企業の持続的な成長と社会的信頼の獲得に不可欠な「コーポレートガバナンス」。本記事では、その基本的な意味から、内部統制との違い、具体的な強化方法、そして非上場企業における重要性までを、専門的かつ分かりやすく解説いたします。健全な企業経営の基盤となる企業統治の仕組みを理解し、貴社の企業価値向上にお役立てください。
コーポレートガバナンスの基礎知識
まず、コーポレートガバナンスの定義、重要視されるようになった背景、そしてその目的について解説します。これらは企業統治を理解する上での根幹となる知識です。
コーポレートガバナンス(企業統治)とは
コーポレートガバナンスとは、日本語で「企業統治」と訳され、企業経営を監視・規律する仕組みを指します。この概念は、「会社は経営者のものではなく、資本を提供する株主をはじめ、顧客、従業員、地域社会といった多様なステークホルダー(利害関係者)のものである」という考えに基づいています。経営者が独断的な判断を行うことを防ぎ、透明かつ公正な意思決定を通じて、企業の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を目指すための体制です。
コーポレートガバナンスが重要視される背景
日本国内でコーポレートガバナンスが強く意識されるようになった背景には、主に2つの要因がございます。第一に、1990年代のバブル経済崩壊以降、相次いで発覚した企業の粉飾決算や不正会計といった不祥事です。これにより、経営の透明性や健全性を外部から監視する仕組みの必要性が社会的に強く認識されました。第二に、経済のグローバル化です。外国人投資家の株式保有比率が高まるにつれ、国際標準の経営規律や情報開示が求められるようになり、国際的な競争力を維持・強化するためにも企業統治体制の整備が急務となったのです。
コーポレートガバナンスの目的
コーポレートガバナンスの目的は多岐にわたりますが、主要な3つの目的は以下の通りです。
- 企業経営の透明性と公正性の確保: 財務情報や経営戦略、リスク情報などを適切に開示し、経営の意思決定プロセスを明確にすることで、ステークホルダーからの信頼を獲得します。これは、企業会計原則の第一 一般原則 一にもある「真実な報告」の精神にも通じます。
- ステークホルダーの権利・立場の尊重: 株主の利益を最大化することはもちろん、従業員の労働環境、取引先との公正な関係、顧客への価値提供など、全てのステークホルダーの利益を尊重し、適切な協働関係を築きます。
- 中長期的な企業価値の向上: 健全な経営体制は、金融機関や投資家からの信認を高め、円滑な資金調達を可能にします。これにより、戦略的な事業投資や優秀な人材の獲得が容易になり、企業の持続的な成長、すなわち企業価値の向上につながります。
コーポレートガバナンスと類似用語の違い
コーポレートガバナンスは、「内部統制」や「コンプライアンス」といった用語と混同されがちです。それぞれの意味と関係性を正確に理解することが重要です。
内部統制との違い
内部統制は、コーポレートガバナンスという大きな目的を達成するための「手段」の一つと位置づけられます。両者の違いを以下の表にまとめました。
項目 | 内容 |
---|---|
コーポレートガバナンス | 経営者を監視・規律し、ステークホルダーの利益を守るための対外的な「仕組み」や「体制」そのものを指します。 |
内部統制 | 企業の事業活動を健全かつ効率的に運営するために、社内に構築される具体的な「ルール」や「プロセス」を指す対内的な取り組みです。 |
つまり、有効な内部統制システムを構築・運用することが、結果としてコーポレートガバナンスの強化に直結します。
コンプライアンスとの違い
コンプライアンスは「法令遵守」と訳されますが、単に法律を守るだけでなく、社内規程や企業倫理、社会規範などを遵守することも含みます。コンプライアンスは、コーポレートガバナンスが目指す「公正な企業経営」を実現するための基礎的な要素です。コンプライアンス意識の欠如は、不正行為や不祥事を引き起こし、結果として「ガバナンスが効いていない」状態を招きます。したがって、コンプライアンスの徹底は、ガバナンス強化の前提条件と言えます。
CSR(企業の社会的責任)との違い
