが挙げられます。

  • 研究開発部門の人員に係る人件費
  • 研究開発に使用する原材料費
  • 研究開発設備に係る減価償却費
  • 研究開発活動に係る光熱費や消耗品費などの間接費

また、注解(注1)では、特定の研究開発目的にのみ使用され、他の目的に使用できない機械装置や特許権等の原価は、取得時の研究開発費として処理することが定められています。

研究開発費に該当しない費用の例

一方で、以下のような活動に係る費用は、研究開発費には該当しません。

  • 製品の品質管理や完成後のテスト活動
  • 既存製品の軽微な改良や顧客サポート
  • バグの修正や機能維持のためのメンテナンス活動
  • 市場調査や販売促進活動
  • ユーザードキュメントの作成

これらの費用は、内容に応じて製造原価、販売費及び一般管理費、または資産計上されたソフトウェアの修繕費などとして処理されます。

自社利用ソフトウェアの資産計上における実務ポイント

特に判断が複雑になりがちな自社利用ソフトウェア資産計上について、実務上押さえておくべきポイントを解説します。

取得価額の算定方法

自社で制作したソフトウェアを資産計上する場合、その取得価額は「制作のために要した原材料費、労務費及び経費の額」と「事業の用に供するために直接要した費用の額」の合計額となります。特に労務費の算定が重要であり、開発担当者の作業時間のうち、資産計上フェーズに該当する部分を正確に集計する必要があります。このため、日々の工数管理を適切に行い、客観的な記録を残す体制が不可欠です。

資産計上の開始時点と終了時点

資産計上を開始する時点は、前述の通り「将来の収益獲得又は費用削減が確実であると認められる状況になった時点」です。そして、資産計上を終了する時点は、「実質的にソフトウェアの制作作業が完了したと認められる状況になった時点」となります。これらの時点を判断する際には、役員会の議事録や稟議書、プロジェクト完了報告書など、客観的に証明できる証憑を整備しておくことが、会計監査や税務調査への対応上、非常に重要です。

減価償却の考え方

無形固定資産として計上された自社利用ソフトウェアは、その利用可能期間にわたって減価償却を行います。会計基準では、利用実態に応じた合理的な方法で償却すべきとされていますが、一般的には定額法が用いられます。税法上の耐用年数は5年と定められており、会計上もこれに基づき原則として5年以内の年数で償却することが一般的です。5年を超える耐用年数を設定する場合には、その合理的な根拠を示す必要があります。

会計基準と参考文献

本記事で解説した内容は、公的な会計基準や実務指針に基づいています。正確な会計処理を行うためには、これらの一次情報をご参照いただくことが重要です。

関連する会計基準・実務指針

研究開発費ソフトウェアの会計処理における主要なルールは、以下の基準等によって定められています。

  • 研究開発費等に係る会計基準:研究開発費の定義や発生時費用処理の原則、ソフトウェア会計の基本的な考え方を定めています。
  • 研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関する実務指針:会計基準を実務に適用する上での具体的な取り扱いや判断基準を詳細に示しています。
  • 研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関するQ&A:実務上の疑問点について、Q&A形式で解説しています。

公的機関による情報

これらの会計基準や実務指針は、企業会計基準委員会(ASBJ)や日本公認会計士協会(JICPA)のウェブサイトで公開されています。最新の情報を確認し、常に準拠した会計処理を心掛けてください。

まとめ

ソフトウェア開発費の会計処理は、その制作目的(受注制作、市場販売、自社利用)と開発フェーズによって大きく異なります。特に、支出が「研究開発費」に該当するかどうかの判断は、財務諸表に与える影響が大きく、慎重な検討が求められます。適切な会計処理を行うためには、会計基準を正しく理解し、開発プロセスの各段階で発生した費用を工数管理等によって適切に記録・管理する体制を構築することが不可欠です。本記事が、貴社の適正な会計処理の一助となれば幸いです。

研究開発費とソフトウェアに関するよくある質問まとめ

Q. 研究開発費とソフトウェア(資産)の会計処理上の違いは何ですか?

A. 研究開発費は発生時に費用として処理しますが、ソフトウェアは将来の収益獲得や費用削減が期待できる場合に資産として計上し、その後減価償却を通じて費用化する点が大きな違いです。

Q. ソフトウェア開発費は、どの段階から資産として計上できますか?

A. 市場で販売するソフトウェアの場合、製品マスター(最初の製品見本)が完成した後の制作費が資産計上の対象となります。自社で利用するソフトウェアの場合は、将来の収益獲得や費用削減が確実と見込まれるようになって以降の費用が対象となります。

Q. どのようなソフトウェア開発が研究開発費に該当しますか?

A. 新しい知識の発見を目的とした研究活動や、製品マスターが完成するまでに行われる設計・試作・テストなどの活動が研究開発費に該当します。将来の利用可能性が不確実な段階の費用は、研究開発費として処理されます。

Q. 自社で利用するためのソフトウェア開発費はすべて資産計上できますか?

A. いいえ、できません。開発段階で将来的にそのソフトウェアを利用することで収益獲得や大幅な費用削減が見込める、と客観的に判断できる部分のみが資産計上の対象です。それ以前の企画・構想段階の費用は資産計上できません。

Q. 資産計上したソフトウェアの減価償却はどのように行いますか?

A. 会計上、自社利用目的のソフトウェアは原則として5年以内の定額法で償却します。市場販売目的のソフトウェアは、見込販売数量に基づく方法など、より合理的な方法で3年以内に償却します。

Q. ソフトウェア開発費の税務上の扱いは会計処理と同じですか?

A. 多くの場合は会計処理と連動しますが、税法独自のルールも存在します。特に、費用処理した研究開発費については、要件を満たせば研究開発税制(税額控除)の適用を受けられる可能性があります。

事務所概要
社名
公認会計士事務所プライムパートナーズ
住所
〒107-0052
東京都港区赤坂5丁目2−33
IsaI AkasakA 17階
電話番号
03-6773-5062
対応責任者
公認会計士 島本 雅史

本記事は正確な情報提供を心掛けておりますが、執筆時点の情報に基づいているため、法改正や人的ミス、個別のケースにより適用が異なる可能性があります。最新の情報や具体的なご相談については、お気軽に弊所の会計士までお問い合わせください。

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