CSR (Corporate Social Responsibility) は、企業が事業活動を行う上で果たすべき「社会的責任」を指します。環境保護活動、人権への配慮、地域社会への貢献など、その範囲は非常に広範です。コーポレートガバナンスは、このCSRを実践し、ステークホルダーへの責任を全うするための経営上の統治・監視の仕組みと捉えることができます。適切なガバナンス体制があってこそ、企業は持続的にCSR活動に取り組むことが可能となります。
コーポレートガバナンス・コードの概要
日本におけるコーポレートガバナンスの実務上の指針として、金融庁と東京証券取引所が策定した「コーポレートガバナンス・コード」が存在します。これは上場企業が遵守すべき原則を示したものであり、「コンプライ・オア・エクスプレイン(原則を実施するか、実施しない場合はその理由を説明するか)」の考え方が基本となっています。
このコードは、以下の5つの基本原則から構成されています。
基本原則 | 概要 |
---|---|
原則1:株主の権利・平等性の確保 | 株主総会における議決権行使の環境整備や、少数株主・外国人株主を含む全ての株主の権利が実質的に確保されるよう適切な対応を求める原則です。 |
原則2:株主以外のステークホルダーとの適切な協働 | 従業員、顧客、取引先、債権者、地域社会等の立場を尊重し、これらのステークホルダーと適切に協働することを求める原則です。 |
原則3:適切な情報開示と透明性の確保 | 法令に基づく開示に加え、経営戦略やリスク、ガバナンスに関する情報など、非財務情報についても主体的に開示し、透明性を確保することを求めています。 |
原則4:取締役会等の責務 | 取締役会が株主に対する受託者責任を認識し、経営の方向付けや経営陣の監督機能を実効的に果たし、客観性と独立性を確保することを求める原則です。 |
原則5:株主との対話 | 企業の持続的成長と中長期的な企業価値向上に資するため、株主との間で建設的な対話を行うことを求める原則です。 |
2022年4月の市場区分再編により、プライム市場およびスタンダード市場の上場企業には全原則の適用が、グロース市場の上場企業には基本原則の適用が求められています。
コーポレートガバナンスを強化する具体的な方法
企業統治を実効性のあるものにするためには、具体的な制度設計と運用が不可欠です。ここでは代表的な強化策を4つご紹介します。
内部統制システムの構築と整備
職務分掌規程や権限規程を明確化し、業務プロセスを標準化・可視化することが第一歩です。これにより、業務の効率化と不正の牽制が両立できます。また、定期的な内部監査を実施し、構築したシステムが有効に機能しているかを継続的に監視・評価する体制も重要となります。
社外取締役・社外監査役の設置
経営陣から独立した客観的な視点を持つ社外取締役や社外監査役を設置することは、経営の監督機能を強化する上で極めて有効です。彼らは、一般株主の視点や専門的な知見から経営陣の意思決定を監督し、利益相反の発生を防ぐ役割を担います。会社法においても、監査役会設置会社や監査等委員会設置会社など、特定の機関設計の会社には社外役員の設置が義務付けられています(会社法第331条第6項、第335条第3項など)。
委員会の設置
取締役会の監督機能を補完し、意思決定の客観性・透明性を高めるため、取締役会の下に任意の委員会を設置する方法があります。代表的なものとして、役員の指名プロセスを審議する「指名委員会」や、役員報酬の決定プロセスを審議する「報酬委員会」が挙げられます。これらの委員会の構成員を独立社外取締役が過半数を占めるように設計することで、より客観性の高いガバナンス体制を構築できます。
執行役員制度の導入
経営の「意思決定・監督機能」と「業務執行機能」を分離することも有効な手段です。取締役会が経営方針の決定や業務執行の監督に専念し、具体的な業務執行は執行役員が責任を持って行う体制です。これにより、取締役会はより大局的な視点での監督機能を発揮しやすくなり、同時に業務執行の迅速化も期待できます。
非上場企業におけるコーポレートガバナンス
コーポレートガバナンス・コードは上場企業を対象としていますが、非上場企業にとっても企業統治の強化は極めて重要です。その理由は以下の通りです。
- 金融機関からの信頼獲得: 融資審査において、企業のガバナンス体制は重要な評価項目です。透明性の高い経営を行っている企業は、返済能力に対する信頼性が高まり、円滑な資金調達につながります。
- 取引関係の強化: 大企業を中心に、サプライチェーン全体でのコンプライアンスやリスク管理が求められる傾向が強まっています。ガバナンスが整備されていることは、取引先からの信用を高め、安定した取引関係の構築に寄与します。
- IPO(株式公開)準備: 将来的に株式公開を目指す企業にとって、早期からのガバナンス体制構築は必須です。上場審査では厳格な内部管理体制が問われるため、計画的な準備が成功の鍵となります。
- 事業承継の円滑化: 経営の属人化を防ぎ、透明性の高い経営体制を構築しておくことは、後継者への円滑な事業承継を実現する上でも不可欠です。
まとめ
コーポレートガバナンスは、単なる不正防止の仕組みではなく、企業の持続的な成長と中長期的な企業価値向上を実現するための経営基盤です。株主、従業員、顧客、取引先といった全てのステークホルダーからの信頼を勝ち得ることで、企業は強固な競争力を手に入れることができます。上場・非上場を問わず、自社の規模や事業内容、成長ステージに合わせて、実効性のあるガバナンス体制を構築・強化していくことが、現代の企業経営において不可欠な要請と言えるでしょう。
参考文献
本記事を作成するにあたり、以下の公的機関が発行する会計基準等を参考にいたしました。
- 企業会計原則・同注解(企業会計審議会): https://www.asb-j.jp/jp/accounting_standards_system/details.html?topics_id=81
経営の透明性確保の基礎となる「真実性の原則」(第一 一般原則 一)は、コーポレートガバナンスの根幹をなす考え方です。 - 関連当事者の開示に関する会計基準(企業会計基準第11号): https://www.asb-j.jp/jp/accounting_standards_system/details.html?topics_id=35
役員や主要株主といった関連当事者との取引を開示することは、利益相反取引を牽制し、ガバナンスの透明性を確保するために重要です(会計基準第5項)。 - 関連当事者の開示に関する会計基準の適用指針(企業会計基準適用指針第13号): https://www.asb-j.jp/jp/accounting_standards_system/details.html?topics_id=100
開示すべき関連当事者の具体的な範囲などを定めており、実務上の判断基準となります(適用指針第4項)。
コーポレートガバナンスに関するよくある質問
Q. コーポレートガバナンスとは何ですか?
A. 企業経営を監視・規律する仕組みのことです。企業の不正行為を防ぎ、株主や顧客、従業員などの利益を守りながら、長期的かつ安定的な成長を目指すためのものです。
Q. コーポレートガバナンスはなぜ重要ですか?
A. 企業の透明性や公正性を高め、社会的な信頼を得るために重要です。信頼性が向上することで、投資家からの評価が高まり、資金調達がしやすくなるなど、企業の持続的な成長につながります。
Q. コーポレートガバナンスの具体的な仕組みには何がありますか?
A. 代表的な仕組みとして、経営の監督機能を強化するための「社外取締役」や「監査役」の設置、内部不正を防ぐ「内部統制システムの構築」、経営状況を正しく開示する「情報開示(ディスクロージャー)の徹底」などがあります。
Q. コーポレートガバナンスが機能しないとどうなりますか?
A. 経営陣による不正行為や判断ミスが起こりやすくなります。その結果、企業の社会的信用が失われ、株価の下落や業績悪化、最悪の場合は経営破綻につながるリスクが高まります。
Q. コーポレートガバナンス・コードとは何ですか?
A. 上場企業が遵守すべき行動規範や原則をまとめたものです。企業の自主的な取り組みを促し、攻めのガバナンスを実現することで、企業の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を目的としています。
Q. 内部統制とコーポレートガバナンスの違いは何ですか?
A. コーポレートガバナンスは「経営者を監視する仕組み」であり、主に株主などの視点から経営全体を監督します。一方、内部統制は「従業員を含む社内のルールやプロセス」であり、経営者が組織を適切に運営するために構築する仕組みです。内部統制は、コーポレートガバナンスを実現するための重要な要素の一つです。